彼らのお仕事


 さて、それではいい加減、俺と斑雪はだれの関係性を、ここらでハッキリと示しておくべき頃ではあると思うのだが、しかし残念ながら、敢えて言葉にするほどの関係性があるのかと言われれば、特段そんなことはない。

 特殊な事情など一つも絡まない、至って普通のどこにでもあるような関係性なのだから。


 ──同僚である。

 本当に、それ以上でもそれ以下でもない。実に簡素な関係性だ。


 けれど、もう少しだけ具体的に語るとするのなら、斑雪はだれれんかは現役アイドルであり、俺はそのマネージャーである。と答えるべきだろう。

 完璧でも究極でもないが、知名度はそれなりのもんだ。


 インスタのフォロワーは100万を超えてるし、傍らでやってる配信用アカウントの登録者数も、つい先日50万を突破したばかりである。

 テレビにもチラホラ呼ばれるようになり、ライブなんかもやっていて、スケジュールは空きを見つける方が難しくなってきた。


 今、最も波が来つつある女性アイドルの一人と言っても、過言ではないだろう。

 まあ、その実態は家に男を連れ込んで、既成事実(嘘)を成立させようと画策するような女だった訳なのだが……。


 恋は人を盲目にさせると言うが、まさかこの歳になって、言葉通りの例を目の当たりにする日が来るとは思わなんだ。

 しかも相手が俺って……。


 趣味が悪すぎるだろという自虐的感想と、俺で良かったという多少以上の安堵。

 それから、本当に勘弁してくれないだろうか、という素直な気持ちが入り混じる。


 いや、ね。

 何だかコミカルな雰囲気であるのだが、現状これは余裕で大スキャンダルなのである。


 もし誰かしらに知られたり、情報が漏れでもしてみろ。

 SNSは大炎上、事務所はひっきりなしの電話対応を迫られるだろうし、確実に俺には人生最大の怒られが発生する。


 当然、斑雪のアイドル活動にもかなりのダメージが出かねない。

 そして斑雪の活動に支障が出るということは、俺の仕事にも影響が出るということだ。


 マネージャーである以上、俺と斑雪は運命共同体みたいなものだからな。

 こいつが炎上したら、イコールで俺が炎上するようなものだ。


 だから、勘弁してほしい──というのと、多少以上の安堵があった。

 俺が情報を漏らすことはないし、何より今はまだ、取り返しが利く段階だから。


 何事もなかったかのようにここを出て、何事も無かったかのように普段の日常へと戻る。

 そうすることさえ出来れば、問題は問題になり得ない。


 ただ、そうすることが出来るのかと言われれば、難しそうではあるのだが──とてもではないが、俺がベッドから脱出するのを強制的に阻止している斑雪このばかに、その手の交渉が通じるとは思えなかった。

 もうね、絡んでるんだよ。俺の腕に斑雪が。


 下手に振り払って怪我の一つでも負わせたらと思うと、身動ぎの一つも出来ない俺だった。

 斑雪もそれが分かっているのか、不敵な笑みを浮かべながら、「さて」と俺に問いを投げかける。


「蒼くん、君には選択肢があります。一つはこの場で改めてわたしとヤッて、覚悟を決める」

「なるほど、考え得る限り最悪の選択肢だな。あと女の子がヤるとか言わない」

「じゃあ、何て言えば良いの?」

「……せ、性交渉とか?」


 保健の授業でしか出てこなさそうな単語だった。

 はっと斑雪が鼻で笑う。


「そしてもう一つは、今すぐヤらない代わりに、わたしとの甘い同棲生活から始める」

「なるほど、考え得る限り最悪の選択肢だな。あと性交渉と言いなさい」

「呼称にこだわりすぎでしょ……最悪が早速二つも揃っちゃってるよ?」

「最悪ばかり並べる側に問題があるんだよなあ……」


 ていうか、冷静に考えなくとも選択肢に大差がないのであった。

 ほとんど同じ意味なんですけど……。


 しかも頭に「今すぐは」とかついてたぞ。

 明らかに後々ヤル気なんじゃねぇか。


 おっと、性交渉ね。性交渉。


「つーかな、仮に俺が倫理観も常識もドブに投げ捨てて、斑雪とヤりまくるような男だとしてもだな、同棲はおろか付き合うことすら、会社やファンが許さないって」

「? 別に、秘密にすれば良いだけの話じゃない?」

「やましい秘密ってのは往々にして、いつかはバレるもんだろ」


 いや、いいや。

 あるいはそれは、バレなければならないものだと、俺がそう思っているだけかもしれないが。

 悪事はいつだって暴かれて、悪者は裁かれるべきなのだから。


「う~ん、それは概ね同意だけど……でも、この場合はそれに該当しないんじゃないかな?」

「超該当してると思いますけど……」

「だってほら、別にやましい隠し事ではないじゃない? それとも、わたしの恋心をやましい気持ちだなんて、蒼くんは言うのかな?」

「お前はどこでそんな卑怯な言い分を覚えてきたの?」


 そんな言い回しをされてしまっては、頭ごなしに否定することなど、少なくとも俺には出来なさそうだった。

 人にされて嫌なことは、人にはしないようにしましょうって教わってきたからな。


 俺は意外と、教えには忠実な方なんだ。


「まあ、そうじゃなくても蒼くんは、わたしの言うことに従うしかないんだけどね」

「?」


 疑問符を浮かべると同時に、斑雪が俺への密着度を上げる。

 おい、いい加減怒るぞ──と、咎めようとした俺の声をかき消すように、カシャッと鳴った。


 聞き間違いようのないシャッター音。

 それが二度、三度と連続して部屋に響いた。


 もちろんその発生源は斑雪のスマホで、もう明らかに自撮りの構図だった──つまり、俺と斑雪のツーショット写真が撮られたということである。

 露出率の高い斑雪と、普通に半裸の俺の、だ。


、何かの間違いでネットにでも上がっちゃったら、さてどうなるでしょう?」

「いやその手口は超悪役じゃん!」


 薄い本で良く見る、最悪のやり口だった。

 仮に今の今までやましくなかったとしても、今この瞬間にやましい隠し事になっていた。


 こ、こいつ……。


「それで? どうする?」

「く、くそっ……後者の選択肢で、お願いします……」


 絞り出したような声の俺に、斑雪「はーい♡」と元気良く返すのだった。

 お前は一回ガチで裁かれろ。


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