第15話 救い主様と13の影
お別れの日、集落中央の大広場には、幼い子をのぞいてほぼ全員が立ち合いのためにいらっしゃった。
集落の方々による大きな円に囲まれるように、内側には13の悪魔の虜囚たち。
そのすぐ前に、私がいる。
すっかり従順になった悪魔たちと、この後に関心を寄せてくる皆様方の視線を一身に浴びる中……私は最後の契約のためにと、右手を天にかざした。
「我が声天に至らば、我が手に来たれ天の白刃! 無尽に連ねし紅き大河の最果てに、今!我らがこの無銘を刻まん!」
いつもの聖句を高らかに。言葉に呼応して、私が授かった神器が姿を表す。
別に、こうした神器・祭器を携えずとも、魔法契約を交わすことはできる。
だけど……儀式的側面も強い中、威圧的な武器を構えて事に臨むのは重要なことだった。
現に、私が武器を手にしただけで、これが儀礼的にしか使われないってわかっていても、悪魔たちの中には体をわずかに震わせるものもいる。
私へと注がれる視線には、畏敬の念が増したように感じられて……
心の奥底でせめぎ合う感情を覚える。
預かり物の力を振りかざし、敵を打ちのめし、これを征する。
敵を隷属させ、畏敬の念を一身に浴びる。
強い言葉を発して、偉そうに振る舞う。
あたかも、自分がいっぱしの何者かになったかのように――
そういう時、心の奥底でどうしようもない、後ろめたい優越感が芽生えてしまう。
そんな私だから、見限られるんだ。
今、こんな場面でも、ほの暗い歓喜を覚えてしまう。そんなどうしようもない自分への自嘲も感じつつ、私は感情を抑制して務めを執り行う。
「シェダレージアを筆頭に13の、影に潜みし悪魔たちへ。あなた方に使命を授けます」
ここ数日間は戦うことなく、こちらのお世話になっていたのだけど……最後の日を迎えるまで、何も遊んでいたわけではなくて。
この地へ悪魔を置いていくなりに、考えていたことはあった。言い残しておく約束事を。
まず、住居は集落の方々から提供された、あの厩舎とすること。
食事は
食事量の過不足等、何か問題あれば、その時は皆様方に申し出ること。
この集落を中心として、周辺地域に見回りに出向き、何かしらの脅威――たとえば、シェダレージア旧領を狙う、別の悪魔――等があれば、影ながらこれを排除すること。
この集落の外の者には、決して自分たちの存在を知られないよう、細心の注意を払うこと。
特に、この集落に居ることと、集落との関係性については。
以上が基本的な契約内容であり、これ以外は集落の皆様方との相談で決めること。
また、私ティアマリーナを契約者とし、私からの要請があれば、その時は代表としてシェダレージアが影より参上すること。
逆に、集落の皆様方との相談を以ってしても判断に迷う事項あれば、その時は私にまで相談事を持ってくること。
私が残す契約は以上だった。
いずれも神妙な面持ちの悪魔たちは、これをただ静かに受け入れた。集落の皆様方も、特に異論はなさそうで……
強いて言うなら、悪魔たちがこうも諾々と従っている事実に、若干の驚きを覚えていらっしゃるようには映る。
ひとまず、契約に問題はなさそうだと認め、軽く安心しつつ、私は続けた。
「よく聞きなさい。あなた方を殺さずに済ませたのは私の意志ですが、あなた方の生存を許して居場所と糧を与えるのは、皆様方の慈悲です。契約者こそ私ですが、真にお仕えすべき相手は誰であるか。道理を弁える者ならば、決して誤らないよう」
静かに頭を垂れる悪魔らは、この言いつけにも声を上げることなく、すべてを粛々と受け入れた。
この無言の同意を以って、13の悪魔との間に魔法の契約が結ばれる。地に突き立てた白刃から、
改めて契約が取り交わされるなり、私はどうにも居心地の悪さを覚えて、神器を手早く霧散させた。
私ばかり偉そうにするわけにも……
そう思って「長老様、終わりました」と告げるも、当のご本人様は、儀式を目の当たりに少し呆けた様子でいらっしゃる。
結果、お返事をいただくには少し時間が必要だった。
「お疲れさまでした。本当に、何から何まで……」
「いえ、こちらこそ」
互いに頭を下げ合うと、なんだか微妙な空気になるのだけど、でも言っておかないと。
「問題を解決したつもりで、逆に増やしてしまったように思いますし……先ほども申し上げましたように、この者たちを世話していただくのは皆様方ですから。無責任に置いていくようで、その点は本当に……」
「いやいや。こんな片田舎の農村には、あるまじき
長老様のお考えには、他の方々も「なるほど」とうなずいていらっしゃる。
実際、彼らを働かせる道があるのなら、それに越したことはない。悪魔たちが喜んで勤しむかというと……さすがに、それはないと思うのだけど。
でも、生活のためと割り切ってくれるとは思うし……
そうして最後の仕事を終え、私は大勢の視線を背に受けながら……
ちょっと――というか、だいぶ名残惜しいものを覚えつつ、集落を後にした。不揃いな、「また来てね」みたいなお言葉の大合唱が胸を打つ。
でも、やっぱり留まるわけにはいかなくて。不意に目元が熱くなるのを感じながら、私は次のことに思考を巡らせていく。
皆様方のご厚意で糧食を包んでいただけている。この先すぐに行き倒れるようなことはないと思うのだけど……
でも、この後どうしよう?
追い出された当初は、どこへ行く当てもなくて。ただただ教皇府から遠ざかるのが本能じみた動きになっていたのだけど。
いざ、自分の意志でひとつ人助けをしてみて、得るものはあった。
――同時に、失うもの、あるいは薄まっていくものも、きっと。
この心ひとつで神器を振ったことを思い出して、今更ながらに震えがやってくる。
ひとたび手を付けた仕事、命に代えても完遂しなければ。その一心でやってきたのだけど……
さすがに、これっきりにしよう。
――そうは思っても、必要があればまた、同じことをすると思う。
その必要を、こんな私が定めていいものとは思えないのだけど……
☆
集落の救い主を次なる旅に送り出し、背を見送る時間は、今になって思えば和やかなものだった。
背が見えなくなって少しすると、残された者たちの現実が見えてくる。
悪魔たちと住民の間にには、やはりまだしこりのようなものがあって、微妙な空気が流れていく。
そんな矢先、口を開いたのは、よそ者代表のシェダレージアであった。
果敢にも長老の前に立ち、ひざまずいて頭を垂れる。「今更ですが」と、悪魔が一般人に向けたとは思えない言葉に場が一瞬ざわつき、すぐ静まり返る。
「あなた方に捧げさせた供物については、誠に申し訳なく」
「まあ、それは過ぎた事じゃて。いくらかわいがろうが、いつかは送り出さねばならんしのう」
善良な皆々の代表の、この老人は、牧畜に対してだいぶドライな部分もあった。
こうした割り切りは、他の住民たちも当然のように持っている。
「まあ、どうせ食ってもらうなら、味の分かる人の方がいいよなあ」
「あと、金払ってくれる人な」
「そりゃ前提だろうが」
と、冗談交じりの言葉が行き交う。
そんな中、うなだれたままの悪魔に、長老が「ま、そういうことじゃて」と話しかけていく。
「申し訳なく思う気持ちや、あの救い主さまに思うところあるなら、わしらの暮らしに手を貸してくれると助かるのう」
「……はい」
恭しい態度の悪魔に満足した長老は、それから破顔した。
「それにしても……あの救い主様、ちょっとおっかないお嬢さまじゃったのう」
「今言うか?」
いい空気をブチ壊すも、住民たちはむしろノリ気で、悪魔たちは若干ポカンとしている。そうした反応を面白がる空気さえある中、長老は言った。
「さすがに、ご本人の前では言えんて。絶対気になさるタイプじゃろ?」
「それっぽい」
「うんうん」
同意する住民たち。そこへ微笑を浮かべるメリッサが続けた。
「でも、めっちゃいい子だよ?」
「それは疑っておらんて」
「それに、キレイだしかわいいし……」
これに続く言葉は特になかったが……若い男連中の顔は正直であった。
しばし皆皆で笑い合ってから、メリッサがポツリつぶやく。
「また会えるかなあ」と。
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