第3話 身バレしたVtuberはゲームを教えてほしい
Vtuberの身バレ。
よく聞く話ではあるけれど、実際に自分が知っている人がVだとバレてしまった時、いったいどう反応すればいいかわからない。
大げさにびっくりすればいいのか、気にしないフリをすればいいのか……はたして。
少しの沈黙の後、足りない頭で考えたあと俺は、
「そうなんだ。絶対に誰にも言わないから」
西条さんが心配しているのは俺から身バレ情報が拡散することだ。
まずはその不安を、取り除いてあげようと思った。
これがベストな対応かはわからないが……
「ありがとう……」
「で、相談って何?」
この話題から早く離れたほうがいい。
それに「相談」とやらの内容も気になっていた。
「相原くんって……ゲーム配信者の
「え……? どうしてそれを」
(なんで西条さんが、ATを知っているんだ?)
AT――俺の配信アカウントの名前だ。
名前の由来は、リアルの名前「
他のゲーム配信者は、好きなゲームキャラの名前から取ったりするらしいが、安易に名前をつけてしまった……
で、ATこと俺は、Metubeでゲーム配信をやっていた。特にトークもなく、淡々とスマファミの配信をしていただけだから、チャンネル登録者数は100人ぐらい。
はっきり言って、底辺配信者だ。
だからATのアカウントを知っている人はほとんどいないはず。実際、俺もリアルの知り合いに、ゲーム配信をやっていることは誰にも言ってなかった。
(これが身バレした奴の気分か……なんとも言えない気持ちだ)
「あ、ごめん。秘密だった?」
スマホから、西条さんの心配する声が聞こえる。
ATのことは秘密にしていたわけじゃない。
バズってもいない、自己満足のアカウントをクラスメイトに知られたのは恥ずかしいというか……
「別に……どうして俺がATだってわかった?」
「教室で相原くんの席を通った時、たまたま見えちゃって……」
たしかに教室で、なんとなくだけど背後に誰かの視線を感じることがあった。
その時は気のせいかと思ったけど、まさか西条さんの視線だったなんて。
「……マジか」
「あと、めろぴの配信を見てくれるのも見えちゃって……それ以来、ずっと相原くんのこと気になっていたんだ」
俺は教室でたまに、自分の配信アカウントを見ていた。まれにコメントがつくことがあるから、無意識に教室でチェックしていたかもしれない……
それに俺は、Vとしてはめろぴのことを推していて、毎回コメントもしていたし、スパチャを投げたこともある。
長時間の耐久配信もずっと見ていたし……
(西条に見られていたのは、やっぱりちょっと恥ずかしい)
「……うん。そうだよ。俺がATなんだ」
「……」
再び、深い沈黙。
自分の心臓の鼓動だけが聞こえる――
俺が(底辺)ゲーム配信者であることと、西条さんが悩んでいること。その2つが俺の脳内で結びつかない。
ていうか、そもそも西条さんの悩むことがどんなことなのか、俺には想像つかない。まさか、恋愛相談じゃないだろう。
このままずっと考え続けても、全然わからないし、お互いに沈黙したままだ。西条さんだって俺に電話するのに勇気を振り絞ったに違いない。
――ここは俺も勇気を出して、西条さんの話を聞こう。
「……それで、俺に相談って何かな?」
「実は……あたし、Vスマ杯に出たくて。それで……」
「Vスマ杯?」
西条さんの口から「Vスマ杯」という単語が出てくるとは思わなかったから、俺は思わず聞き返してしまう。
Vスマ杯――人気Vtuberが出場だけが出場できる、スマファミの大会。
出場資格は、チャンネル登録者数10万人以上であること。そして、予選会で勝ち上がることだ。
「あたしに、スマファミを教えてくれない?」
(なるほど。そういうことか……)
個人勢のVtuberで「10万人以上」を達成するのは難しいし、Vスマ杯の予選会はかなりレベルの高い配信者が集まる。
めろぴはゲーマーの才能があるが、まだ予選会で勝ち抜けるレベルにはない。
だから俺に、スマファミのコーチになってほしい、ということなのか……
「西条さんがいいなら構わないけど、俺なんかで本当にいいの?」
「だってATさんに教えてもらえるなら、すっごく助かるよ! ATさんは、めちゃくちゃスマファミ上手いじゃん!」
すごく高い、嬉しそうな声。
「……そっか。なんかありがとう」
さっきまでの重めの空気が明るくなってよかった。
本当にたまに、俺のスマファミが上手いとコメントが来ていた。
俺は解説もしないし、トークもほぼしないから、配信の再生数が伸びていない。
ただ、自分で考えたコンボとか立ち回りとか、わかるやつだけにわかればいいと思って配信していた。
そんな俺の配信を、西条さんが――めろぴが見ていた。
(人生で1番、びっくりしたわ……)
ほとんど知られていない配信アカウントだから、リアルの知り合いでしかも人気のVが見ているとは想定外だ。
「じゃ、決まりね! 明日の放課後、あたしの家でスマファミしよ!」
もっと高く、明るい声がする。
これは……間違いなく、めろぴの声だ。
いや、今はそんなことではなく。
(西条さんの家……行ってもいいのか)
ここまで元気よく決定されたら、とても断れない。
「じゃあ明日の放課後、声かけるから! すっごく楽しみ!」
「うん。また明日――」
俺が言い終わるより前に、電話が切れた。
体の緊張が一気に解けて、ベッドに俺は倒れこんだ。
西条さんは本当に配信を見ていてくれたみたいだし、ゲームが上手くなりたい気持ちは本当みたいだ。話してみて、すごくよくわかった。
ほとんど話したこともない俺に、自分がVであることも(偶然だけど)明かしてくれたわけで、西条さんとしてもリスクを取っている。
しかも、西条さんは俺の推しのV、兎夜めろぴだった。
……今日は急に妙な出来事が重なったけど、めろぴ(推し)の役に立てるなら別にいいかと思った。
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