ヤッてしまった翌朝



 パチリと目を覚ます。瞬間、へばりつくような頭痛がした。

 あーあ、やっちまったなと思う。


「最悪の二日酔いだ……」


 掠れた声でそう呟きながら、カーテンを開けようとしてふと気付く。

 ここ、俺の部屋じゃない。つーか知らない部屋だ! どこだよここは!?


 ガチの動揺を覚えるものの、絶え間なく響く頭痛に落ち着かせられて、周りを見渡してみる。

 俺の住む部屋よりは広い。が、物は少なく、良く整頓されている。


 参ったな、本気で初見の部屋だぞ。

 何だって俺は、こんなところで爆睡をかましていたんだ?


 やけ酒でもして、他人の部屋に勝手に転がりこんで、我が物顔でベッドを拝借してしまったのだろうか。

 もしそうだとしたら、普通に犯罪なので、潔くお縄につくとしよう……そう決意していれば、もぞりと隣で何かが蠢いた。


「──っ!」


 反射的に息を飲む。けれども即座には動かず(というか、正直なことを言うと、動けなかった)、ゆっくりと時間をかけて、隣に目を向けた。

 見覚えないベッド。そこに横たわっていた俺の隣で寝ていたのは──


「ん、んぅ……ふわぁ。あれ? おはよう、あおくん。珍しく早起きだねぇ」

「────斑雪はだれ?」


 斑雪──斑雪れんか。

 俺の勤める会社の、数少ない同僚だった。


 え? は? 何で?

 マジで意味が分からない。どういう状況なんだよ、これは。


「混乱してるねぇ……もしかして、覚えてない? 昨日のこと」

「昨日のこと……?」


 困ったことに、全く思い出せない。というか、思考を回そうとすると、頭痛に邪魔される感じだ。

 二日酔いの人間に考え事とかさせないでほしい。


「ほら、わたしが事務所に忘れ物取りに行ったら、お酒片手に不穏なこと検索してるキミがいて……」

「何そのコンプライアンス終わってるやつは……いやちょっと待って、心当たり出てきた」


 何もかも忘れたくて仕事しに来たのに、段々辛くなってきて飲み始めた記憶が蘇る。

 そうだ。それで斑雪に見つかって、引きずられるように自宅に連れ込まれたんだ。


 そして宅飲みが始まって。

 それから……。


 そ、それから……!


「そうそう、そして酔ったキミを、やさ~しく介抱してあげて……」

「おい、虚偽の申告が混ざってるぞ! 思い出した、完全に思い出したからな!? お前俺を押し倒したろ!?」

「あちゃー、記憶すり替え作戦は失敗か」

「最悪の作戦が立てられていたようだな……」


 危うく俺の過去が悪意ある改竄を受けるところだった。

 あっぶねー、と胸をなでおろすも、問題自体は解決されていないことに気付く。


 いや、俺、肝心なところからの記憶が飛んでるんだよな……。

 つまり、そう。


 問題は、俺──羽染はぞめあお斑雪はだれれんかを抱いたのか? ということである。

 抱いてなかったらギリセーフだが、かなりアウト寄りの予感がしてならない。


 何故かと言えば、布団で全容は掴めないものの、斑雪の露出度がかなり高めだからだ。

 要するに、全裸の可能性が非常に高い。そして俺は半裸である。


 それってさぁ……つまりさぁ……。

 そういうことになっちゃうんじゃないの……。


 仮に抱いてなかったとしても、寝てる間に勝手に襲われている可能性だってある。

 考えがそこに到達すると同時、冷や汗が背中を伝い始めまくった。


「考えてること、当てたげよっか。キミは果たしてわたしを抱いたのか、でしょ?」

「俺、そんなに分かりやすいか?」

「分かりやすいどころじゃないよ、顔にぜーんぶ書いてあるレベルなんだから」

「さいですか……」


 で、実際どうなんだよ。と視線だけで問えば、斑雪は面白がるように肩を竦めた。

 そっと布団を引き寄せて、上半身を隠しながら起こす。


「さて、どっちでしょう?」

「あの、ちょっと? 曖昧な言葉が便利とか言ったのは謝るから、そういう誤魔化し方をするのはやめない? 心臓に悪すぎるから」

「そういうところもちゃんと思い出してるんだ……」


 意外と忘れたままにしないタイプだよね、と分かったようなことを言う斑雪だった。

 あんまり飲みすぎるような人間じゃないので、お酒で失敗したことは一度もないはずなのだが……。


 とにかく、このままでは、なあなあと言い逃れされる気がして、グッと睨み付けると斑雪が短くため息を吐く。


「大丈夫……残念ながら、わたしはキミを襲えませんでしたよーだ。だってキミ、かなりちゃんと爆睡し始めたんだもん……」

「っすー……流石俺。三日間寝てなかった甲斐があったな」

「それはそれで褒められたことじゃないんだけどなあ……あ、でもね」


 一旦言葉を区切り、俺の不安を加速させる斑雪だった。

 ニヤリと浮かべた薄い笑みが、そのことを口にせずとも如実に物語っている。


 こ、こいつ……。

 俺がその気になれば、土下座なんて余裕だということを教えてやった方が良いかもしれなかった。


「わたしがキミを家に連れ込んだって言いふらせば、事実はどうあれ、そういうことになっちゃうかもね? ね、蒼くん……いや、

「……………………」


 なるほどね。

 こりゃ最悪、土下座で何とかしようと思っていた、俺の見立てが全面的に甘かったなと天を仰いで降参を示した。


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