第8話 土地の守り方

 集落のど真ん中にある大広場。その中央、用意していただいた椅子に腰かける私。

 いまだ携える刃の矛先には、深く深く平伏し、決して頭を上げようとしない悪魔が一体。


 竜の正体がコイツだとは言ったけど、実はまだちょっと懐疑的な雰囲気はあった。

 まずはそこから、認識を改めてもらわないと。

 ひざまずく虜囚に向け、私は口を開いた。


「お前、名前は?」


「シェ、シェダレージアと申します」


「シェダレージア、ですね」


 それで、このシェダレージアなるものは、私のことを聖職者だと「身を持って」認識している。

 その上で、こんな無抵抗の状態で本当の名を告げてきたっていうのは、完全に敗北を認めたと言って良いことだった。

 

「シェダレージア、決して誰も傷つけることなく、その力の一端をこの場で披露してみせなさい」


 この命令に影の悪魔は応答の声もなく応じた。広場近くの影が不自然に歪み、ちぎれて離れ離れになる。

 影の元になった建物は、そこにそのままの姿であり続けているのに。


 この技は、私のいいつけどおり、誰を脅かすこともない小技だった。

 だけど、あの漆黒の竜に脅かされてきた方々にしてみれば、アレとコイツを結びつける最後のピースだった。

 私に宿を提供してくれたメリッサさんが、「ま、まじで?」と驚きをあらわに。他の方々の驚き、戸惑いようも相当なものだった。

 それから場が落ち着くと、老若男女問わず、無言の敵意が渦巻いて広場を包み込む。


 でも、残酷なことだと思うけど、こちらの方々がいくら束になっても、コイツの命には届かない。

 だからこそ、私たち――というと不遜極まるけど――聖職者というものがいる。そして……


 こういう悪魔は、何もここにいる者だけじゃない。


「もし仮に、私がこの者を始末したとしても……あの地に後釜が来ないとも限りません」


 そうなれば元も子もない。「だったら」と口にして私に視線を投げかける方がいらっしゃったけど、すぐに思い直したのか視線を逸らされた。

「私がここに留まれば……」みたいなことをお考えだったのだと思う。


 でも、私は訳ありだから。ここに留まって、聖職者にしか認められない力を使い続ければ……

 聖教会の方々はご理解を示してくださるとは思うけど、それでも私の処分に際し、大なり小なり皆様方の気分を害することになりかねない。

 もうちょっと、何か、現実的な手立てがあれば。


 かつて、私も末端の訓練生として加えていただいた、いくつかの殲滅作戦を思い返し……

 戦って殺すしかできない、私みたいな出来損ないの元聖女見習いにでもできる策を、ひとつ思いついた。


 意を決した私は立ち上がり、地に伏す悪魔の顔の横に、神器の白刃を突き立てた。悪魔がびくりと体を震わせる。


「ど、どうか命は」


 この期に及んで命乞いする根性に、私だけを見て、本当に傷つけてしまった人たちは一顧だにしない侮蔑を感じた。


「それはお前次第です」


 怒りとともに冷たく言い放つ私の言葉に続き、集落の皆様方がざわついた。やはり、この場で殺すものとばかり思っていらっしゃる。

 そんな中、長老さまは私に決断を託してくださるお考えのようで、他の方々をやんわりと落ち着けられた後、私に静かにうなずいてくださった。この信任を受け――


 別のモノにまたも背く事実を思い、かすかに指が震えつつ、私は腹を括った。


 強く握りしめた柄を通じ、白刃が魔力で赤い光を放つ。地面には瞬く間に魔法陣が刻まれていき、私は宣した。


「我が名ティアマリーナと悪魔シェダレージアの名において、これより約を取り交わします。従わねば殺します。異論あれば直ちに申し出なさい」


 一度契約が定まれば、双方同意の下での逆儀式を執り行わない限り、この魔法による契約の効果は絶対だ。

 シェダレージアも、悪魔ならこの魔法契約は知らないはずがなく……

 でも、逆らいもせずすべてを私に委ねている。


 悪魔の命をこの手に、もっと大勢の命や財貨をこの先に見据え、私は皆様方に声をかけた。


「先ほども申しましたが、この者ひとりを殺めたところで、この地の安堵が確実なものとなるわけではありません」


「では、一体……」


「後釜を呼ばせて、その都度退治します」


 言い放った私にたじろぐ方々。その動揺収まらない内から、私は長老さまに問いかけた。


「長老さま。聞くのも心苦しい限りですが……この者に捧げた家畜の数は?」


 気づけば私も声のトーンを落とす問いに、長老さまは少し間を開け「確か、大小合わせて13頭です」と答えられた。


 求めるべき供物の数を把握し、私は改めて契約の宣言に移る。


「これより日が落ちるたび、魔界よりお前の同胞はかからをひとり、お前がいたあの場所へと呼び寄せなさい。私が打ち倒します。一夜で一人、これを一三夜に渡って続け、お前が捧げたる同胞の打倒を以って、お前に捧げられた供物へのあがないとします」


 打ちのめした敵を隷属させ、後釜になり得る者を誘い出し、順次討滅する。

 いまの私に考えついて実行できる、この地の安堵のための手段が、これだった。


 この契約に縛られる悪魔は、決して何一つ述べることはなく、ひれ伏したままこれを受け入れた。地に刻まれた魔法陣が一際ひときわ強い光を放ち――


 私たち、互いに相容れない存在の間に、ひとつの契約が交わされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る