七、結びに代えて

 いかがだっただろうか?

 伯父は怪奇作家であり、それもかなりグロテスクな部類に入る作風だったようだ。特に眼球や顔面に対するゴア描写に執着があったようで、それはここまでにアップした作品からも読み取れると思う。

 赤ら顔で大きな笑い声を出すカン伯父さんの姿からは想像もできず、彼のダークな部分を盗み見ているようで、このデータ化の作業は個人的に少しドキドキするものだった。

 彼の作品には、いわゆるクトゥルフ神話と呼ばれる物語体系が援用されている。私もそうした方面には興味が大いにあるものだから、ワクワクしながら読み進めもした。

 それに、断片的ではあるが、これらの物語同士でも、つながりがないわけではなさそうだ。たとえば「灯台が照らす村」で現れる化け物と、「戦士の黙示録」冒頭で主人公を追っている何かは、同じ擬音(ざりざり)を発している。

 ともあれ、これで私は自分に託された役目を終えた(と勝手に思っている)。伯父の作品を投稿することはもうないだろうし、再び自作小説をちまちまとアップする生活に戻りそうだ。

 この作品を仕上げるにあたって、背中を押してくれた高野さんには最大限の感謝を贈りたい。彼女には励ましの言葉をもらうだけでなく、アップ前に一度目を通してもらうなど、大変親切にしてもらった。

 誤変換や文法上の誤りは、高野さんはもとよりカン伯父さんにも非はなく、私の責であることをここに明記しておく。

 最後に、高野さんがこの作品群を読了した後で口にした感想を、ここで紹介しておく(本人の了承は得ている)。彼女の考察は、不穏で示唆に富んでいる。私はそれをひどく気に入り、結びに代えて、ここに記す次第である。


 五つの作品を読み終えた後、高野さんは「怖いね」と口にした。

 正直、私にはその感想がピンと来なかった。確かにグロテスクな描写や、かなり悪趣味と言えるような展開もあるが、それは「怖い」という感情とは少し違うような気がしていたからだ。

 だから私は、思い切って「何が怖かったんですか?」と尋ねてみた。

「うーんとね」

 高野さんは困ったような顔をして、しばらく考え込んだ。

「読みながらずっと、『どうしてこの話は焼け残ったんだろう?』って考えてたの」

「なぜ焼け残ったか?」

「そう。もちろん、現実的にはただの偶然なんだろうけど。でもなんとなく、燃え残った作品には、燃え残っただけの理由がある気がして。あるいは逆に、、みたいな」

 彼女の言わんとするところを、私はこのとき全くと言っていいほどつかめなかった。

「順に説明するわね。まず『雨の中からやってくる』では、望月という存在が出てくる。それは最後の希望だって言われているけど、傷を負ったか改造されたかして、ショルダーバッグの中で蠢くだけの状態になっている。これはオーケー?」

 無論だ。この望月に関しては、書き写しながら気味悪さを覚えたことを、わりとはっきり記憶している。

「次に『幼体』だけれども、主人公が部屋を出ようとするところで終わっている。この後、彼は成体となったゼブラフィッシュもどきと相対するのかもしれない。もしかしたら、彼自身がゼブラフィッシュもどきに寄生されている状態で、人間と対峙することになるのかもしれない」

 私は個人的に後者の案を望んでいた。希望を述べるなら、主人公には寄生された状態で人としての自我を保っていてほしい。そして、他の寄生生物たちとバトルを繰り広げてほしい――それだと某有名漫画そのままになってしまうだろうか。

「三つ目、『灯台が照らす村』。化け物の正体も、それが善悪――人間から見た敵か味方か――のどちらに属するものかすら分からない。村の人が何を意図して主人公夫婦にルールを伝えたのかも、碇という人物が何を調べようとしたのかも藪の中」

 私もそれに同意する。一番説明がなされていないのが、この話だろう。元の話では、すっきりと解決が示されたのだろうか。それとも、やはりぼかして終わっているのだろうか。

「次の『無人島サンゲキ』でも同じね。洞窟の中にいる何かについて、明かされないまま。ミミズのような化け物も出てくるけれど、脇役という感じね。この先、たぶん主人公たちは、洞窟の中にいる何かと戦うことになるんだろうけど」

 この「無人島サンゲキ」は、五つの話の中で最も私の好みと言えた。彼らのたどり着いたその島は、実在するのか、あるいは異次元のような場所にあるのか。やりようによってはいくらでも膨らませることができるだろう。

「最後の『戦士の黙示録』も露骨ね。ガンメンハイダーの登場、そして来歴の説明、ラストには戦いのその後が描かれている。逆を言えば、化け物と対決する場面は焼けちゃっていて、分かることといえば『メデューサ』一族なる化け物たちがいることくらいだけ」

 わりとコテコテなバイオレンス・コメディかと思いきや、ラストシーンは何だか感傷的なストーリーを気取っていて、正直よく分からない話だった。

「それで、ここまでのことをまとめてしまうと」

 高野さんは咳払いした。真実を突き止めた名探偵さながら。

が根こそぎ無くなっているのよ」

「対抗策?」

「そう。化け物に関する具体的な情報。人類側が、化け物と対峙する描写」

「確かにそうかもしれないですが……」

「おそらくただの偶然よ。でも、怪奇小説好きとしては、こうやって考察するのも楽しくないかしら? 少なくとも私は、化け物との対峙を描いた場面が全て焼けていることに、何らかの意図を感じずにはいられないわ」

「意図、ですか」

「ええ。彼らは、今もどこかで息づいていて、人類の息の根を止めようと機会を見計らっている。あなたの伯父さんは小説という形で――どこまで自覚的だったかは分からないけれど――彼らへの対抗策を記した。だから彼らは、対抗策の書かれた小説をことごとく焼き払った。『火を吐くイカ』だったかしら? 実行犯は、その幼体なんて線もあるわね」

 私たちは二人して笑った。なんてひどい、それなのに心躍る考察だ。

「いいですね。怪奇小説の中へ入り込んだみたいだ」

「もしくは、怪奇小説が現実を侵食し始めているのかもしれないわね」

「あ、それキャッチコピーに良い」

 ただの笑い話に違いない。

 しかし、あれ以来、私には常に疑念が付きまとっている。ふとした曲がり角で、歪な多脚体の影を見た気がする。この文字起こしを始めてから三度も高熱を出し、狭い部屋に閉じ込められる夢を見た。酔っぱらって嘔吐したときに、吐瀉物に混じって身をくねらせるヒルのような軟体が見える。

 全て幻覚だ。全て気のせいだ。

 私たちは皆、怪奇の中で生きているのだ。

 私たちがひどく具体的で現実的で形而下的な生活を営む姿を、次元を隔てて何者かが見つめているのかもしれない。とても近く、しかし絶対に触れられない場所で。

 私はこの作品群から、そんな幻視を生み出してしまったらしい。

 最近は自信が無い、分からないのだ。

 私に、本当にカン伯父さんという親族がいたのか。

 私に、本当に高野さんという友人がいたのか。

 この作品が本当に存在しているのかすらも。


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ミロの邪神 葉島航 @hajima

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