第三話 洗濯物

 洗濯機からシーツやタオルを取り出してパッと広げ干す。

 もう匂いは我が家の柔軟剤の甘いバニラの匂い。

 ずっとこれに決めている。

 香害と言われてもいい。シバも当初すっごい匂いとか言ってたけどもうずっとこれだからわからないようだ。

 海外製だから湊音の匂いには無いものだ。

 匂いで勝った気分でいる。


 ※※

「ジュリ」

 シバがベランダの窓を開けて声かけてきた。

「今天気いいけどこの空気だと雨降るぞ」

「でた、地上気象観測装置」

「その言い方……」


 元刑事のシバは機動隊の経験もあり、空気や雲の動きで天気がわかるというのだが、基本彼自身が雨男だったりする。

 特に大事な時に雨が降る。

「頭も痛いし、眩暈もする。確実に当たるぞ」

「最近増えたわよね、天気悪いと体調崩す人」

「ああ。生徒で雨降る前後に剣道の試合があるときは体を温めて早めに寝ろって言っても動画とかゲームとかで夜更かしして不調を起こして休むんだよなー」


 シバは高校や警察学校、週末は市の子供剣道部で剣道の指導をしている。

 現役の頃は日本一の剣道の腕前でもあったようだし数回ほど試合の映像を見たが過去にあんなにだらしなくテキトーなこの男が? と驚くほど別人であった。


 目つきからして違う。姿勢も、所作も。私はそれを見て惚れ直してしまった。


「乾燥機でもかけたほうがいいんじゃ無い?」

 だけどやはり別人だ。あんたが他の男を連れ込んで汗だくでセックスをして染みついた匂いを洗って干したんだよ、バーカ。


「なんか機嫌悪い顔してるけどどーした?」

「別に」

「別にじゃ無いじゃん」

 私の気持ちわからないのかよ、たく。

 リビングの横にある寝室で2人愛し合っていて。それが嫌で別に予定もないのに少し離れたキッチンでコーヒー飲みながら2人が果てるまで待っていた私の気持ちだなんて。


 だったらなんで2人の関係を公認しているんだ、って思われるかもしれない。


「ほい、シーツ貸してって」

「いいよ、自分でやるから」

 冷たく匂いもまだ強いシーツをギュッと腕に抱える。

 でもシバはそれを奪い取ってバッと広げてシワを伸ばした。


「雨が本降りする前に早めに買い物すっか」

 ……ニカーッとシバが笑った。

 にくめないのよ、こいつ。


「うん」


 その後、雨は降らなかった。干したままでよかったじゃん、バーカ。

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