プチ反省会
「エヴァ……お前って本当にダンス下手くそな」
「うわぁ、急に悪口!? マネさん、そういう人でしたっけ!?」
「いや、まさかこうも上達してないとは思ってなくて、ついな……」
再び車内──と言っても、レッスンからの帰りではあるが。
斑雪を香耶さんに任せ良かった分、久々にレッスンに付き合って見ていた俺は、思わず素直な感想を零していた。
自販機で買ったばかりの缶コーヒーを片手に、小さくため息を吐く。
「こ、これでもトレーナーさんには、成長してるって言われてるんですけど……」
「まあ、初めの頃に比べたら、そりゃそうだろうよ」
スカウトしたての頃は、ステップの一つも踏めなかったもんなと笑えば、肩にパンチが降ってくる。
事故るからやめろと言えば、ぷっくりと頬を膨らませるエヴァだった。
斑雪れんかと比べ、紫藤エヴァはデビューしたばかりの駆け出しであり、その知名度はそこまで高くない。
何ならスカウトされて、うちの事務所に入ってからまだ半年も経っていないまである。
なので、キャリアもほとんど積んでいないし、実力も相応である──斑雪を香耶さんに任せて、わざわざエヴァに付き添ったのは、そういう意図もあった。
上手くいかない、理想通りにならない──そういった、厳しい事実はほとんどの人において、ストレスに他ならない。
それも、斑雪というお手本が隣にある状況であれば、猶更だ。
だからこそ、メンタルをケアしてやる必要がある。
いや、まあ、俺にそれほどの能力があるのかと問われれば、微妙なところではあるのだが……。
一応マネージャーだからな。最低限と言うか、最大限の努力はするべきだろう。
この後のスケジュールは特にないことを思い出しながら、少しだけ遠回りの道を選んで走る。
「でも、歌の方は随分と上手くなったな。良く声が出るようになってたし、音程もほとんど完璧に取れてた」
「何ですか、飴と鞭作戦ですか? 言っときますけど、うちはそうチョロくないですからね」
「既に嬉しくてニコニコしてるやつに言われてもな……」
「…………てやっ!」
言語能力を失ったらしい、エヴァが俺の頬に指を突き立てていた。
チョキの時と言い、どうにもこいつは俺の頬を突き破りたい願望があるらしい。
いつものことながら、本当にちょっとだけ痛かった。
「化粧もかなりお手の物になってきたんじゃないか? 撮影現場に行っても、落ち着いてられるようになったし」
「……まあ、斑雪さんに色々、教えてもらってますから」
「ははっ、斑雪さまさまだな」
言いつつ、横目でエヴァを見る──今となっては見慣れたものだが、やはり綺麗な金色の髪が目を引いた。
無論、地毛ではない。美容室で綺麗に染めてもらったロングである。
元より目が大きくて色白であるエヴァは、それこそ元からそうであったかのように似合っている。
エヴァは可愛いというよりは綺麗めであり、大人びているように見える少女だった。
言うまでもなく、中身はクソガキそのものではあるが……。
口を開かなければ、完璧な美少女だ。いや、口を開いても可愛くはあるのだが。
「あ、あんまりじっと見ないでくれます? 横目でも分かりますから、視線とか」
「おっと、これは失敬。悪いな、つい見惚れてた」
「……意外と、そういうことをサラッと言える人ですよね、マネさんって」
「サラッとも何も、シンプルに思ってることだからな」
「うわっ、女誑しっぽい台詞だ!」
やっぱり全然可愛くないかもしれない。むしろ失礼過ぎてビンタしても良いか? って感じのエヴァだった。
大体、俺が本当に女誑しだったら彼女に裏切られてないからね?
その辺、ちゃんと慮って欲しい……とか思うのは、十七歳の子供に求めるのは、些かハードルが高いか。
沈みつつある夕陽を遠目に、緩やかにアクセルを踏む。
「まあ、何だ。マネージャーだって言うのに、あんまりちゃんと見てやれてないからさ。偶にはこうして時間を取って、紫藤エヴァ最高褒め褒め祭でも開催した方が良いかと思ってな」
「なんて???」
「だから、紫藤エヴァ最高褒め褒め祭だよ」
何だこいつ気持ち悪ぃな、頭湧いてるのか? みたいな顔をするエヴァだった。
現役女子高生の、そういう目線は思いの外心にデカい傷を負わせるものだったが、別にふざけてるつもりあまりないので、真摯に受け止めるほかあるまい。
「……斑雪を担当し始めた頃から、定期的にやってるんだよ。こういう所が良かったとか、こういう所は成長したねとか。そういう……何だ? 前向きな反省会みたいなやつ。で、同時に反省点も洗い出すんだ」
「なるほど……名称がキショすぎて引きましたけど、概要だけ聞けば、意外と良さげですね」
「そんなにキショかったかなあ……」
三日三晩かけて考えたんだけどなあ……。
センスというのは人前に出て初めて分かるものだなと思いました、まる。
「ま、そんな訳で、プチ反省会でもしようかと思ってな。どうだ? 今ならパフェもついてくるけど」
「奢りですか? やったー!」
「まず気にするところはそこなのかよ……」
もちろんそのつもりではあったが、何だか微妙な気分になる俺だった。
いや、まあ、喜んでくれるなら、別に良いんだけどさ……。
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