第14話 契約満了の日

「闇夜を統べし虚無のおおとりとは、数知れぬ我が二つ名の一つよ!」


――と、ついさっきまで威勢良かった悪魔が、今では地面に転がっている。

 地に伏せて腹ばいになり、背にハルバードの白熱の切っ先をつきつけられ、浅い息を繰り返す。

 すっかり意気消沈した様子の悪魔を、今夜も私は契約で縛った。


 これで契約の13夜は折り返し。7夜目を数え、虜囚は10人ほどになった。

 一夜で複数相手にすることもあったから。

 影使いは同族との共闘を好まないものと、そういう事前知識はあったのだけど……これはむしろ、先入観と言うべきものだったかもしれない。

 専門家・・・に言わせれば、確かにレアケースではあるものの、互いの影を融通できる器用な術者たちもいるんだとかで。

 ちょっと、新たな学びを得た気分だった。


 倒してきた相手は全員、もちろん契約で縛って虜囚とした。

――今では、集落で管理している牧場の厩舎で面倒を見てる。


 というのも、飲まず食わすでいる内に、さすがの悪魔も消耗してきて……

 慈悲深くも勇敢な、あの集落の方々の申し出あって食事を提供することになり、お互いが無事に済んで、ある程度の信用関係を構築できたから。

 ただ、この厩舎というのが、かつて「漆黒の竜」閣下に供物を捧げたがために「スッキリ」しちゃったというところで……これは運命の皮肉というものだった。

 集落の方々の親切心は本物だと思うけど、意趣返しの側面もあったのかも……?


 ともあれ、虜囚となった悪魔たちに、もはや抵抗の様子は影も形もなかった。

 最初に倒したシェダレージア、ノクトラースの両名は、影使いの悪魔らの仲間内でも腕の立つ存在として知られていた。

 そして、新たな客がいざ私に挑んで負けた後、この両名がすでに囚われだと知って、すっかり戦意も抵抗の意を失ったというわけ。


 同胞の負けが積み重なっていった事実もまた、戦意を削ぐには十分で……

 私が傷つけた心の穴に、集落の皆様方の善意がしみ込んだのかもしれない。

 というか、皆様方に比べると、私なんて悪辣非道に思えてくる。


 実際、聖女を目指したくせに、癒しの力のひとつも満足に授からない半端者だったし……


 そんな私でも心掛けていることがあって、それは、シェダレージアの同胞はらからは決して殺さないということだった。勢い余って……みたいな言い訳を自分に許さないように、戦いでは細心の注意を払っている。

 集落の方々へも、わだかまりこそあるものの、従順な態度を取り始めていることだし……

 彼に対する罪悪感もあって、せめてこれは遵守しなければって思う。

 もっとも、「生きて虜囚の辱めを受けるくらいなら……!」って考えがあるのなら、いっそひと思いに――というのが慈悲ではあるのだと思う。

 けど、どうもそういう文化ではなさそうで。


 さすがにシェダレージア当人に尋ねるのは趣味が悪すぎると思って、割と話が通じる――というか、付き合いのいい――ノクトラースに尋ねてみると「仰る通り」と応えてくれた。

 なんでも、「陰に隠れてでも生き延びる種族なもので。恥とかそういうのは、確たる領地を得てから、ですね」って。

 その確たる領地を私が奪って……というわけだった。


 そういうわけで、日が昇っては床に入り、日が沈んでは矛を交え――

 契約の13夜が過ぎた。



 温かなべッドの中、顔に差す陽光で目が覚めて、つい自然と伸びをする。

 13夜にわたって、シェダレージアの後釜を招き入れては討伐する――というのが当初の予定だったけど、実際にはそうはならなかった。

 誘いに乗って人間界へ殴り込むにも、相応の力がいるということで、向こうにもそこまでの人材はもう・・いなかったから。


 無理を言って連れ出させるのも悪い、というか問題が起きるかもと思って、契約の13夜については、虜囚が13になった時点で満了したものとみなした。

 こういうところ、自分でもいい加減すぎるとは思う……


 それで……倒すべき相手がいなくなり、さっそく集落を離れようとしたのだけど。

 でも、集落の皆様方の間では、衆人監視下で宣言した13夜の約束が生きていた。皆様方のご厚意もあって、満期まではこうして置いていただけていたというわけ。

 それも、今日でおしまいだけど。


 最後の朝食、いつもどおりメリッサさんと向かい合って座り、温かなお食事に手を付けていく。

 今朝は……静かになるものと思っていたけど、そんなことはなくて。メリッサさんは普段通り、優しくも陽気なお方だった。

「寂しくなるね」としんみり言った後、「でもま、おかげさまで珍しいお客さん、めっちゃ増えたけど」なんて笑ったりして。

 私は苦笑いしか返せなかった。


 シェダレージアら影使いの悪魔をどのようにするか、今日、皆様方の前で改めて契約を交わして命を下す。

 この集落の未来もかかっている大仕事だけに、今から緊張してくる私に「ごめんごめん」と軽い謝罪。


 それから、とりとめのない話を交わした。

 私がここに留まる考えがないことは、メリッサさんからそれとなく聞かれた時にお答えしたし、長老さまにも同様の返答をしてある。ここで何かあったら、とは思うのだけど……


 私がいた方が、よほど何かありそうな気がして。


 それでも、お別れを前に少し切ない思いを抱く私に、メリッサさんが「寂しくなるね」とまた声をかけてきた。

 言葉の割にはにこやかで、裏があるのではないかと思っていたけど、まさにその通りだった。


「でもさ、いくら大人しくなったからって、悪魔ちゃんたち置いていってそれきり……なんて、薄情なことは……まさか、ね?」


「うっ……」


 もちろん、機会があれば見に来るつもりだった。

 それがいつになるかは、わからないのだけど。

 ともあれ、メリッサさんの言葉は、私の責任感に釘を刺す以上に、「また来てね」ぐらいの親しみの方が強いもので。

「あの連中も寂しがるかもね」なんて笑っていた。

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