マネくんと担当アイドル×2
パチリと目を覚ますと、事務所のテレビがまず目に入った。
何でだ? という疑問が湧くと同時に、解答が浮かんでくる──そういえば、昨晩は事務所に泊まったのだった。
本来であれば仮眠室を使用するところであるのだが、生憎用意されているベッドは二つまでだったし、そのどちらもが埋まっていた。
そうだね、うちの担当アイドル二号と、うちの事務員様だね。
まあ仮に片方空いていたのだとしても、もう片方で異性が寝ているのであれば、遠慮するところではあるのだが。
俺が良くても相手が良くないし、そもそも誤解を招くようなことをするべきではないからな。
意外かもしれないが、俺はこれでもリスクヘッジは出来る方なのである。
異性のマネージャーでありながら、これまで一度もそういった疑いを、身内にかけられたことすら無いことから、それは窺い知れることだろう。
まあ、それがどうして今、担当アイドルと同棲なんてことになっているのかは、ちょっと良く分からないんですけどね。
不覚を取られたとかいうレベルの話ではなかった。
俺の人生の不運を、この一年間にこれでもかと詰め込んだのかなあ? って感じである。
そうだとすれば、来年からはきっといい年になるはずなのだが、残念ながらその兆しはなかったし、何なら果たして来年、俺は生きているのかちょっと不安なまであった。
本当に刺されそうなんですけど……。
誠実に生きてきたはずなのに、この仕打ちは一体……と寝起きの頭で考え込み始めたところで、不意に「おや?」と思う。
そういえば、何だかやたらと柔らかい感触が頭にある。
こうも違和感を覚えるほどの、ふかふかなクッションなんてあっただろうか。
俺が散々枕にしたことにより、ぺったんこになったクッションしかなかったはずだが……もしかして、俺の知らない内に新しく買っちゃったのか?
香耶さんめ……いつの間に……。
いつからか、事務所の主とも呼ばれ始めている香耶さんを、ちょっとだけ問い詰めてやろうと思い、起き上がるためにまず体制を変えた。
横向きの状態から、上向きの状態へ。
クルッと半回転したら、「んっ」という、人がくすぐったそうな時に出す声が聞こえて、見慣れない山がドーン! と俺の視界を半分以上塞いで見せた。
「うおでっか……じゃない! 何やってんだ、斑雪!? ナチュラルに膝枕とかするな!」
「ふふっ、おはよう。君はおっきい方が好きかと思って」
「……まあ、大は小を兼ねるって言うしな。何でもお得な方が好ましいだろ」
聞く人が聞けば、まあまあキレられそうなことを口走ったのを、若干後悔しながら身を起こす。
斑雪がちょっとだけ残念そうな顔をしたが、取り敢えず見なかったことにして、時計に目を向けた。
短針はもう、6を指している。
つまりは早朝の六時。最近は大分寒くなってきたが、流石にもう日は上っていた。
「四時間か、寝すぎたな……」
「たったの四時間で言って良い台詞じゃないと思うんだけど、それ……一応言っておくけど、全然足りてないからね? せめて後、二時間は寝て欲しいんだけどな~?」
折角、貴重な社畜じゃないタイムの今くらい、ゆっくり寝ないと本当に死んじゃうよー。と、耳に痛いことを言う斑雪。
そういうお前こそ、こんな時間から事務所に来て、碌に寝てないんじゃないのか──と、じっくり観察タイムに入る。
顔色は悪くないな。肌の調子も良さそうだし、化粧も綺麗に出来ている──調子の悪さを隠そうとしてる類のものでもなさそうだ。
髪はちょっとだけ毛先がパサついてるか? 毛先だけカットして揃えてもらって良い頃合いかもな。
熱は特になさそうだし、発声もいつも通りだ。
全体的に、特に問題はなさそうというか、むしろコンディションは良さそうなまであった。
「蒼くん……急に人のことジロジロ観察し始めるの、良くないと思うよ。わたしだって、恥ずかしいんだからね?」
「おぉ……俺は斑雪に、羞恥という感情がちゃんとあったことが嬉しいよ」
「君はわたしを何だと思ってるのかなあ……!?」
欲望に従って俺を破壊しようしてるモンスターだろ、とは流石に言えず、黙って口を閉じれば「もーっ!」と可愛らしく怒る斑雪だった。
それから静かに頬に、手を添えられる。
「大体、君の場合は他人の心配の前に、自分の心配しなきゃなんだから。ほら、目のクマ、また出て来てるよ?」
「お、マジか。コンシーラーとかある? ちょっと借りたいんだけど」
「ナチュラルにわたしの化粧道具を使おうとしている……!? 誤魔化すんじゃなくて、ちゃんと良く寝ないダメだよっ、本当に身体壊しちゃうんだからね?」
「まだそんなにヤワじゃないから、大丈夫だって……多分」
「ちょっと心配になってるじゃない……」
「いやちょっと思い当たる節が幾つかあってな……」
昔みたいに全力疾走するとすぐに息が切れるし、昔ほど起きてもいられない。
あと徹夜すると、普通に翌日のコンディションに響きすぎるようになってきた。
結局朝まで仕事することなく、深夜に切り上げて寝てしまったのは、そういう側面もあった。
こうして人は少しずつ衰えていくんだなと思うと、恐ろしくて身震いがしてくるな。
「……やっぱり、毎日一緒に寝るしかないのかなあ」
「何を深々と長考した結果ですみたいな面で、アホなことを言っているんだ……?」
「こうでもしないと、早寝も出来ない蒼くんが悪いんでしょ」
反省しなさーいっ。と、言いながら俺の額にパチンとデコピンをする斑雪だった。
反射で間抜けな声を出せば、斑雪が小さく笑い──次いで、「あーっ!」という喧しい声が響き渡った。
「まっ、マネさんが斑雪さんとイチャイチャしてるー!? やっぱりお二人って、そ、そそそういう仲なんですねっ!?」
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