非日常→→→日常②
と言っても、モノ扱いをされていると言われれば、何とも否定できないのが苦しいところだな。とつい数時間前の会話を思い出すことになったのは、草木も眠る丑三つ時のことである。
そういえば、丑三つ時と言えば深夜三時のことだと思われがちであるが、あれって実は、二時から二時半のことを指すらしい。
そうなると、正確に言えば丑三つ時をちょうど終えた頃、と言うべきだろうか。
ともかく、普段であれば爆睡をかましているか、死にそうな顔で仕事を片しているような時間に目を覚ましてしまったのは、色々な要因はあれども、一番の理由は俺の全身が拘束されているから、としか言えないだろう。
なんて、物騒な言い方をしてしまったが、別に手足を縛られていたり、牢屋に入れられている訳ではない。
であれば、どのような拘束を受けているのかと言えば……そうだな。
真正面から密着され、両腕を身体に回されている形である──まあ、なんだ。
要するに、いつの間にやら俺は、斑雪のベッドの上で、斑雪に抱きしめられていた。
穏やかな寝息が聞こえてくるので、寝てはいるのだろう。抱き枕扱いされているという訳だ。
正直、目を覚ました瞬間は動揺したが、少し時間を置いた今では、一周回ってむしろ超冷静である。
何なら、ベッドで寝た覚えはないのに何故俺はここに……? と真剣に推理を始めているまであった。
まあ、大方ソファで不覚にも寝落ちした俺を、斑雪が引きずってきたのだろうが。
入社してすぐに、理想的なブラック企業の忠犬ムーブをかまし、鬼のように働いた過去を持つ俺は、仕事中の睡魔には耐えられるものの、それ以外の時間だと滅法弱いという、謎の体質を獲得してしまっていた。
しかも、こういう時に限って眠りが深いんだよな……。
これまでは眠りが常に浅いのが特徴的な人間だったので、人って変わるもんだなと思う。
とはいえ、変わるというか、ほとんど調教みたいなもんだったとは思うけれど……。
とにかく、現状を打破しなければならない。と、身じろぎをしてみるが、こりゃ無駄だなと速攻で悟った。
ていうか、浅はかだったと瞬間的に悟った──何せ、目の前の斑雪がパチリと目を覚ましたのだから。
「…………?」
寝起き特有の、ぼんやりとした顔でじっと見つめられる。
斑雪は普段コンタクトなので、益々よく見えないのだろう。
一秒、二秒、三秒……とゆっくり時間をかけて、ついに「あっ」と斑雪が声を上げた。
「えへへ、寝ちゃってたかあ。おはよ、蒼くん」
「ああ、おはよう。目が覚めたなら、早急に俺を開放してくれないか? このままだと、気が気じゃないから」
「だーめっ。今度からはこうやって寝るんだから、嫌でも慣れてもらわないと……うん? 違うね。慣れてもらっちゃ困るのかな?」
「何そのずっとわたしにドキドキして欲しいんだよアピールは……」
並の人間がやったらグーパンしてしまいそうなアピールだった。世の中には面が良くないと許されないことが多すぎる。
おぉ……何故世界はこのように、理不尽に作られているのか……。
だいたい、言うまでもなく、現在進行形で心臓は激しく跳ねているのだから、それで勘弁して欲しいところである。
色んな意味で緊張するんだよ、この態勢……。
「全く……良いのか? このままだと俺は、そろそろキャパオーバーで気絶するぞ。俺のストレス耐性の低さを嘗めるなよ」
「うちみたいなブラック企業に勤めておいて、常にストレスチェック問題なしの人が何言ってるのかなあ……」
「いや、本当にね……何で俺ってこんなに頑丈なのかしら……」
「見た目に反して、やたらとタフだよねぇ、蒼くんは」
「余計な一言過ぎない?」
「まあでも、だからこそ今回は珍しいというか、蒼くんの唯一の弱点だったって感じだよね」
こんなに消耗してるきみ、滅多に見ることないし。と柔和に微笑んだまま斑雪が言う。
実際のところ、そうでもないようは気はするのだが、ここ数年、最も傍で仕事してきた斑雪が言うのなら、少なくとも他人の目にはそう映っているのだろう。
悪い気はしないなと思う。
強かに見えているのならば、それ以上求めるものもない。
いや、まあ、だからこそ余計に弱って見えるのかもしれないが……。
事実として、かつてないくらいには落ち込んでる訳だしな。
「寝てる間に、ひっそり泣いちゃうくらいだもんねぇ」
「いやちょっと待って、それは聞いてない。え!? 俺、そのレベルでダメージ食らってんの!?」
「自覚無かったんだ……蒼くん、最近結構涙脆いって言うか、良く泣いてるよ」
「ッスー……」
衝撃の事実に天井を見上げたかったのだが、体勢的に不可能だったので、仕方なく目を瞑って静かに息を吸い込んだ。
いや……俺……幾ら何でも女々しすぎるだろ……。
ドシンプルに引きずりすぎである。
それを悪いとは思わないが、我ながらちょっとキモいなとは思った。
「そして、わたしはそんな君を慰めるために、こうして目一杯抱きしめてたんだよっ」
「抱きしめる必要はねぇだろ……」
「あるある、大有りだよ──信頼や信用って、目には見えないけれど、目に見える形から生まれて、積み重なるものだと、わたしは思うから。だからほら、こうしてくっつけば、少しくらいはわたしの気持ちも伝わるじゃない?」
既にかなり密着していた斑雪が、より身を寄せてくる。
足が絡まって、回されていた腕は微かに力を増した。
「怖くない、怖くないよ。わたしはきみを、絶対に裏切らないからね」
「それ、は。分かってるよ、言われなくても……ありがとう」
「ん、どういたしまして」
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