第13話 こころの自由
神器を手にした私を前に、対峙する悪魔の態度が少し変わった。なんというか、余裕たっぷりだったのが、今では若干の戸惑いが顔を出しているような。
「フッ、フフフ……なるほど、このままでは終わらないと、な。あの野郎……まあいい!」
思い切りとともに、様々な触手が私へと迫り……
ハルバードの狙いすました一振りで、その多くが黒い霧へと変じていく。
細いものも、太いものも、関係なかった。
この一撃に、向こうは「バ、バカな」と
だけど、これで終わるような奴ではなくって、そこは大したものだった。
触手の処理速度は上がったのだけど、いくら使い慣れている武器とはいえ、素手に比べると取り回しの悪さというものはある。
というより、向こうはそのように考えて、囮と本命を巧みに組み合わせてきている様子だった。
けど、私にとって重要なのは、太い触手の処理に悩まされなくなったこと。
そして、太い触手の背後に隠れる細いものまで巻き込めるようになったこと。
わざわざ小物を狙って落とす理由はなくて、私は必要な標的を狙い定めて切り飛ばしていく。
ただ、敵もさるもので、ややぎこちないながらも対応してきた。太い触手は、もはや斬らせるための囮になって、これに巻き込まれないようにと遠巻きに、細いものが迫ってくる。
横薙ぎを仕掛けてくる太めの触手を狙い、私はハルバードを斜め下へ打ち下ろした。斬り飛ばした触手が、そのままの勢いでどこかへ飛んでいく。
打ち下ろした刃は地に突き刺さり、私は振った勢いを活かして、軽く飛び上がった。地に突き刺さるハルバードを軸に、宙でくるりと回転。離した方の片手で、至近の触手を掴み、握ってちぎる。
宙に舞う体が地に着けば、再び柄を構え直し、その場で横に一回転。迫りくる触手たちを一掃し、残るは「様子見」していたらしき、待機組だけ。
直近の脅威を斬り飛ばし、私は攻めに転じた。歩を寄せて迫りつつ、なおも迫る触手を打ち払い……
向こうの生産速度に、今では私の処理速度が上回っている。往時の手数は消し飛んで、後はじり貧だった。
「こ、こんなはすでは」と、うろたえる悪魔。それまで、自信たっぷりに、その場を一歩も動かないでいたのが……かすかに後ずさりする。
でも、油断はできない。だって、自分を偽って
だけど、この勢いで嵩にかかって圧し潰す。次の手を講じる前に。
私は純白のハルバードを構えなおし、うろたえる悪魔目掛け駆け出した――
☆
当たり前の話ではあるのだけど、戦いが終わっても約束の場所にシェダレージアがいて、私は彼の元へとお友達を引き連れていった。
何度か打撃をその身に受け、優男然としていた悪魔も、いまは意気消沈といったところなのだけど……
ハルバードの切っ先を背に向けられた虜囚――ノクトラースと名乗った――は、目の前
「シェダ! この野郎、話が違うじゃないか!」と。
シェダレージアが、私が期待していた通りの働きをして、まんまと丸め込んで呼び寄せてくれた、ということだと思う。
同胞相手に「悪いな」とそっけない彼は、しかし、私と目を合わせようとはしない。
彼の態度を疑問に思いつつ、私は新たな虜囚とともに魔法契約にかかった。
この契約法、ひとりで担当するには限度というものがあるのだけど……悪魔22体程度であれば、まだまだ全然。
事によれば一族郎党とか、まとめて面倒見なきゃいけない「作戦」だってあったから。
過去を思い出しつつ、私は2人目にも同じような契約を交わし――というか、押し付けた。
同胞への怒りを隠そうともしないノクトラースだけど、私に対しては、少なくとも力は認めてくれているみたいで、殊勝な感じがあった。
こうして首尾よく、約束の13夜最初を終えたのだけど……
それにしても、シェダレージアの様子が気にかかって仕方がない。
やっぱり、気にしてるのかな……
あの集落の方への悪行は、やはり許すわけにはいかないのだけど、そのことと、彼と私の間にある問題は別物だと思う。
私の行いは善行だとは思うのだけど、人の世の理法に照らしてなお、私は彼にひどい仕打ちをしている。そういう罪悪感はある。
彼も彼で、同胞への罪悪感をきっと抱えているはず。私たちのそういう気持ちは、私の方にこそ、その責がある。
せめて、彼が感じているであろう負い目を肩代わりしなければと、私は口を開いた。
「お疲れさまでした――なんて、契約で縛っておいて変かもしれませんが……」
でも、特に返事はない。目を合わせようともせず、表情にはどことなく影があって、何かしら隠し事があるようにも思う。
「繰り返しになるようですが、あなたが責任を感じることはないですよ。契約者たる私にこそ、その責がありますから」
すると……若干の
「そいつが痛い目を見たことについて、私が罪悪感を覚えているものと、考えておいでと思いますが……」
「違うのですか?」
「……むしろ、あなた様に対して、罪悪感はあります」
曰く、今回の招待というのは、契約の範囲を脱しない中で行える、私への仕返しを兼ねていたのだとか。
ノクトラースへの説明にも、そういった仕返しの意図があると伝えていた、そのように私も聞いていたのだけど……
それは口実ではなくて本心だった、と。
だから、自らの影で以って領地化する段階を踏まずとも、やってきたばかりの地で対応できる、ノクトラースという名手を選んだそう。
「もっとも、お前に認められたところで、この様ではあるが……」
この、腕利きの同胞を呼び寄せ、それでも成らなかった。
この敗戦で私への復讐は成立しえないものと認め、私に腹の内を明かしてくれたのだという。
本音を語り終え、神妙な顔つきで伏し目がちになるシェダレージア。しばらく静寂の時が流れ……
彼の方から、心底不思議そうに、私へと尋ねてきた。
「処罰はなさらないのですか?」
「えっ? どうして?」
思わず疑問が口に出る私に、彼が苦笑いする。
「これは……面従腹背みたいなものでは」
みたいな、というか、まさにそれだと思うのだけど。
でも……私自身は、憎まれたって仕方ない存在だって自覚してる。それに……
「契約で縛るような奴に、心腹の忠誠を誓うのですか?」
心の中で舌を出すような相手だって思っているからこそ、負かした相手を契約で縛る。
魔法契約には、契約
これで、相手の忠誠を求めようだなんて虫が良すぎると思う。
――そもそも、私はそんなに立派で尊い存在では決してなくて。
こういうやり方でしか、相手を従わせられないから。
「言動については、私との契約の順守を求めますが、それだけです。せめて心の中だけは……ご自由にどうぞ」
新入り含め、虜囚となった悪魔二人は、私の言葉に何も返さなかった。その胸の内で何を考えているのか知れたものではないけど……
隠し事なんて、誰にだってあるから。
少なくとも私に、それは絶対に責めることができない。
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