第6話 国破れて見る影なし

 授かりものの力を私闘に用い、ついに手を下してしまった事実に、いまも心身の震えを覚える。

 だけど、私が抱える個人的な問題はさておいて、戦況は好都合な方向へ流れてもいる。


 今回みたいな影使いは、身を隠すだけの影を失わない限り、決して本体をさらすことはない。

 影使いが本体を見られるというのは、城塞奥深くに座し、影を軍勢として操っていたところ、軍も城も破られて表へとひっ捕らえられる最低の屈辱――なのだそうで。

 だから、影使いは、軍勢を減らさないような戦いを熟知している。影から影へと循環する投擲なんか、まさにその好例で。


 一方、いま私と対峙している多頭竜は、確かに攻撃の苛烈さだけを見れば脅威ではあるのだけど、相手にとっても大きな賭けだった。

 首をはねれば、母体がその分だけ影を失う。首ひとつひとつは、手にした得物ではね飛ばせる程度の、ちょうどいい獲物であって……

 でも、相手にはこれしかない。神器の光に焼かれ続けてやせ細るか、あるいは夜明けまで持久戦するわけにはいかない。タイムリミットがある中で、私に向けた殺意に相応しい戦闘形態――

 それが皮肉にも、私の攻め手にとっても都合の良いものだったというだけの話だった。


 襲い来る竜の首の群れをかいくぐり、すれ違いざまに斬り飛ばし、ひるめば追い討ってはね飛ばす。

 そんな戦いを続けるうちに、相手の攻勢は次第に弱まってきた。首を切り飛ばされ続けた現実に思う所あるのか、多頭竜は闇に潜って見えなくなった。

 再びにらみ合いの時間になり、忘れた頃に漆黒の投石が放たれる。まだ、攻撃を仕掛ける程度の戦意はある。

 だけど、意固地になっているだけなのかもしれない。これ以上の何かに賭けてこようという気概は、すでに失せているようにも感じる。


 戦いの潮目を感じ取り、私は次の段階へ移行した。

 一面真っ黒な大地に、白光の刃を突き立てる。地面で激しく火花散る中、刃を突き立てたまま、戦場の適当な端っこへと、あえて・・・悠揚と歩いていって……

「な、何を考えている!?」と、慌てて背に投げかけられた声に、私は振り向きもせず応じた。


「お前の領土を切り分けます!」


 切り分けられる対象としての首が、亀のように引きこもった今、切り分けて弱体化を計れるものは、そこ・・にしかない。

 相手そのものとさえ言える領地に、煌々と輝く刃を突き立てる。刃が端っこへ至ったなら、漆黒の領地に白熱の斬撃を繰り出ていく。

 漆黒の領地から、一片一片を切り崩し、勝手に割譲していく。誰のものでもない自然の手へ、あるいは、あの集落の皆様方の元へ。


 この、私の行いは、国同士では決してあり得ない横暴だった。影と闇をその五体とする相手にしてみれば、死刑宣告――

 あるいはその先、凌遅刑に近いものだと思う。

 そうした認識の上で、私はやっている。


「や、やめろおっ!」


 これまでにないくらい悲痛な声を上げ、再考を促す血のにじむような請願を、私は無視した。

 許す許さないを私が決めてしまえば、それは慈悲ではなく、ただの私心だから。


 あの集落の方々のため、そう心に決めて武器を振るう今、この敵にもしも延命の道があるとすれば……

 そうした方が人の世の役に立つと認められる、合理的な理由が必要だった。


 降伏する前から勝手に領地を切り刻まれる、この残酷な不条理に、敵は最初は抵抗を示してはいた。領地本陣から攻撃を飛ばし……私は避けたり、軽くいなして切り飛ばしたり。

 そうして飛んでいく漆黒の断片の行き先が、相手の支配の及ばない自然の夜闇だと気づくと、抵抗はずっとささやかで申し訳程度のものになった。

 闇から闇へと循環させる、いつもの手口が使えないのだから。


 やがて、相手は一つの決断を下した。

 この手で切り飛ばしていった領地が、私が切り崩すよりもずっと早く後退していく。押し広げた漆黒の版図が縮小し、引いていく黒い海の下から、本来の岩場の色が月明かりに浮かび上がる。

 これは、降服ってことだと思う。


 それでも、油断させるための術策の可能性を思い、私は影が逃げていくその先に武器を構えなおした。

 白刃を向けた先、慌てて逃げる闇は、少し哀れに見えた。


 やがて、岩に囲まれたかつての玉座の真ん中に、それが本来の姿を表した。

 蒼白というか、やや青みがかった肌に、どことなく品を感じさせる黒と金の装い。そして、漆黒の翼。

 いわゆる悪魔だった。

 こういうのは今まで何度も遭遇してきたけど……ここまで憐憫れんびんを誘う様を見せているのは、初めてだった。


 背を丸めてうずくまる、その姿が地に落とす影は、自然のものではない。そこだけが陰影のない漆黒に塗りこめられている。

 力を失いつつある中、自身の力で保つことのできる最小限の領地が、それらしかった。

 かつて、この地を脅かしていたそれが、声を震わせて哀願する。

「ど、どうか、命だけは……」と。


 本当に、哀れを誘う声だった。

 でも、殺さないと、と思う。

 痛めつけて、反省させて……許す。勝手にそういう判断が許されるような身分じゃないから。


 だけど……もはや敵がいなくなったこの地に視線を巡らせて、思う。

 こいつがいなくなった後、次が現れはしないかって。


 私が参加させていただいた浄化作戦は、その後のことも十分に考えられていた。今回だって、一度手を付けたのなら、その後にまで気を配らなければならないんじゃ?

 元はというと、あの集落がこの先どうなっていくか、思いを馳せた上で武器を手に取ったのだけど……

 この者を討ち取ってそれで万事解決とするのは、あまりにも甘い考えのように思えてきた。


 不出来な聖女として追い出されたこの身だけど……それでも、出来る限りを尽くさないと。

 後々にまで考え至り、ふと私は自分の手を見つめた。

 少し震えている。

 この震えの根源が何なのかを考えるより早く、私は敗残者に弱みを見せまいと、その震えを握りつぶした。


「お前への審判は、お前が損なった者たちの前で下します」


 この宣告に、少しだけ遅れて「どうかご慈悲を」と、消え入りそうな声が続いた。


 コソコソと影に隠れ、偉大なる存在を模してその威を借り、人々から供物をせしめとる。人ではなく、家畜で満足する。

 いざ・・という時、許しを得やすくなるから。


 本当に、卑しい。

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