正直どうかと言えば。


「──って感じだったんだけど」

「うっ、浮気だーっ!」

「浮気ではねぇよ……! いや、浮気なのか?」


 もう何か浮気と浮気が重なって最強って言うか、手がつけられない感じになっていた。

 今のこの、俺と斑雪とうーちゃんを絡めた人間関係を、言語化するとどうなるのか、是非とも俺が教えて欲しいくらいである。


 俺視点だとギリギリ誠実(誠実か?)くらいの塩梅であるのだが、斑雪視点、うーちゃん視点からすれば、それぞれ俺が浮気している状態だった。

 最悪過ぎる……。


 何で俺は付き合ってもいない女と、付き合っていた女(過去形である)に浮気認定されているんだ。

 一応、被害者のはずなんだけどなあ、俺……いや、いいや。


 あるいは、そうとも限らないのかもしれないのだが。

 うーちゃん曰く、理由は俺にある、ということなのだから。


 何でこんなに拗れたことになってるんですかね……と、事務所のソファにもたれかかる──事務所に戻ってくると、いたのは斑雪だけだった。

 香耶さんは、仕事を終えたエヴァを迎えに行ってもらっていた──本来であれば、普通に俺の仕事なので、借りを作ってしまった形になる。


 後でどんな要求をされるのか、今から恐ろしくてたまらないな。

 普段であれば気軽なものだが、今回に限っては至って私事極まりないことなので、言い訳のしようがない。


「それで? 蒼くんは実際、元カノさん……神渡さんと話して、どう思ってるの?」

「んー、まあ、色々と考えるところはあるけれど……」


 というよりは、考えるところしかないくらいなのだけれども。

 裏切られたと思っていたら裏切られていなかったし、ちゃんとまだ好かれていた。


 しかし、まあ、それはそれとして。


「正直なことを言えば、今更嘘でしたとか言われてもなって感じだな。傷つける分はもう、一から十まで傷ついた気するし」

「ものす~~ごい落ち込みようだったもんねえ、蒼くん」

「まあな、俺の人生終わったって本気で思ったくらいだったし──」


 だからこそ、その分(というと、何だか誤解を招きそうな気もするが)斑雪には助けられたと、そう思っている。

 それで今になって、やっぱり嘘でした! また付き合いましょう! と言われて、素直に「はい、分かりました!」と言えるほど、俺も考え無しではない。


 だけど、そのくらいうーちゃんだって分かっているはずなのだ。

 それは何も、幼馴染だから──なんていう曖昧な理由ではなく、純粋に互いに大人だからだ。


 何をどう伝えれば、相手が傷つくか。

 そのくらい、考えれば分かることではあるし、それを口にするか否かも同様だ。


 無論、それはその上で、敢えて言った──とも捉えられるし、事実そうなのだろうが。

 そうなってくると、原因はどう足掻いても俺……俺の思う『信頼』にあるので、また付き合うか否かはさて置くとしても、明確な答えくらいは用意しないといけないだろう。


 と、なれば。


「自分探しの旅に出る時が来た、か……」

「うわっ、急に中学生みたいなこと言い始めた!」

「まあ、気持ちはいつでも少年だからな」

「気持ちだけじゃなくって、言動まで中学生みたいになってると思うんだけど……」

「おい、あんまり強い言葉を使うなよ。今の俺の情緒は大分剥き出しだぞ」

「相変わらず、脅し方が斜め下だなあ……」


 ツンツンしても良い? と可愛らしく問うてくる斑雪だった。ダメに決まってんだろ。

 動揺している大人を刺激させても良いことはない。何ならこの場で泣き崩れるとかあるからね?


 やれやれ……と、聞いておきながら、俺の頬はニコニコと軽く突く斑雪の指を払って、小さくため息を吐く。


「……まあ、でも正直、わたしは神渡さんの気持ちは、ちょっと分かるかな」 

「流石、探偵様だな……そこを詳しく解説とかしてくれたりは?」

「えへへ、それはだーめっ」

「だよなあ……」


 そんな気はしていた。こういう時の、女の子の謎の結束は破れるものでは無い。


 ──あーくんの信頼には、芯がないんだよ。


 うーちゃんは、そんなことを言っていたか。

 それはきっと、本質を突いた一言だった──俺の定義する、信頼とは。


 それを定義しない限り……正確に言えば、その上で、何が悪かったのかが、分からない限り。

 きっと俺たちの、歪で曖昧な関係というのは続いてしまうのだろう。


「あ、でもね。蒼くん。ちょっとだけなら、良いこと教えてあげる」

「良いのか? いや、俺は助かるけれど……」


 言いながら、隣に座っている斑雪の方を見る──きっと、それが悪かった。

 気付けば斑雪は、すぐ傍にいた。


「そういうところだよ、蒼くん」


 心地の良い感触が唇を伝う。

 ほのかに感じる体温、斑雪の甘い匂い。


 ようやく驚愕から解放された俺が離れると、斑雪が優しく微笑んだ。


「上書きキス、どうだった?」

「どうもこうもない……人の唇を奪い合うんじゃないよ」


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