お忍びデート。あるいはただのお説教。②
「うん、良し。やっぱりわたしたち、結婚しよっか」
「何がうんで何が良しで何がやっぱりなんだ!? 脈絡もなくそういうことを言い出すな。飛び込むぞ、海に、車ごと」
「一緒になれないなら、二人で入水しよう……ってこと?」
「捉え方が斜め上どころじゃないな……」
何なら果てしないほど真上にぶっ飛んでるまであった。お陰で大気圏も超えて、天国に一直線って感じである。
いや、いいや。自殺者は天国には行けないとも言うし、この場合は地獄に向かって真下に一直線と言うべきか?
しかしまあ、特段悪いことをしていない人でも、自殺したという一点だけで、地獄に落とされるというのも理不尽な話だよな。
俺自身、肯定する訳でも、否定する訳でもないという前置きをした上で、敢えて誤解を恐れず言うのだが、世の中にはそういう、どうしてもそうするしかなかったという人が、タイミングがあるものだと、俺は思うから。
かく言う俺も、斑雪がいなかったらどうなっていたか分からないような男である。
うっかり逝っていたかもしれない。冷静になるタイミングが無かったら、本当に有り得る話なので、然もありなんといったところだ。
ちょうど良いところで車を停めて、窓越しに海を眺める。
「そんな訳で……そんな訳で? まあ、とにかく、海の方まで走ってきたけれども、ここまで来ると、やっぱり人は見当たらないな。海って夏に来るものだし、当たり前と言えば、当たり前なんだけれども」
「別に、夏に来るものって決まっている訳じゃないけど、やっぱりそういうイメージが強いよね。夏! 海! 山! って感じだ」
「山は冬でも楽しめるけどな」
ウィンタースポーツなんかは、正しく山を活用したスポーツである。
生憎、俺は一度も触れたことは無いが、香耶さんが趣味にしているらしいので、その手の話は良く聞いている。
冬になったら行きましょうね~! とお誘いを何度か受けているが、お断りしているのが現状だ。
寒いのも暑いのも嫌いな俺からしてみれば、四季なんて春と秋の二季になっても良いくらいだぜ。
まあつまり、何が言いたいのかと言えば。
「寒いんだろうなあ……出たくないなあ……」
「出てる出てる、本音が駄々洩れだよ。まだ秋なんだから、そんなに寒くないと思うよ?」
「ばっかお前、潮風を嘗めるなよ。マジで寒いから、極寒だから」
「大丈夫大丈夫、ちょっとくらいなら平気だよ。それにほら、お日様も出てるし、暖かいって」
嫌だな~という顔をした俺を、言葉巧みに車から引きずり出す斑雪だった。
バタンと扉を閉めれば、ヒュルリと風が吹く。
「……まあ、季節相応に冷えてるってところか」
「だね──でも、外で本当に二人きりって、久し振りじゃない?」
「かもな……最近は色々あったし、一息つくにはちょうど良いか」
いやもう本当に、色々あったとしか言えないだろう。
俺個人の事情もあるが、それに加えて斑雪の仕事は倍々ゲームかよってくらいに増加しているし、エヴァだってちょ~っとずつだけれども、仕事が増えてきた。
忙しない時期がやってきそうだ。
事務所に泊まり込むのも、珍しいことじゃない日々に逆戻りと考えると、本気で辞めてやろうかとちょっと考えなくもなかった。
いや、まあ、辞めないんだけど。
今辞めるとなると、
「──で、お説教の内容ってのは?」
「それ、自分で切り出すんだ……」
「今は意外と気温がちょうど良くて、風も案外心地が良いからな、機嫌が良いんだ」
逆を言えば、機嫌が良い時じゃないと、説教内容によっては本気で凹みかねないというのがあるのだが。
大人になって身体がデカくなっても、心が比例する訳ではないということを、皆はもっと知るべきだと思いました。
歳を重ねて強くなるところもあれば、歳を重ねて弱くなるところもある。
さながら知ることで、恐れるものが増えるように。
「後はほら、自分から切り出さないと、マジで親にデカい声で呼び出されて正座させられて、懇々と始まる説教みたいになっちゃうだろ……」
「本当の本当なお説教のエピソードだ……お説教になるかどうかは、蒼くん次第だって言ってるのになあ」
「……」
俺としては、その言い方がもう恐ろしいのだが、斑雪にそんな自覚はなさそうだった。
どころか、本当に言葉通りな感じである。
俺次第──か。
こういう時の俺って、大体悪い方を引くんだよなあ。
砂浜を眺める形で、二人並んで座る。
「そんなにね、難しいことを聞きたいんじゃないんだよ。ただ、まあ、わたしもちょっと気になるって言うか、聞きたいなって思ってたことがあって。本当なら、待ってあげた方が良いのかもしれないし、わたしもそうしようとは思ってただけどね。元カノさんまで出てきて、こんなことになってるなら、やっぱり聞いておこうかなって」
「前振りがゴツすぎるだろ……え? 何? 俺、そこまでしないといけないようなことを、これから聞かれるのか!?」
何だろう、人は何故生きているのかとか、そういう小難しい哲学を聞かれるのだろうか。
答えられる自信、絶無である。皆無を通り越して、発せる言葉が一つもないレベル。
「あはは、まさか。とっても簡単で、簡潔で──だけど、ちょっとややこしくって、そしてやっぱり必要なことってだけだよ。わたしにとっても、蒼くんにとっても」
「必要なこと、ね」
「うん──ね、蒼くん。わたしのこと、好き?」
「……まあ、嫌いじゃない」
「好き?」
「……はぁ、お前な──」
急に何だ。何を言い出すんだ。何を言わせるつもりなんだ。と問いを重ねようとしたが、結局言葉にすることは出来なかった。
それはきっと──いや、いいや。確実に、斑雪があまりにも真っ直ぐ、真剣に、俺を見つめていたからだろう。
「好きだよ。それがどういう意味合いなのかは、斑雪の解釈に任せるけれど」
「ふぅ~ん? えへへ、それじゃあ都合のいい方に解釈しよっかな──わたしも、大好きだよ。蒼くんっ」
「さいですか……で、それが何だってんだよ」
「……うん、まあ、そういうところだよってお話がしたくって」
困ったように、けれども嬉しそうに、斑雪がふんわりと笑う。
それから、「あのね」と斑雪はコホンと一息差し込んだ。
「蒼くん、君は──とんでもなく女癖が悪い男なんだよ……」
自覚はあった? と、フラットに聞かれた質問に、なるほどこれはちゃんとお説教コースなやつだなと思う俺だった。
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