アイドル様との恋愛事情


 事務作業も区切りの良いところまで終わり、斑雪の方も各種SNSの更新が終わったところで、ようやく帰りの支度に入る。


 ポケットの中で車のキーのボタンを押せば、ピピっとという電子音に続くように、駐車場に停めてあった車にエンジンがかかった。

 近頃は夏も終わって、ようやく肌寒くなってきたから、もう少し待たないと車内は暖まらないだろう。


 それまでの間──と言っても、五分から十分程度のものだが──ニュースにでも目を通すかと、SNSを開いた。

 本当ならニュースアプリか、それこそ事務所にはデカいテレビがあるのだから、ニュースを見れば良いのだが、何となく手軽な方を選んでしまった。もとい、ただSNSが好きなだけとも言う。


 ぼんやりとタイムラインを眺めた後にトレンドを見れば、


「Vtuberと女性アイドルの熱愛報道、ねぇ……」


 バチバチに寒気が呼び起こされるタイプの炎上が起きていた。

 斑雪は女性アイドルだし、俺はしがないマネージャーでしかないが、全くの無関係とは流石に言えない。


 というか、最近のVtuberなんて新しい形のアイドルと言っても過言ではないし、女性アイドルなんて言うまでもないだろう。

 ただまあ、恋愛なんてものは本人同士の問題なのだから、そっとしてあげれば良いのに、と思わなくもないのも、また事実だ。


 現在進行形で斑雪というアイドルと(不本意ながら)同棲し始めた自分自身を肯定するようで、正直あまり言語化はしたくないのだが、外野がわざわざ暴くようなことではないと思う。

 無論、本人たちからボロが出たのならば、それはもう仕方がないと言わざるを得ないだろうが。


 アイドルは、夢を見せる職業だ。

 であるのならば、現実を突きつけるような行為は許されないし、隠し通すのが筋だろう。


 人はいつだって、甘く優しい夢を求めるものなのだから。

 自ら傷つきたいという人は、そう多くはない。


「ま、そうでなくともアイドルとの恋愛とか、地雷も良いとこだと思うけどな」


 背もたれに背を深く預けながら、小さくそう呟く。

 何でもそうだとは思うが、有名になればなるほど、人は忙しくなるものだ。


 そしてその忙しさを、どうモノにするかによって、芸能人というのはその先が決まってくるし、ここで問題を起こさないというのも必須な訳である。

 女性アイドルともなれば、その繊細さはひとしおだ。


 本当にちょっとしたことで燃える上、一度炎上してしまえば、場合によってはもう取り返せない。

 斑雪はもう、大分軌道に乗ってはいるが、だからこそ油断は禁物と言えた。


 だから、付き合うとなれば、相応以上の制限が必要となる。

 外出だって人目を気にしなければならないし、どちらかの家に行くにしたって、細心の注意を払う必要が出てくるだろう。


 変装スキルの習得は必須だし、何より隠し通す強い意思と義務感が要求される。

 どう考えたって面倒だし、しんどいし、怠いだろ。


「でも、だからこそ燃え上がるものってあるじゃない?」


 不意に、ぬっと後ろから伸びてきた両腕が、そのまま俺の首に巻き付いた。

 もちろん、そんなことをしたのは他の誰でもない、斑雪である。


「……例えば? あ、いや、いい。答えなくていい」

「それはほら、わたしと蒼くんの恋愛とか」

「答えなくて良いって言ったよね?」


 ナチュラルにスルーして、予想通りの答えを吐き出す斑雪だった。

 もうちょっとくらい、俺に遠慮してほしいところである。


「ていうかな、一方が勝手に燃え上がってるだけなんだよ、それは……」

「すぐに延焼するから大丈夫だよ?」

「なるほど、大丈夫要素が行方不明だな」


 積極的に火を点けようとすんな。

 大体、こっちはもう既に火達磨みたいなもんなんだよ。 


 恋愛感情とかなくても、同棲してる時点でしっかり手遅れだからな。

 これ、いつまで隠し通せるのかしら……。


 不意に去来してきた不安にじっと耐え、深くため息を吐く。


「でも、最後まで二人で燃え続けられたら、それはすっごく幸せなことだと、わたしは思うんだよね」

「そりゃ俺だって、そうは思うが……」


 それはもう、ただの理想論なんじゃないだろうか。

 片方が芸能人だとか、そういうレベルの話じゃなくて、人と人との関係性の話になってくる。


 互いが互いを、最後まで想い合って、信頼し合えたのならば、確かにそれは素敵で幸せなことだろう。

 ……うん、そう。信頼なんだよね……。


 何事もし、信頼が……。

 …………。


「うわぁっ、急に泣き出す!? どっ、どうしたの蒼くん!?」

「おっと悪い、やっぱ信頼って大事だなって思ってさ。ほら、同棲してた彼女が……元カノに、マサカノウラギリヲ、カマワサレタ、バッカリダカラ」

「やば、地雷踏んじゃった」


 あっちゃ~、と言う顔をする斑雪が涙でじわりと滲む。

 他の男に抱かれた報告というドでかいショックから、立て続けに色々な目に遭ったせいで冷静になれなかったが、時間が少し経って、仕事といういつも通りの日常に入った今、ようやく脳が全てを受け止めたらしい。


 色んな感情が綯交ぜになって、止まらなくなった涙がそっと拭われる。

 気付けば隣に座っていた斑雪に、静かに抱き寄せられた。


「うん、良いよ。いっぱい泣いて、わたしの胸で」

「最後の一言絶対にいらなかったろ……」


 それさえなければ感動したのにと思う俺だった。

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