第5話 運命の一太刀

 成果の上がらない攻撃は、少しずつテンポを増していった。私の疲弊を待っているのかもしれない。

 こういう影使いは、実質的には地面使いでもある。というのも、影は地面に刻まれるものだから。影を侵食させ、地面を黒き血肉へと変えて戦う。

 私を襲うこの投石の嵐は、実際にはかなり理に適うものだと思う。獲物を取り囲むように、影が行き届いた岩場を確保できていて……

 闇から闇へと音もなく飛び交う黒い弾は、対岸で再び闇へと取りこまれ、決して目減りすることはない。

 闇に取り込んだ面積を領地とするなら、取り込んだ質量は、兵の貯えみたいなもの。


 でも、尽きることのない攻撃にさらされ続けてもなお、私は討たれることなくそこにいる。

 今回の敵も、正直、結構やる・・方だとは思うのだけど……

 この戦いの意義を思えば、まだ心に迷いはあるのだけど、気楽なところもあった。

 いつもと違って、傷ついてはいけないひとが、ここには誰もいないんだから。

 コイツを倒して勝てさえすれば、あとはどうなったっていい。


 音も声もない投擲の嵐の中、私は目立った手傷を負うことはついになかった。

 一方で、私が手にする神器の白光で、辺りの影は常に焼かれ続けている。

 この戦場自体は、私としては、確かによくできた狩場だとは思うのだけど……


 その出来を信じ切れないみたいで、相手は大きな賭けに打って出てきた。

 一面の漆黒の中で、魔力を伴う質量が音もなく鎌首をもたげ、星空の一角を漆黒に染める。影に取り込まれた地面が突然隆起し、高らかに掲げられた剛腕に。

 この漆黒の拳が、私を押しつぶさんとして、かすかな風切り音を立てて迫り――


 これを横へ飛びのいて回避。合わせて迫る、これを待っていたかのような投石。

 飛びのきながら、私は漆黒の地へとハルバードの白刃を突き立てた。悲鳴のような激しい蒸発音が上がり、相打つ光と影の火花散る中、突き立てた獲物を柱代わりにして身を翻す。

 襲い来る投擲は、闇の向こうへと呑まれていく。体の勢いを活かして獲物を引き抜き、私はそれまで自分がいた場所に相対した。


 天空からの巨大な手刀は、黒い地面にのまれて同化した。何事もなかったみたいに。ごくわずかに生じた魔力のゆらぎが、黒い大海に浮かぶかすかな波紋になった。

 私がもっと鈍感な人間だったら、殺される瞬間まで何も気づかず、質量に押し砕かれて闇に取り込まれていたはず。

 これだけの大質量を操りつつ、それを気づかせもしない静粛性と物理的な収拾力は、相手の確かな技量を裏付けるものだった。


 同時に、プライドの高さも。

 見事な一撃を何事もないかのように切り抜けた私へ、次の攻撃が来るのは早い。漆黒の中でうごめく魔力の揺らぎに、かすかだけれど、動揺と怒りが感じ取れる。

 音もなく黒い質量体が私へと迫る。初撃は巨大な手刀だったけど、だんだんと大きさより素早さ、鋭さ、そして手数を重視したものへ。


 襲いくる連撃を避け続け、白刃を夜闇にかざしてみれば、次なる敵の姿が浮かび上がる。

 星空を背にした、漆黒の多頭竜。

 私を睨み付ける、いくつもの無貌の首が、我先にと鎌首を振り下ろしてくる。


 これが頃合いだった。繰り出される波状攻撃、行き交う竜の首を足さばきで避け、鋭く飛び上がり、時には踏みつける。

 そしてやってきた、かわし切れない絶好のタイミング。襲い掛かる首の一つに狙いを定め――

 私は、教えに背く畏れを感じながらも、それを振り切るように腕を振りぬいた。


 これが、決して誰の命を受けるでもなく、ただ自分ひとりの意志で誰かへ向けた、初めての攻撃だった。


 心に覚えた抵抗感とは裏腹に、奮った腕は何物にも止められることはなく、影の竜頭の一つを跳ね飛ばした。

 悲鳴はなかった。代わりに、母体から跳ね飛ばされた影の断片が、その黒さを失って星明りたたえる夜闇へと溶け込んでいく。


 切り抜けざまに、すぐに向き直って残心を取り、私は自分の意志ひとつで挙げた首級の、その最期を見つめていた。

 怒涛の攻撃を避け続けていた時よりもよほど、胸が高鳴っている。


 ああ~、ついにやっちゃった、って思ってる。

 神威を私物化してる。

 今すぐにでも、ここに裁きが下ったって、決して文句は――


 ああ、でもせめて神さま。私と一緒に、この者にも裁きを下していただけるなら。


 不安に踊る心で月夜を見上げても、私なんかに御心が示されることはついになくって。

 荒れ狂う漆黒の竜が、失った首をさらに増やして襲い掛かるばかりであった。


「たかだか一本、仕留めた程度で図に乗るな、小娘!」


「こっちだって、本当はこんなことしたくないんですよ! 人の気も知らないで!」


 そうは言っても……あの集落の方々の事を思えば、私がどうなろうと、この者を誅滅しなければならないのは明白で。

 今の私には迷いを振り切り――


 ああ、いえ。違う。

 迷いを抱えながらも、戦い続けるほかなかった。

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