元カノさんとの話し合い。②
浮気をどこから浮気とするのかは、人によって変わってくると思う。
例えば、二人きりで食事に行ったらダメだという人もいるだろうし、手を繋いだらアウトだという人もいるだろう。
ラインやDMなんかでのやり取りだけでも許せない人はいるだろうし、サシ飲みくらいならどうってことないという人も、もちろんいるはずだ。
強引に大別することはできるだろうが、まあ、概ね人によって細かく定義が変わる言葉であり、それぞれのラインというものが、誰にだって存在する概念だ。
その中でも、俺は取り分け寛大(寛大という言葉が、果たして適切であるのかは、悩ましいところではあるが)な方であるという自負があった。
基本的には誰と会うにしても、許可を求める必要なんて無いと思っているし、仮に異性がいる中に遊びに行きたいと言っても、まあ、結果的に許すと思う。
スキンシップが激しいのは流石にどうかとは思うが、余程のことでもない限り、目くじらは立てない方だ。
けれどもそれは、別に恋人に対する執着や、独占欲といったものがないという訳ではなく、極々シンプルに、信頼しているからこそ縛らないというスタンスである、ということをわかってほしい──なんてことを、本当に本気で思っていた。
あるいは、信頼する相手に、信頼したい相手に、何も文句も言わず、自身の気持ちも伝えることはなく、ただ許し、好きにさせることを信頼と言うのだと、俺は本気でそう思っていたのだ。
何も言うことはなく、何も伝えることはなく、ただ裏切らないだろうという押しつけをするばかりで、それを裏切られないことを、信頼なのだと思っていた。
正直なことを言えば、今でもそう思わなくもないし、そう信じていた俺が、そんなに悪いとは思えない──そして、それはきっと、概ね間違ってはいないのだ。
人は簡単には変われないし、実際のところ、裏切らないということ自体は、信頼するべき点であり、信頼せざるを得ない点でもあると言えるだろう。
けれどもそれは、きっと前提なのである──いや、いいや。
前提であり、結論であるとも言うべきなのかもしれない。
結果として残されるべき事象が、『裏切られなかった』ということなのだから。
だから恋愛は──人と人との関係性というのは、過程が大切なのだと思う。
言葉一つ、行動一つで、他人への向き合い方というのは容易く変わってしまう。
それが意図したものにせよ、意図しなかったものにせよ。
人と関わって、影響を全く受けないなんてことは、有り得ないのだから。
合うにせよ、合わないにせよ、関わった時点で人は少しだけ形を変える──変えられてしまう。
だから、伝え合うことが大切なのだろう。
こういうところが好きなのだと。
こういうところが嫌なのだと。
ああいうところが不安なのだと。
ああいうところが嬉しいのだと。
そういうところを信じていると。
そういうところを信じられないと。
伝え合うことで、ようやく信頼関係というのは築かれるのだ。
築かれた上で、積み重ねるから、維持されるのだ。
それが、俺にはなかった。ただ信頼しているという言葉の重みを、振り回して、押し付けていた。
過程ではなく、結果だけを握り続けていた。
だから、俺はうーちゃんに、謝らなくてはならないのだ。
「……ちゃんと反省できたってこと、かな?」
「いや、正直まだ、反省し始めたばっかりで、反省できたとは言い難い。反省してる最中だし、暫くは向き合わなきゃならないことだと、そう思ってる」
何が悪かったのか、どうして悪かったのか。
それが分かったから、謝る──それは、正しい行程ではあるが、反省を完了させたことにはならない。
言わば必要最低限のことを行っただけである。
それで褒められるのは、学生までだろう。
「ん、そっか──ね、あーくん。あーくんは社会に出てから、今の会社に勤めてから、忙しく働き始めてから、私のこと、ちゃんと好きだった?」
「それはもちろん。嘘偽りなく、好きだった。愛していたと、腹の底から言える。だけど、だからこその甘えだったとも、今なら思える」
「んー、ふふっ。ちゃんと反省して、落ち込んでる時のあーくんだ──それを、もっと早く聞けたら良かったんだろう、ね」
あるいは、日常的に聞ければ良かったのかな──と、うーちゃんは儚げに笑った。
想いは伝わることはあっても、必ずじゃない。
言葉があって、文字があっても十分な意思疎通が出来ないのが人間だ。
それにもっと早く、気付くべきだった。知るべきだった。
何度だって言葉にするべきだった。
何度でも文字にするべきだった。
信頼していると、好きであると、愛していると、何度でも確かめ合うべきだったんだ。
互いに触れ合って、互いに感じあって、互いの信頼を抱きしめあって、確認しなければならなかった。
それが出来なければ、大きな信頼はただの投げやりな放任主義にしか見えないだろう。
互いの信頼を信頼できないのだから、当然だ。
だから、気持ちは知らない内にすれ違った。
そして──そして俺は、すれ違ったことにすら、気付けなかったのである。
「自分のことばっかりだったことも、それで傷つけたことも、不安にさせたことも、下手な嘘を吐かせたことも、全部ひっくるめて、ごめん」
「良いよ……うん、良いよ。ちゃんとあーくんがそれに気付けたのなら、これ以上攻める必要はないと思うし、ね」
「器でっか……」
「んー? ふふっ。まあ、私はあーくんの幼馴染だから、ね。可愛い可愛い弟分で、彼氏くんを許す度量くらいは持ち合わせている、よ──ああ、いや、いいや」
今はもう、元カレくんになるのかな。と、うーちゃんはポツリと言った。
表情を変えることはなく、相変わらずふわりとした笑みのまま、うーちゃんは再度口を開いて、
「それじゃあ、別れよっか。あーくん」
と、そんな事を言った。
「あんまり驚いたような顔しないで欲しい、かな。私だって、何事もなく復縁出来るだなんて、そんなに甘いことを考えはしてなかったよ──ううん、出来るとは思っていたけれど、やっぱり無理だと思い直したと、そう言った方が正解、かな」
「思い直したって……まあ、確かに、自分でもビックリするくらい、ガキだったと思うけど……」
「違う違う──私はそういう、あーくんの子供っぽいところが好きだったんだから、全然関係ないよ……と言っても、あーくんの子供っぽいところが好きだなんて、いやはや、恋愛は盲目だなんて言うけれど、私もそうだったとは、ね」
一途に一人の人が好きで。
騙されやすくて、信じやすくて、一つのことに集中しがちで。
一人の女性にずっと振り回されているような。
それでいて、幼い信頼をずっとぶつけ続けてくれるような。
「ふふっ、我ながら趣味が悪いよねぇ、私も」
「本人の前で言うことじゃなさすぎない? 直球で傷つけに来てるじゃねぇか……」
特に否定できることでもなかったので、それもなおさらだった。
悲しいことではあるが、どう足掻いても、趣味が良いとは言いづらい。
「でも、だからこそ、かな──やっぱりあーくんを傷つけちゃった、私が私自身を許せないし。仮にあーくんが振り向いてくれても、私があーくんと向き合うには、もう少し時間が欲しいくらいだし。それに──あーくんがいなくても、ギリギリ生活は何とかなることは実証できたから、良い頃合いってところ、かな」
「本当に実証出来てた? かなりゴミ屋敷に近づいてきてると思うんだけど……」
「大丈夫って言ったら大丈夫なの! ……もうっ、だから、バイバイ。あーくん──大丈夫。初恋は実らないものだけれども、逆を言えば、実らないのは初恋くらいなものだから、ね」
「いやそれは何の応援なんだよ……」
しかし、逆を言えば──か。
些か強引な論調で、少しだけ笑みがこぼれる。
「次の恋を見つけなさいってことだよ。ほら、あーくんは一人じゃ生きられない、可哀想な寂しがり屋さんなんだから、ね? 偶にはおねーさんも相手してあげるから、さ」
「余計なお世話すぎる……」
「んー、ふふっ。まあそっか。もう他の女の匂いを身体に付けてるくらいだもん、ね」
「!!?」
「──次は、浮気なんてさせちゃメッ、だよ?」
不意に、グッと胸元を掴まれて、耳元で囁かれる。
「その"次"は、もしかしたら本気かもしれないんだから」
「……肝に銘じておくよ」
「ふふ、よろしい。それじゃあ、またね、あーくん」
「ん、それじゃあ、また」
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