不信と信頼
まあ、そのようなやり取りをしておいて何をとは思うかもしれないし、今更過ぎるようにも思えるのだけれども、今回の件によって、俺が人間不信の類になってしまったのかと言えば、答えはノーとなる。
もちろん、ダメージは全然抜けていないし、今でも思い出しては普通に落ち込むが、だからと言って、誰も彼も信頼・信用できない人間になってしまった──なんてことは、特にない。
所詮、人なんてのは嘘を吐くものだし、騙すものだ。
それは子供であってもそうなのだから、大人になったら尚更で、より多くの人間と出会う機会の多い俺からすれば、それは最早大前提である。
誰しもが信頼に当たる人間ということはない。
誰も彼も信用していては、すぐに痛い目を見ることになる。
──だからこそ、そんな世の中だからこそ、信用するという行為には価値があるのだと、俺は思うのだ。
言ってしまえば気持ちの問題で、単なる感情の問題でしかないけれど、それでも、誰も信用しないというのは、あまりにも寂しすぎるから。
しかしまあ、それは確かに期待でもあるのだろう──と、エヴァとの会話を思い出す。
信頼と期待は付属するものだ。切っても切り離せない感情とも言える。
例えば俺が、元カノに対して、一途に想ってくれている人だと信頼し、それ故に俺だけを見てくれていると、期待していたように。
そこは──少なくとも──俺の中ではイコールで繋がっているものだった。
「でも、それじゃあ蒼くん的には……そう、例えばヤンデレちゃんとか、そういうカテゴリの子ってどうなの?」
「どうって言われてもな……」
対面から飛んできた、些か抽象的な質問に、思わず箸を止める。
時刻は午前八時前。
何だか早くも当たり前になりつつある、二人揃っての朝食時に、斑雪は質問を連ねた。
「まあ、わたしもあまり詳しくはないんだけれども、そういうカテゴリの子って言うのは、それこそ君みたいに信頼に重きを置いてるじゃない? だから、蒼くんの好みはそういう子なのかなって」
「うーん、それはどうだろうな。いや、そりゃ重く好かれるってのは、ある意味、夢みたいなことだとは思うけれど──」
それも、好いている人に病むほど愛されているというのは、それはそれは羨ましいことだとも思うけれど。
俺は別に、そういった感情を向けられることを期待している訳じゃないからなあ。
ただ、まあ。
「好みかどうかって言われたら、好みではないだろうな」
「へぇ、理由をお聞きしても?」
「何でちょっと敬語……俺、拘束したりされたりっての、かなり苦手なんだよ」
それが身体的なものであっても、精神的なものであっても、他人を強く縛り付けるような行為が、あまり得意ではない。
いや、まあ、ヤンデレと言っても細かく定義が分かれるだろうから、一概にそういうものだとは言い切れないけれど。
少なくとも、他人との接触に過剰に過敏になるほどに、重く愛する人のことをヤンデレというのなら、やはり好みではない……という結論になる。
だいたい、それは信頼ではなく、不信が先にあるだろう。
信じられないが故に、人は人を疑ってしまう。
信じていないが故に、人は人を縛りつける。
それを俺は、とてもではないが悪いとは言えないけれど、それでも悲しいものだとは思う。
一方的な感情は、いつだって最後には人を傷つけるだろうから。
「ふぅん……それじゃあヤンデレちゃんの方向性はダメだね」
「どうやら俺の知らないところで、恐ろしい計画が立てられていたようだな……」
「因みにメンヘラちゃんってどう思う?」
「もしかしてお前、無数にこのパターンを試すつもりなのか!?」
ていうか、人を自分の家に連れ込んだ挙句、押し倒すまでしたようなパワープレイ女が、何を今更キャラ変しようとか考えてるんだよ……!
面の皮が厚すぎだった。少しは反省して欲しい。
ブルリと身体を震わせる俺に、斑雪はニコリと笑う。
「あはは、冗談冗談。ただ、ちょっとでも参考に出来れば、それはお得だなって思っただけだよ──第一、きみはデレデレタイプが一番好きだもんねぇ」
「今日一頭の悪そうなカテゴリが出てきたな……」
「無条件愛され系って言った方が良かった?」
「お前それほとんどチクチク言葉だからな……」
外で言ったら滅茶苦茶敵を作りそうな発言だった。
何だろう、そういう人に恨みでもある感じなのかしら……。
それに、そもそも。
「そもそも、わたしの場合は無条件じゃないから、これも微妙に当てはまらないんだけどね」
「誰だって、当てはまる方が少ないだろ……」
この話は終わりだと、そう言うようにパクリと卵焼きを口を含む。
ついでに時計を見やれば、そろそろ片さないと間に合いそうになかった──何にと問われれば、そりゃもちろん、仕事にである。
──ああ、それと。
どうでも良いことではあるのだが、俺の一番の好みはツンデレちゃんである。
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