21.【小話】串焼きを食べるだけのお話

「わぁ……わぁ……!」


 仮面をつけたプックルと街に出たら、彼女は物珍しそうに周囲を見渡していた。

 まるでこの世界に来た当初の俺みたいな反応だな。


 恐らくは王族なのと火傷跡のせいで城から出たことが殆ど無いのだろう。


 繁華街に到着すると目をキラキラと輝かせて賑やかな街並みを堪能している。


「探索者ギルドに行ったら散策しよっか」

「はい!ありがとうございます!」


 今日の目的は知人の様子を確認することだ。

 魔王種の激臭攻撃により王都中の住民が壊滅状態に陥ったから、彼らが無事なのかどうかを確認したかった。

 プックルがついて来ているのはデートも兼ねているからというのもあるが、探索者ギルドで探索者登録をするため。今後、彼女の火傷跡を治すための霊薬素材探しの旅に行くのなら、自分も探索者としてついて行きたいと強く希望して譲らなかったのだ。


「街の様子はいつも通りだな。いや、いつもよりも心なしか元気があるような気がする」


 笑顔が多く、せわしなく駆け回っている人がいて、話し声のトーンが高い。

 商店の呼び込みに力が入り、子供達が全力で遊び回り、沢山の買い物袋を抱えた人がいる。


 生きていることがこの上なく楽しい。


 そういった雰囲気が感じられた。


「シュウ様のおかげですよ」

「そ、そうかな」

「はい!」


 死にかけたからこそ、生きていることの価値を実感出来たとかそういう感じのことなのだろうか。

 なんだかとても逞しく思えるな。このマインドは見習わねば。


「シュウ様、探索者ギルドまではどのように向かうのでしょうか?」

「そうだな。歩いて行くのも良いけど、せっかくだからアレに乗ってみようか」

「!!」


 アレというのは、二人乗りの自動車もどき。

 人力車の引手の部分が無いような形をしていて、これに乗ると王都内の道路を自由に移動することが出来る。二輪なのに何故かバランスが取れているのは、仕組みが分からない俺には謎技術としか言いようがない。


 王都には個人所有の自動車的なものは存在せず、誰もが公共の乗り物を利用して移動している。乗り物には一人用から大人数用まで様々なものがあり、全て無料で利用可能な上に、自動で目的地まで運んでくれる。スピードは出ないが、他の乗り物や歩いている人などを自動で検知して避けてくれるから事故が起こる心配も無い優れもの。


 さっきからプックルがチラチラとその乗り物を見ていたので乗りたかったのだろう。

 普段は歩いて探索者ギルドまで移動するのだが、今日はプックルの希望を叶えるためにも乗ってみようか。


 ちなみに俺もほとんど乗ったこと無い。

 だって臭いから乗るなって怒られるから……


「ささ、プックル」

「は、はい」


 乗車場へと向かい、先に乗り込んだ俺はプックルに手を差し出す

 すると彼女は照れながらもその手を掴んでくれたので、優しく彼女を引き上げた。


 仮面をつけながらでも照れていることがはっきりと分かった。俺が寝込んでいる間に沢山触れ合ったことで彼女のことが分かるようになってきたってことなのかな。


「全く揺れないんですね」

「だな。風が気持ち良い」


 スピードは人力車よりも少し早い程度。

 そよ風がとても心地良く、陽射しも適度でぬっくぬく。疲れていたらついウトウトしてしまいそうだ。


「…………」

「…………」


 プックルが景色を堪能しているから俺は敢えて話しかけず、彼女が喜ぶ様子を静かに堪能する。

 すると彼女が何かに気付いたかのように周囲を見渡した。


 おそらくアレのことかな。


「ちょっと待ってな」

「え?」


 乗り物を停止させ、近くの屋台に向かい肉の串焼きを一本購入して来た。

 食欲をそそるタレの良い香りが周囲を漂っていたんだ。


「買ってきたぞ。一緒に食べよう」

「あ……はい!」


 よしよし。

 プックルがこれを気にしていたと思ったのは正解だったらしい。


 だが一つ懸念がある。

 彼女は王女として城の中で育ってきたので、これの食べ方を分からないのではないか。


 なのでまずは俺が肉の一番上のところを咥えて食べて見せた。

 カット肉を刺してある串焼きなので食べやすい。


「はふ、はふ、うん、甘いタレとジューシーな肉が合うな」


 少し甘すぎてジャンクな気もするが、屋台なのだからこのくらいが普通だろう。

 かなり柔らかくて美味しいし、どうやら当たりの串焼き屋だったらしい。


「はい、プックル」

「は……はい……」


 俺から串焼きを受け取ったプックルは、どうすれば良いかと悩んでいる。お姫様としてマナーを学んだからこそ、直接齧り付くなんて行儀の悪いことをするのに抵抗感があるのだろう。

 だがそれでも興味はあるらしく、美味しそうな串焼き肉を前にゴクリと生唾を飲み込んでいた。


 やがて彼女は恐る恐る串焼きにカプっと齧り付いた。


「!!」


 聞かなくても分かる。

 だって口元が綻んでいて、目元もトロンとしているから。

 僅かに見える表情だけで、彼女の気持ちを察するには十分だった。


「はふ、はふ、もぐ、もぐ、はふ、はふ、もぐ、もぐ」


 一切れの肉を一気に頬張るのではなく、少しずつ噛んで千切って食べている。

 同じ串焼きでも食べ方に個性が出るもんなんだな。

 ピンクスパイダーの仮面だし、一気にがぶりと食べるよりもこっちの方が似合ってる気がする。


 そうして綺麗に一切れを食べ終わったプックルは、残りの串焼きを俺に手渡した。


「ど……どうぞ!」

「ありがとう」


 串焼きは四切れ刺さっていたので、交互に二切れずつ食べた。

 お昼ご飯が食べられなくなるので、今はこのくらいにしておこう。


「あ……シュウ様」

「ん?」


 残された串を紙に包んで処理していたら、プックルが何かに気付きポケットからハンカチを取り出した。そしてなんと俺の口元を拭いてくれたでは無いか。


「あ、ありがとう」


 ただそれだけのことなのに、なんかとても気恥ずかしいな。

 でも恋人っぽくて実に良い。この気持ちをプックルにも味わってもらおう。


「じゃあ今度は俺の番だな」

「え?」


 俺もポケットからハンカチを取り出し、彼女の口元を拭いてあげた。

 お互いにタレで汚れていたのだ。


「ん……」


 色っぽい声出すんじゃなあああい!

 拭いた俺の方がドキドキしちゃうじゃないか。


「ありがとうございます」


 だがピュアピュアな笑顔でお礼を言われてしまうと、俺の中の邪な気持ちは一気に浄化されてしまうのであった。


「な、口元が隠れて無い仮面で良かっただろ?」

「はい!」


 口元まで覆われていたら、仮面を持ち上げながら食べなきゃならなくて大変だからな。こうやって気軽に食べ合うのもデートの醍醐味だ。


 くうう……


 おやおや、この音はまさか。


「もう一本買ってこようか?」

「……はいぃ」


 少しだけと思ったものの、どうやらプックルの胃が活性化されてしまったようだ。

 可愛らしいお腹の音色を鳴らしてしまい真っ赤に照れる彼女の様子があまりにも可愛らしく、俺は上機嫌でもう一本、いや、もう二本の串焼きを購入して来たのであった。


 プックルは小柄だけど実はけっこう食いしん坊。

 沢山食べる女の子が可愛くて餌付けしたくなるのは、男として普通のことだよな?

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