彼らの関係性
ちょうど今から、二年半ほど前のことである。
俺が斑雪れんかの、マネージャーとなったのは。
当時は新卒で、右も左も分からないような、社会人初心者の俺と比べて、斑雪は明らかに業界慣れした、いわゆる先輩と言うやつであり、この頃からアイドルとして頭角を現し始めていたのだが、どういうことか、そんな彼女のマネージャーとして、俺が抜擢された。
今でもどういう人事になってんだよと思わないこともないが、まあ、単純に人手不足だったのだと思う。
別段、小さな会社という訳ではないが、最大手という訳でもない、至って普通の中小企業なのだ、うちは。
その癖、プロデューサーが狂ったように女の子をスカウトしてくるので、シンプルに俺たち下っ端の手が回っていなかった。
今でこそ、ほとんど斑雪の専属みたいなもんではあるが、当時は片手でギリ数えられないくらいの人数を掛け持ちしていたものである。
それでいて、今では全員それなりの成功をしているのだから、俺としては良く回ったな……という気持ちでいっぱいだ。
当時の俺の社畜レベルは、今の俺を遥かに超えていたのは間違いないだろう。
休日出勤上等、深夜残業は通常運転ですって感じだったからな。
控えめに言ってもブラック企業すぎる……。
果たしてあの時、辞めて行った同期に続かなくて良かったのかと、今でもちょこちょこ思う。
「結局残ったマネージャーも、蒼くんの他には一人だけだもんねぇ。良く保ったなって、わたしでも思うよー」
「その一人も、今は何故かアイドルじみたことやってるけどな」
「ま、まあその分、プロデューサーさんがいっぱい頑張ってくれてるじゃない?」
「そのプロデューサーが俺の同期を誑かしたんだが……」
人誑しというか、女誑しというのはこういう人のことを言うのだろうなって感じのお兄さんである、うちのプロデューサーは。
お陰で気付いたら、何故か同期のマネージャーちゃんが配信とか始めてたからな。
今では立派なインフルエンサーを兼任している。何なんだあの人は。
色んな意味で社内の治安が終わっていた。
その内事務員も何かしらにデビューさせられちゃうんじゃないの、と周りを眺める──俺と斑雪は今、事務所にいた。
何故かと言えば、そりゃ仕事だからである。
いや、ね。
俺も大人だし、自立してるから、稼がないと生活できないんだよ。
どれだけ辛いことや悲しいことがあっても、休めない理由がこれになる。
世知辛い世の中だ。
溜まりに溜まった有給ちゃんが、俺をじっと見つめているぜ。
いつかいっぱい相手をしてあげるからね……と叶いそうにない願望を抱きながら、斑雪のスケジュールを見直した。
「今日はこれからボイトレとダンスレッスンか。ひとりで行けるか?」
「うーん、ちょっと無理かも。ほら、君のせいで腰が痛くって……」
「おい馬鹿! 誤解を招くような大嘘を平然と吐くんじゃない! 本当に勘違いされちゃったらどうするんだ!」
「半分くらいは誤解じゃないんだし、別に良いと思うけどなー?」
「どこをどう見たら半分も真実になるんだよ……!」
どう考えても過去を捏造されていた。こいつ、隙あらば俺の記憶を改竄しようとしてやがる……。
記憶改竄系のキャラは嫌われがちだからやめた方が良いと思いました。
「だってほら、倒れた君をベッドに運んだのはわたしだよ? 脱力しきった、一般的な体格の成人男性を運ぶのは骨が折れたなー」
「は? おい、ハメ技だろそれは。後それもちょっと大きな声で言うのはやめない? もっとやんわりとした表現にするか、別のところに言及しようか」
「脱がしたのもわたしだし」
「センシティブな方向に舵を切れとは言ってないんだよな」
どこをどう切り取っても誤解が生まれそうな会話だった。事務員さんがそっと席から立ちあがったのが分かって、「俺、ここで死ぬのかな」と思う。
幾ら脅迫されたとはいえ、担当のアイドルと同棲生活始めましたなんて言ったら、色んな意味で打ち首だからな。
まだ死にたくない……と震えていれば、
「マネージャーさんも斑雪ちゃんも、イチャつくのは良いですけど、事務所外ではやらないでくださいね~?」
と、呆れたようなというか、慣れた様子で事務員さんが、ため息交じりに言った。
ポンポコと俺の頭を叩きながら言っている辺り、ちゃんとした忠告であるらしい。
「ただでさえ、お二人が仲が良いのは周知の事実なんですから~。勘繰る人も多いんですよ──だから~」
口が裂けても、同棲を始めたなんて、外では言っちゃいけないですからね~、と。
ニコニコとしたまま、事務員さんはそう言った──絶賛ひた隠しにしようと必死になっていた秘密を、不思議なことに一撃で看破するような一言を。
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