お忍びデート。あるいはただのお説教。
人と人との縁は一度繋いでしまったら、簡単に切ることはできない。
そんなことを言っていたのは、さて誰だっただろうか。
検索すれば出てくるような偉い人かもしれないし、幼い頃に周りにいた誰かだったかもしれない。あるいは、ドラマか小説なんかで見かけただけという可能性もある。
けれども、今こうして思い出せるということは、それなりに印象的だったのだろう──いや、まあ、今まさに、その言葉を体感しているからなのかもしれないが。
人と付き合う。人と別れる。
文字にすればたった数文字なのに、実際にするとなれば、それなり以上の紆余曲折があるものだ。
例えば、俺がうーちゃんと素直に別れられないように。
例えば、俺が素直に斑雪とは付き合えないように。
何かこの二つを例に出すと、例によって俺が最悪のカスみたいに見えてくるな……。
女から女に渡り歩く、とんでも男みたいに見えちまうぜ。
実際そうなのかもしれない──という自虐は一旦置いておくにしても、難儀なものだなとは思った。
俺はただ、幸せに平穏な日々を過ごしたいだけなのだが……。
まあ、それだけだとつまらないな、と神様が思ったのかもしれない。
波乱のない人生に味はないって言うしな。
「それならそれで、俺は味のない人生で別に良いんだけれども……」
「藪から棒に、また変なことを言い出したなあ。今度はどうしたの? また泣きたくなっちゃった?」
「何だかお前、最近俺のことを、泣き虫キャラとして定着させようとしてないか? 別にそんなことないから。涙とか他人に見せたことすらないから」
「急に戦士みたいなこと言い出した……」
精々レベル5くらいってところなのに、大丈夫そう? なんて失礼なことを助手席で言い放ったのは、当然ながら斑雪であった。
時間は昼を少し過ぎたところであり、何をしているのかと言えば、単純に帰宅である──と言いたいところであったが、そうではない。
お忍び買い物デーなのだ、今日は。
誰のかと言えば、もちろん斑雪の。
バッチリ変装を決め、送り迎えは俺がする。そういう日を、月に二回ほど作る──一年ほど前に、斑雪の我儘を発端に、成約された約束事だ。
当然ではあるが、当時の俺は普通に拒否したが、最終的には会社にも話を通すような事態となり、会社公認のイベントになってしまった。
わざわざ事務所に泊まり込んでまで、仕事を一気に片した理由のもう片方は、これである。
斑雪が丸々一日オフの日なんて、今となっては結構珍しいのだ。
全力で合わせなければ、こちらも不作法というもの……。
「それで? 今日はどこが目的地なんだ? ついでに何をどれくらい買うつもりなのかも、教えてくれると助かる。重いもんを大量に持つときは、その前に気合入れないといけないからな」
「理由が情けなさすぎるでしょ……ふふっ、安心して良いよ。今日はあんまり、お買い物! って日にするつもりはないから」
「ふぅん……? なるほどな」
ということは、遠出になるな。と瞬間的に察する俺だった。
いわゆるドライブというやつだ。正直、下手にショッピングモールに行ったりするよりは全然楽なので、こちらとしても助かるばかりである。
人の多いところって、やっぱり気を張るからな。
気を抜いて運転するという訳ではないが、やはり精神的にも肉体的にも、余裕が出来るというものである。
「でも、そうだね。海とか見たいかも」
「海ぃ? いや、クソ寒いぞ、もうこの時期だと。幾ら関東って言っても、もうそろそろ冬ってこと分かってる?」
「分かってる分かってる」
「分かってない人の台詞過ぎるな……」
まあ、海に向かうのは良いのだが、寒さにも暑さにも弱く、お前は単純に我儘な人だという烙印を押された過去を持つ俺としては、絶対に車から出たくないなと思った。
エアコンの効いた車内で、ずっとぬくぬくしていたい気持ちでいっぱいである。
とはいえ、文句を言っていても仕方がない。
海ってなると、どっちに向かえば良いかなあ……とアクセルを少し踏む。
「それに、蒼くんとも一度、ゆっくりお話ししたいなあって思ってたし」
「えぇ……何それ怖い……俺、説教でもされるのか?」
「ふふ、それはどうでしょう?」
「返答を濁すなよ、本当っぽく聞こえてくるだろ……」
大体、ゆっくり話すだけならば、それこそ家で良いだろう。
全く以て癪ではあるが、俺たちは同棲しているのだから──いや、家だと本当に説教になってしまいそうだから、敢えて場所を変えたのか?
だとしたら、助かるような、助からないような、微妙な気遣いだなと思った。
特に説教ルートがほとんど確定しているのが良くないな。
「説教になるかどうかは、蒼くん次第だからね。それじゃ、レッツゴー!」
「いや本当に説教の可能性があるのかよ」
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