彼女は担当第二号


 ぶっちゃけたことを言ってしまえば、信頼が何だ、芯がないが何だの前に、まず人を傷つけるような嘘を平然と吐いてんじゃねーよ。という気持ちが全く、これっぽっちもない──とは、流石に口が裂けても言えなかった。

 というより、一先ずはデカい声でそう叫びたいくらいだった。


 大切なことである。とっても大事なことである。

 人にやられて嫌なことを、人にしちゃいけませんって教えられなかったのか?


 それも、俺より一年長く生きてる、言わば人生の先輩とも言えるような人が。

 俺のことを、恐らく家族と同じくらい深く理解していると言っても、過言ではない幼馴染が。


 仮に何かしらの理由があったにせよ、あれほど落ち着いた状況を展開できるくらいなのであれば、まずは一言くらいは謝って欲しいものである。

 危うくぽろっと命落としちゃうところだったからね? マジで。


 いや、まあ、ボコボコに言われるのが慣れているので、そういった方向性への反応が鈍かった俺にも、問題があると言われれば、まあ確かにそうかもしれないのだが。

 お恥ずかしながら、微妙に文句は言えない感じになるところではあるのだが。


 人は何事にも慣れる生物であるとは言うが、やれやれ、全く慣れとは恐ろしいものである。

 反論とか一切浮かばなかったもんな。


 こういうところは、学生の頃から変わらないなと自己分析させられてしまう。

 昔から、土壇場では頭が良く回らないタイプだった。


 もとい、何事も準備を周到にしたいタイプとも言う。

 残念ながら、俺の回りは昔っから、即興で人を振り回すようなやつらばかりであるのだ──それは、斑雪やうーちゃんを見れば、何となく分かるだろう。


 ああいう、変なのに絡まれる星の下に、どうやら俺はいるらしかった。

 とんだ忌み子である。世が世なら呪いだ何だと騒がれるような子だったに違いない。


「さて、と。現実逃避もそろそろやめておくとするか」


 煽ったマグカップをコトンと静かにデスクにおいて、んんーっと伸びをする。

 場所は未だに事務所で、時間はそろそろ深夜になろうかというところだ。


 久方振りの深夜残業である。最近は安定していたのだが、まあ、うーちゃんのこともあって、暫く仕事が手に付かなかった──というのもあるが、それだけではない。

 というか、それだけで0時近くまで仕事をしていたら、流石に俺が無能すぎる……。


 ちょっとしたアクシデントに見舞われてしまったので、その対応をしていたのだ。

 そういう訳で、斑雪には先に帰ってもらっていた……と言っても、「わたしも事務所で待ってるよ~」なんてふわふわ言うものだから、強制的に送り返したとも言うのだが。


 いつもならその辺で好きにさせておくのだが、これほどまで遅くなるのであれば、マネージャーとして看過できない。

 アイドルにせよ、女優にせよ、身体は資本だからな。


 俺の向かいでは、事務員の香耶さんがくた~っと……背もたれに全体重を預けているのを見て、こういう風に苦労するのは、俺たちの仕事だしなと苦笑する。

 まあ、懐かしいと言えば懐かしい光景でもあって、謎にハイなってるというのもあるのだが。ちょっと前までは、これが日常的光景だったから……。


 よっこいしょと立ち上がり、思わずそれを口に出してしまったことに、己の老いを薄っすらと感じてショックを受けながら、少し歩いてソファを覗き込む。

 そうすれば、寝転がった女の子が一人、不満そうな面でスマホをいじっていた。


 青髪がチャームポイントで、名前が難読漢字であることに定評がある女子高生である。

 そう、紫藤荏碆エヴァちゃんだね。


「で、お前はいつまでそこでいじけてんの」

「……いじけてません」

「超いじけてるじゃん……」


 全身でいじけてますオーラ発してるじゃん……。

 これだから女子高生ってのは、扱いに困るんだよなーとため息を吐く。


 まあ、何だ。

 一仕事増えたというか、アクシデントが起こったというのは、つまりエヴァに関わることであった──といっても、炎上をしたとか、そういう話ではない。


 流出したのだ、SNSに。中学生時代のエヴァの写真が。

 以前にも語ったような気がするが、エヴァの本質はド陰キャのコミュ障ガールである。


 だから、まあ、何と言うか……高校生デビューをした感じなのだ。こいつは。

 髪色を染めて、お化粧もするようになって、性格もちょっとずつ取り繕って。


 モデル仕事中心ではあるが、アイドルにもなったエヴァは、まあ中学までの自分を酷くコンプレックスに感じていた。

 そんな、エヴァからすれば──いわば、恥ずかしい過去の自分の写真を、当時の同級生がSNSに流しちゃったという訳である。


 とはいえ別に、大事件というほどのものでもない。

 何なら斑雪の学生時代の写真とか、まあまあネット上に流れている──まあ、アレは百年に一度の美少女!? だとか、奇跡の一枚だとかで流れる類のものなので、また違うとも言えば、そうなのだが……。


 何はともあれ、エヴァはそれで滅茶苦茶に落ち込み、家だと周りに当たり散らかしそうだからという理由で、事務所に一泊させてくれと飛び込んできたのであった。

 俺の残業の主な原因は、つまりはこいつのケアである──当然ではあるが、親御さんに連絡はした。明日が土曜日で命拾いしたな。


 うちの娘をお願いいたします……とか言われちゃったよ。

 信頼が心地良いな。


 久方振りに感じる、他人からの篤い信頼に満たされる感覚を覚えながらも、エヴァへと声をかけた。

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