第3話

 瞼をうっすら開けると、見慣れない豪華な装飾の部屋だった。

「起きたか。気分はどうだ?」

「まだ頭いたい……ん?」

 待って。私は誰に返事をしたんだ。もしかしてユーレイ? 恐る恐る目を開けると、間近に男の人の顔があった。

「うわぁ!」

 こんなに男の人の顔が近くにあるのは初めてだ。茹蛸のようであろう自分の顔をパタパタと仰ぐ。

「おい、顔が赤いが大丈夫か?」

 それは、あなたの顔が近いからですよ!

「気にしないでください!」

 心臓がバクバクいってる。

 銀色の髪の毛、少し赤っぽい目、整った顔立ち。これが目の前にある状況で、若い女の子が落ち着けるわけがない。

 白銀を眺めていると、落ち着いてきた気がする。

「あ、あの。なぜ私はここにいるのでしょうか……?」

「お前が路上で倒れていたところを、俺が助けた」

 た、倒れてた……?

「私、倒れてましたか?」

「は? 路上でばったりと倒れていたが……?」

 それはもしや私の記憶だと、頭痛くて路上で寝てたやつのことを言っている……?

「マーケットのところで、でしょうか」

 彼はうなずいた。

「助けていただきありがたいのですが、私はあそこで寝ていただけで……」

「寝ていた? あそこでか?」

「は、はい」

 なんかまずいこと言ったかな。彼を見上げてみると、眉間にしわを寄せ、何か考えこんでいる。

「あ、あの~」

「……」

 無反応だ。私はどうしたらよいのでしょう。

「なぁ」

「はい!」

「どうやら俺は余計なことをしてしまったようだ。申し訳ない」

「いえいえいえ! そんなことないです! あのまま外で寝ていたら凍え死んでいたかもしれないので……」

 きっと彼は良い人なんだろう。どこか人間らしくない容姿からは、厳しそうな性格に感じられたが、どうやら違ったみたいだ。人は見かけによらないな……。

「助けていただいてありがとうございました。お礼は……お金が少ししかないのですが、もらってください」

 私がお金を差し出そうとするのを、彼は手を出して止めた。

「礼はいい。それより、お前路上で寝ていたということは、家がないのか?」

 ぎく。なんでわかったの。それが顔に出ていたのだろうか、彼は苦笑しながらこう言った。

「まだ体調が万全ではないのだろう? もうしばらく、ここにいてもいいんだぞ」

「え? 良いのですか?」

「ああ。また外で寝て、誰かに助けられるよりいいんじゃないか? あいにくうちには、部屋がたくさん余っている」

 はじめましての人にこんな優しくされるのは、普通なのだろうか。でも、すごい寒い中で毎日泊まれるところを探すよりは、断然うまい話なのかもしれない。ということは、ご厚意に甘えるべきかな。

「お願いしてもいいですか……?」

「もちろんだ」

 そう言って彼は微笑んだ。目の前のイケメンが自分に向けている笑顔ほど、心臓に悪いものはない。こういうかっこいい人と結婚したいものだ。

「俺はルカ・アスターだ。軍の人間で、アスター家の当主でもある」

 聞いたことがある名前だ。軍人ってことは、ヨーク家のお父様から聞いたのかな。それとも、実父からか……。

「あの、間違っていたら申し訳ないのですが……」

「なんだ」

「七年前軍にいた、ルイス・ホワイトをご存じでしょうか……?」

「ああ、知っている。俺はその時まだ軍には入っていなかったが、とても優秀な人だったという話は聞いている」

 やっぱり父は優秀だったんだな……。思わぬところで父の話を聞くことができてうれしくなる。

「私はアリス・ホワイトといいます。ルイス・ホワイトは、私の父です」

「そうなのか。もしやお前も、魔法を使えるのか?」

「い、いえ。私にそんな才能はありませんよ」

 彼……ルカ様は首を傾げた。

「使えない……? そんなことは……」

「ルカ様?」

「ああ、すまん。なんでもない」

 なんだろ。気になるけど、まーいっか。

「あと、様はやめてくれ。ルカでいい。敬語も必要ない」

「わかりました…それでは、ルカさんと呼ばせてもらいますね。敬語のほうは……がんばります」

「ああ、ゆっくりで構わない。これからよろしくな、アリス」

「はい! よろしくお願いします!」

 こんな感じで、私はアスター家にお世話になることとなった。

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