元カノさんとの関係性


 さて、ここまで来てしまったのだから、一先ずは神渡みわたりうららという、一人の女性について、多少なりとも語らなければならない頃合いが来たのだと、そう思う。

 未だに傷口はバックリと開いていて、全くカサブタにすらなってくれていない部分を、素手でほじくり返すような行いで、出来ればやりたくないことではあるのだが、しかしまあ、本当にこんな事になってしまったとあれば、やはり、どういった女性であるのかくらいは、伝える義務がきっと、俺にはあるのだろう。


 神渡うららはご存知の通り、俺の元カノである──のだが、そうでなくなった今、俺達がどういう関係性であるのかと言えば、それは恐らく『幼馴染』と呼称されるのだろう。

 そう、幼馴染──俺が小学校に上がってから、ずっと隣の家に住んでいた、ひとつ上の女性が、神渡うららである。


「いや、うん、ちょっと待ってね? 蒼くん。その話、わたし一切知らないんだけど……」

「そりゃ話してないんだから知ってる訳無いだろ……逆に知ってたら超こえーよ」

「むぅ……彼女に隠し事はいけないんだよ?」

「シレッと俺の彼女に内定するのはやめない? 普通にビックリしちゃうから。もしかして俺達、付き合ってるのか? って考えちゃうから」

「同棲までしているのに付き合っていない方が問題だと、私は思いますけどね~?」

「あんまり正論を吐くのはやめましょうね、俺が超可哀そうでしょう?」


 何なら本当にその通りだとは思うので、出来れば見逃してほしい気持ちでいっぱいである。

 マジで構図としては、カス男のそれなんだよ……。


 辛うじてヒモではないだけ、最悪ではなさそうといったくらいのスレスレ具合である。

 なにせ、一歩踏み外せば、絵に書いたようなカス一直線なのだから。


 もっと言えば斑雪の方は、全力で俺を甘やかすスタンスですらあるので、下手をすれば、本当に転がり落ちそうで不安な今日この頃である。

 自制しているだけで、俺は基本的に楽な道を歩みたがるタイプの人間だった。


「でも、そうなってくると、本当にマネージャーさんの目は、節穴だったんですね~」

「人が本当に気にしてることをサラッと言うのはやめましょうね、傷つく、傷ついちゃうから」

「んー……」

「斑雪は斑雪で黙って唸って見つめてくるのやめない? 怖いだろうが……」


 どうしても全体的に情けない返答ばかりになってしまうのだが、しかし、ここは女性陣が強すぎるだけということで収めていただきたいところである。

 なにせ、片や人を家に連れ込み押し倒す女で、片や人の首ひっつかんでマウントとってくる女である。


 字面だけだとあまりにも強すぎである。

 勝てるわけ無いだろ、普通に……。


 ブルリと肩を震わせれば、二人に続きを促された。


「だから、小中高と、ついでに大学までずっと同じだった……って言い方は逃げですね。正確に言うのなら──」


 ──ずっと好きだったから、追いかけていた。

 まあ、どこでも聞くような、実にありきたりな話だ。


 年上の幼馴染なんて、好きにならないほうが無理ってものだからな。

 ただ、告白する勇気だけはなくって結局ズルズルと、ひたすら大学まで追いかける羽目になり、そうしてやっと、付き合うことができたという訳である。


 それなりに紆余曲折あった手前、仮にこれが小説やアニメであれば、この辺がエンディングであり、この先の二人の幸せは約束される──なんて終わり方をしそうなものではあるのだが、残念ながら現実はそうはいかなかった。

 彼女は俺のいない間に他の男に抱かれ、それをわざわざ俺に伝えた。


 それはつまるところ、これ以上ないくらい明確な裏切りであり、簡潔な破局である。

 十年以上温めた上に、やっとの思いで成就した恋は、とんでもなくあっさりとした結末を迎えたわけだ。


 う~ん、あまりにも現実が厳しすぎる。

 風当たりが強いとかいうレベルじゃないぞ。


 初恋は叶わないと良く言うものだが、こんな形ありかよ。


 こればっかりは、流石に泣いてヤケ酒しても許されるだろう……許されるよね?

 ギリギリ情状酌量の余地くらいはあると思いまーす!


「蒼くんって昔から、ちゃんと一途な人だったんだねぇ」

「いや、正直なことを言えば、結構目移りしたけどな。最終的に戻ってきただけだ。学生時代の俺のチョロさを嘗めるなよ、毎朝挨拶されてただけで、好きになるとか日常茶飯事だったからな」

「それはチョロすぎると言うか、女の子への耐性がなさすぎるだけだと思うんだけど……」

「まあ、あいつが……うーちゃんが、ずっと彼氏を作らなかったってのも、要因としてはデカイと思うけど」

「ふぅん……?」


 となると、おかしな話だね、それは。と不意に斑雪はそんなことを言う。

 はて、何がおかしな話なのだろうか──いや、いいや。そりゃもちろん、ここまで来て盛大に裏切られるだなんて、俺からすればおかしな話極まりないのは、全くもってその通りではあるのだが……。


 それはそれとして、これもまた、ありがちな話といえば、ありがちな話なのではなかろうか。

 誰かを好きでいつづけるということは、やっぱり難しいことだから。


「あ、ううん、そうじゃなくって。えぇっと……おかしいのは蒼くんじゃなくって、神渡さんというか……」


 あやすような笑みを浮かべた斑雪が「んー」と頬に指を当てる。

 相変わらず、一々所作が魅力的なやつだなと思った。流石は現役アイドル様だ。


「神渡さん、美人さんだったから。多分っていうか、絶対モテたと思うんだよね。それでも恋人を作らなかったのは、それはきっと神渡さんも、ずっと蒼くんのことが、好きだったからなんじゃないのかなって」

「……? いや、まあ、そうだったなら、俺としては嬉しい限りと言うか、光栄の至りですって感じだが……」


 むしろ、告白するのを長らくお待たせしてしまい、心の底から申し訳ないですと思わなくもないのだが……まあ、だとしたら、こんな裏切りの仕方はあんまりなんじゃないかと、強く思うところでもあった。

 別れるにしても、普通ないだろ。他の男と一晩寝てきたよ! なんて、元気よく伝えてくること。


 相当の恨みがあったと考えざるを得ない──そんなに怒らせるようなこと、した覚えないんだけどなあ。


「つっても、それも別に、態々おかしいって言うほどじゃないだろ……ないよね? ないって信じたいんだが……」

「うん、わたしも別に、そこはおかしくないと思うよ。蒼くん、顔だけは結構整ってるし。身長もそこそこ高いし、気遣いもそれなりだもんね」

「褒め言葉が中途半端すぎるな……」


 あまり褒められてる気分にはならない感じの語彙のチョイスだった。

 とはいえ、あまりストレートに褒められても、変に照れるだけなので、特段文句はない。


「ただ、それだけ長い時間をかけて成就した関係なのに、こんな酷い終わり方をするのは、おかしくないかなあって。仮に、蒼くんが自分で言ってた通り、恨みがあった結果だとしたら、今日、こうして会いに来たのもおかしな話だよねぇ」


 行動がチグハグに見えるかな──と、斑雪は真面目な顔でそう言った。

 チグハグ。やっていることが、いまいち噛み合っていない。


 果たして──果たしてそうだろうか?

 俺には普通にこの後ボコボコにされる未来しか見えないんだけどな。


 死ぬほど悪口言われるだけの時間が錬成されそうなものである──と、目を死なせていれば、隣で小さく何度か頷いていた香耶さんが、「つまり~」と口を開いた。 


「神渡さんはまだ、マネージャーさんのことが好きなんじゃないか~って話をしてるんですよ~」

「はぁ? いや、それは……」


 無い。とは思う。というよりは、そう思いたい……と言った方が正しいか。

 正直なことを言えば、有ったら良いなと思う気持ちが、なくもないのだが──ご存知の通り、俺はまだガッツリ引きずっているのだから。


「まあ、もしかしたらのお話だけどね──」


 でも、と。

 斑雪が言葉を区切る──区切ると同時に、静かに立ち上がっていた。


 というよりは、既に斑雪は踏み出していて、気付けばしなだれかかるように抱きすくめられていた。


「でも、ダメだよ。蒼くん。わたしから離れるのは、ぜ~ったいにダメ」

「わざわざ探偵さんごっこしたのは、この釘刺しのためかよ……」

「えへへ、大正解。ズルい女の子でごめんね?」

「……ま、ズルい女の子ほど可愛いって言うしな」


 と、言いながらも、やはり斑雪から離れるつもりも度胸もないとは、言葉にすることはできなかった。


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