元カノさんじゃない元カノさん


「やっと来たね、あーくん。作戦会議は終わった、かな?」

「別に、作戦会議なんてやってない……ことも、ないけど」

「ふふ、相変わらず素直で可愛い、ね。あーくん」


 神渡みわたりうらら……うーちゃんに指定された喫茶店というのは、事務所からそれなりに離れたところにある、小さな喫茶店だった。

 大通りから離れ、裏通りの細い道を幾つか曲がって抜けた先にあるので、観光客目当てではないのだろう。


 小洒落た内装をしているが、それぞれ席がカーテンで区切られていて、半個室のようになっている。

 知る人ぞ知る、隠れ家的──というか、俺からすれば、本当に隠れ家じゃんって感じである。


 芸能人くらいしか使わなさそうだ。


 良くもまあ、こんなところを知っているものである……まあ、それも噂の、抱かれたとかいう男に教えられたのかもしれないのだが。

 ……いや、これ良くない想像すぎるな……。


 普通にガチで落ち込んできたが、気合で顔には出さないことにした。

 それに少しでも意味があるのかと言えば、そうでもないのだろうが、まあ、意味があると思いたいところである。


「安心して良いよ。確かに私も、教えてもらった場所ではあるけれど、相手はただのお友達だから、ね。それもちゃーんと、同性の子だよ」

「いや別に、異性だろうが誰だろうが、どうでも良いんだけどな……関係ないし」

「心にもないことを言うべきじゃないと、私は思うけど、ね。あーくんはどうやったって、私に隠し事はできないんだから、さ」


 どうにも俺の顔は、俺の意思に反しまくって、心の内を存分に詳らかに表しているらしい。

 斑雪と言い、うーちゃんと言い、付き合いの長い相手というのは厄介なものである。


 何ならこいつら、顔色以外からも色々読み取ってそうだもんな。

 目出し帽とかつけてても、余裕でこっちの心理状態を当ててきそうなもんである。


「だけど、そうも警戒されるのは心外、かな。何も私は、あーくんを虐めに来た訳ではないんだから、ね」

「うーちゃんにしては、珍しく下手な嘘を吐くんだな。それとも、俺なら察せないって思ったか? もしそうなら、幾ら何でも俺を嘗めすぎだ」

「んー、ふふ。トゲトゲしてるね。あーくん、何か嫌なことでもあった、かな?」

「元凶が素知らぬ顔で言っていいセリフじゃなくない? この状況がもう、嫌なことそのものなんですけど……」


 誰が嬉しくて、堂々と浮気していた女とこうして、喫茶店で向かい合わなければならないのか。面接の時より緊張してるからね?

 お陰で胃が痛いというレベルではない──事務所を出る前に、斑雪と香耶さんに妙なことを吹き込まれたのだから、それもなおさらだ。


 しなくても良い、妙な期待を抱いてしまうし、それ以上の不安がのしかかっている。

 俺は普通に繊細な男だった。胃に穴が空きそうな事態には、基本的に関わりたくないんだけどな。


「寂しいことを言うね……まあ、私としては反抗期のあーくんを思い出して、それも良いけど、ね」

「……もう随分昔のこと、良く覚えてるな」

「んふふ、それはもう、腕に包帯巻いて楽しそうにしていたあーくんも覚えている、よ」

「ッスー……オーケー、わかった。この話は今すぐやめよっか。奢るから、この場は全部奢らせていただきますので!」

「手の甲に頑張ってお絵描きしていたり、落書きいっぱいのノートを作ってたあーくんも、ね」

「んおおおおお!」


 小洒落た喫茶店に似合わず(どこでも似合うことはないだろうが)、頭を抱えて軽く奇声を上げる成人男性がいた。というか俺だった。

 いや、ね。ご存知の通り、うーちゃんは俺のかなりの幼馴染なので、過去を掘り返されたら俺はもう、ひれ伏すしか無いのであった。


 ただでさえ、恥の多い学生生活を送ってきた俺である。

 その全てを把握されているのだから、どう足掻いても勝ち目がないんだよね。


 小蟻が火炎放射器に挑むようなもんである。

 戦力差が過剰すぎるだろ。群れで挑んでも勝てねーよ。


「はぁっはぁっ……今すぐ死にたい……」

「さて、これだけ弱ってもらったら、そろそろ良いかも、ね」


 本題に移るとしようかな。と、うーちゃんが言葉を続ける。やり口が完全に狩りのそれだなと思った。

 もしかしてリアルモンスターハンターとかしてたのか?


「何、そう警戒しなくても大丈夫、だよ。そう難しいことを言うわけじゃない、至って端的なことだから──ね、あーくん。私達の愛の巣に帰っておいで、ね?」

「いや無理、吐く」

「!!?」

「驚愕デカ……」


 何を以てそんなに驚けたのか、根掘り葉掘り聞きたいまであった。

 これ以上ないくらい明確な浮気をかまされて、スッと姿を消した男が、そんなシレッと戻れるわけ無いだろ……。


 俺のヘタレ具合を嘗め過ぎだ。ついでに言えば、俺の情緒を考慮していなさすぎるだろ。

 何度も言っているだろうが、俺に接する時は、これ以上ないくらい優しくしてほしい──俺は繊細なのだから。


「うーん、それじゃあもっと端的に、分かりやすく言ってあげるとしよう、かな──ね、あーくん」

「あー、いや、良い。言わなくていい、嫌な予感しかしない」

「あーくんは勝手に別れたと思っているようだけれども、私はまだ、付き合っていると思っているってこと、だよ」

「──よりを戻そうとか、そういうことですら無いのかよ……」


 別れたつもりすらないと来たか──流石に苦笑いが零れ出て、ついでにため息が出た。

 となれば、まあ、俺が言うべき言葉はきっと、一つだけだろう。


「じゃあ、わかった。。うーちゃん」


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