信頼の形


「あっ、でもうち、好きな人いますよ?」

「は? おい待て、詳しく聞かせろ」


 ダンスレッスンに向かっている最中に、不意にエヴァがそんなことを言うものだから、思わず車体がふらつく。

 運転してる人間を動揺させるんじゃないよ。全く……。


「まずは斑雪さんでしょー? 香耶さんも好きだもん。あっ、もちろん、マネさんもLoveですけどね?」

「あ、そう。そういうのね、はい……いやすまん、やっぱり一発ビンタしても良いか?」

「きゃー! 暴力はんた~い!」


 怒りを抑えられず、ビンタを提案したら楽し気に騒ぐエヴァだった。

 その姿を見ていると、自然と毒気を抜かれるのだから、アイドルというのは凄いなと思う。


「残念ながら、恋人になりたいって感じの人はいませんよ、今のところは」

「別にエヴァに関しちゃ、そこは全然心配してないけどな」

「それはどういう意味合いの言葉なのかによって、グーが出るかパーが出るか決まりますけど、平気ですか?」

「どっちにしろ手が出るんだ……いや、お前学校で友達とかいないじゃん」

「…………ふんっ!」

「チョキじゃねぇか」


 俺の頬に二本の指が突き刺さる。

 結構マジで痛いのだが、むしろここまで勢いがあると、エヴァの指が心配になるレベルだった。


「あのな、図星だからって暴力に頼るのは感心しないぞ?」

「マネさんがセンシティブなところに土足で踏み込んでくるのが悪いんですけど!?」

「調子乗ってるお前が百パー悪いだろ……安心しろよ、どうせ友達なんて、長続きするやつの方が珍しいから」

「い、嫌な方向の慰めすぎる……」


 ドン引きですって顔で、頬をひくつかせるエヴァ。いや、そうなんだよな。

 こいつ、学校だとマジで友達がいない──というか、仕事以外で身内以外と絡んでいるところを見たことが無い。


 まあ、なんだ。

 こう見えてエヴァって、普通にコミュ障なんだよな……。


 天啓的な、内弁慶タイプである。

 なので、あまり色恋沙汰を心配していないという訳だった。


 コミュニケーション能力が低いということは、イコールでコミュニケーションを取る機会が少なくなるってことだしな。

 仕事だとあんなに喋れて笑えて気が利くのに、プライベートになると一瞬で反転するタイプの子だった。


 オンオフの切り替えが下手すぎる……。


「何だか失礼なことを考えられた気がするんですけど?」

「安心しろ、超気のせいだ」

「嘘言ってる時の顔してますね、後でビンタします」

「判断が早すぎるな……」


 思想の自由くらいは許して欲しかった。いや、もちろん、失礼なことを考えていた俺が悪いといえば、それまでなのだが……。


「いーんですよ、うちには斑雪さんと香耶さんがいるし。あとついでにマネさんも」

「俺はついでなのか……」


 喜べば良いのか、嘆けば良いのか、微妙に分からなかった。


「ま、一人でも信頼できる人間がいるなら、それで良いとは俺も思うけどな」

「うわー……裏切られたばかりの人が言うと、重みが凄いですね、その台詞……」

「喧しすぎるな……」


 本当にその通りなので、ぐうの音も出せなかった。

 絶賛傷心中なのをあまり思い出させないで欲しい。


「でも、信頼できる人って、つまりはどういうことなんでしょうね」

「? 言葉の通りの意味じゃないのか?」

「そりゃ、字面だとそうですけどぉ……ピッタリそのまま当てはめられることの方が、難しいじゃないですか?」


 疑問符を浮かべていれば、「うーん」と言葉を選んでいる様子で、ゆっくりとエヴァが口を開く。


「うちは信頼って、つまりは期待だと思うんですよね。自分が相手に、そうあって欲しいっていう期待。清楚な人であってほしい、真摯な人であってほしい。そういう、願いって言っても、良いかもしれないですけれど」

「ふぅん……続けて?」

「期待が大きければ大きいほど、信頼していればいるほど、それは相手にとって重荷になるじゃないですか? それに、重すぎると少しの差異で、大きく裏切られた気分になっちゃんじゃないかなって、うちは思うなって」


 だから、マネさんの言う信頼ってのは、どういうものなんですかね? と静かに問い直すエヴァ。

 それに、俺は──


「なるほどな。あとで140字以内にまとめて回答で良いか?」

「Twitter感覚!?」


 RTします! と叫ぶエヴァだった。それだけはマジでやめろ。


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