20. 仮面闘士ぷっくる
「完・全・復・活!」
「わーぱちぱち」
「プックルは可愛いなぁ」
「ご、ご冗談を」
「冗談じゃないっていつも言ってるのに」
「っ!」
真っ赤なプックルに癒されながら、伸びをしたり屈伸したりしながら体の調子を確認した。
どこにも異常は感じられず、健康そのものって感じだな。
魔王種との死闘による男の
慣れ親しんだ城の一室を眺めながら、リハビリの日々を思い出す。
『お体をお拭きしますね』
『お食事の時間です。はい、あーん』
『ストレッチお手伝いします。いち、に、いち、に』
プックルが甲斐甲斐しく介護してくれて幸せしかない毎日だった。
そこまでしなくても大丈夫だから、なんて言うと悲しそうな顔をするから為されるがままに幸せを享受するしかなかったんだよな。
控えめに言って最の高だった。
「これでこの部屋ともおさらばか。プックルとの穏やかな生活が結構気に入ってたんだが」
「シュウ様……わたくしもです」
毎日食っちゃ寝食っちゃ寝の生活。
しかもプックルが世話してくれて、一日中話し相手になってくれる。
まるで楽園だ。いつまでも続けば良いのに。
「やっほー、実験の時間だぞー」
「逃げるぞプックル!」
「え?え?」
「あ、コラ、逃げるなー!」
闖入者のせいで封印していた記憶が強引にこじ開けられてしまった。
『滋養強壮に良い料理を持ってきた。味は保証しない』
『うふふ、筋肉痛に効く新薬を作って来たわよ』
『寝たまま試せる実験道具作って来たぞー!』
俺が身動き出来ないことを良いことに、サイエナーやエリーさんやキッチョさんがやってきて実験台にしてきやがる。しかも確実にダメージを負うことしかしてきやしねぇ。
何度口先の痺れとともに意識を失ったか。
何度
何度死にかけたか!
こんな地獄のような環境とは一刻も早くおさらばだ。
プックルの手を取りバルコニーから脱出を図る。
バルコニーには中庭への緊急脱出スライダー (サイエナー作、実験台俺) が設置されていて、ボタン一つで滑り台の完成だ。
「あ、あの、シュウ様!」
「何かな?プックル」
「そ、その、あの……」
スライダーは一人用。
俺達は二人。
それならどうすべきか。
順番に滑る?
馬鹿を言え、二人一緒に滑るに決まってるじゃないか!
俺の足の間に座ったプックルは顔を真っ赤にしてきゅっと俺のズボンを掴んでいる。
可愛すぎんだろ。
このままずっとイチャイチャしていたいところだけれど、背後から
「こ~ら~!イチャイチャしてないで実験手伝え~!」
「やなこった!いくぞプックル!」
「は、はい!」
滑り降りた俺達は手を繋いで走りだす。
差し出した手を握るのに、ほんの少し照れて躊躇するプックルがまた可愛いのなんの。
「プルプックル~!そいつを捕まえてて~!」
「ごめんなさ~い!」
「ガーン!プルプックルに断られたー!」
「よく言ったプックル」
「えへへ、ありがとうございます」
逃げ切ったらたっぷりナデナデしてあげよう。
臭い森の探索で基礎能力が激増した俺と、普段から鍛錬を欠かさないプックルが全力で走ればかなりのスピードになる。あっという間にサイエナーを振り切って城から脱出だ。
「申し訳ありません。寄り道しても良いですか?」
「おう、良いぜ」
そう思ったのだが、中庭を抜けた辺りでプックルが行きたいところがあると言い出した。
彼女の意見を拒否することなどあるわけがなく、彼女に連れられてある部屋の前までやってきた。
「ここは?」
「私の部屋です」
な、なんだと。
婚約者の部屋に連れ込まれそうになっているだと!?
プックルさんったら見かけによらず積極的なんですから。
「少々お待ちくださいね」
あ、勘違いでしたかそうでしたか。
大人向け展開を期待した俺に背を向けて、プックルは一人で部屋の中に入ってしまった。
いいもん、いいもん、どうせ元の世界では長らく童貞だったんだ。
今更少し焦らされたところでどうってことないもん、ぐすん。
「お待たせしました。あの、どうしました?」
「いや、何でもない。ちょっと世の中の無情さについて考えていたところだ」
「??」
おっと危ない。
ふざけていたらプックルを心配させてしまった。
「気にしなくて良いぞ。それで、何を持って来たんだ?」
プックルは部屋の中から一台のカートを押してきた。
その上には大きな布がかけられていて、カートの上に何が乗っているのか隠されている。
「あの、驚かないでくださいね」
「ああ」
プックルはそう言うと、少し恥ずかしそうに布の端を手でつまんだ。
「じゃじゃーん!」
「プックルは可愛いなぁ」
「も、もう!冗談は止めてこっちを見てください!」
「冗談じゃないっていつも言ってるのに」
「っ!」
ここ最近の定番の流れなのだが、本当に可愛いのだから仕方ない。
じゃじゃーんって何よ。そのドヤ顔はご褒美です。
プックル分を存分に堪能したので、改めて彼女が見せようとしたカートの上を確認した。
「仮面?」
「は、はい。城外に外出する時にはこれをつけようと思ってまして」
「こんな……いや、沢山あるんだな」
プックルが気にしているのは爛れた顔の火傷の跡だろう。
こんな物で隠さなくても俺は気にしないと言おうと思ったのだが、俺が気にしなくても彼女が気にするだろうと思ってその言葉をぐっと堪えた。
「世の中にはどんな仮面があるのか気になって集めて貰ったら、かなりの量になってしまいまして。実はここにあるのは極一部で、部屋の中にはもっとたくさんあるんです」
「なるほど、趣味になっちゃったわけか」
「はい」
収集の趣味は沼だから、一度始めたら止めるのは難しい。
恐らく相当な数の仮面が部屋の中に飾られているに違いない。
趣味について語るプックルはきっと笑顔笑顔で可愛いんだろうなぁ。
沢山話を聞きたいなぁ。
「シュウ様?」
おっと、トリップするところだった。
今は目の前の仮面について話をしないとな。
「どれがプックルに似合うかなって考えていたところだ。この中にお気に入りがあるのか?」
「そうですね……これなんかどうでしょうか」
「!?」
並べられた仮面の中で一際異彩を放っていた般若っぽい仮面。
まさか一番にそれを選ぶとは。
「どうでしょうか。オーガの仮面は強そうで格好良いと思うのですが」
試しにプックルはその仮面をつけてみたが、従来の可愛らしさが完全に消えて禍々しさが漂っていた。
というかそれオーガの仮面って名前なんだな。
般若も角が生えていて鬼みたいだし、似ているのは偶然か。
「そ、そうだな。格好良いと言えば格好良いか」
「……お気に召しませんでしたか?」
俺の声のテンションでネガティブに感じていることがバレてしまったようだ。
お気に入りの仮面を婚約者にノーセンキューと言われたらがっかりするのも当然だ。
ちゃんと理由を説明して納得してもらわなければ。
「いやいや、格好良いと本気で思ってるぞ。ただ、怖くて泣いちゃう子供が出てきちゃうかもしれないから、外では止めた方が良いかもな」
「あっ、確かにそうですね」
ふぅ良かった。
どうにか納得してくれたようだ。
「それならこれはどうでしょうか」
「レスラーかよ!」
「え?」
「あ、うん、獣の仮面も格好良いけど、それも気弱な女の子が泣いちゃうかも」
「確かにそうですね……」
タイガーなんちゃらさんを彷彿とさせる獣の仮面。
武術が得意なプックルに似合ってない訳では無いけれど、それで街中を歩くのはどうかと思うぞ。
「というか、強そうな仮面ばかりだな。可愛いのは無いのか?」
「可愛い、ですか?」
「ああ、プックルの可愛さを引き立たせる最高の仮面だ」
「ま、また冗談を……」
「冗談じゃないっていつも言ってるのに」
「っ!」
分かって貰えるまで延々と言い続けるからな。
プックルは火傷のせいで自分が可愛いだなんて思ったことも無かったはずだ。
だからしっかりと可愛いって伝え続けて自信を持ってもらいたいんだ。
「それともう一つ。出来れば口元が露出しているタイプの仮面が良いかな」
「口元……ですか?でも……」
プックルの火傷の跡は口元にまで広がっている。
その仮面では肝心の跡を隠し切れないと思っているのだろう。
「やっぱり少しだけでも見えちゃうのは嫌か」
「シュウ様にご迷惑をかけてしまいますので……」
「え?俺?」
「はい、隣に火傷跡が目立つ醜い女がいたら、シュウ様が悪く思われてしまいます」
プックルは火傷跡が見られることが嫌だったわけでは無かったのか。
俺の為に仮面をつけてくれるとか、俺はなんて愛されているのだろうか。
嬉しい。
だがここは素直に喜ぶところでは無い。
しっかりと言わなければならないことがある。
「プックル」
「は、はい」
「自分のことを醜いだなんて二度を言わないでくれ」
「あ……」
「俺は本気で君が可愛いと思ってるんだ」
「はい……ごめんなさい……本当にっ……ごめん……なさい……」
そっと優しく抱き締めて彼女をあやしてあげる。
火傷のせいでプックルが負った心の傷はあまりにも深いのだろう。
こうして彼女のネガティブな心を癒し、ポジティブに変えてあげられたらと心から思う。
きっとそれが婚約者として俺がやるべき役目であり、俺自身がそれをやりたいと思っているから。
プックルはしばらく俺の胸の中で泣くと、そっと体を離した。
「お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」
「恥ずかしいところもたっぷり見たいから、何度でもどうぞ」
「もう、もう!」
そうやって笑顔で照れる彼女はやっぱり可愛らしい。
たとえ火傷の跡があろうとも。
「あ、そうだ!」
「?」
彼女は突然、何かを思い出したかのように部屋の中に戻った。
そして再び部屋から出て来た彼女は新たな仮面を身に着けていた。
「おお、良いじゃん!」
「やった!」
その仮面は口元が露出し、目も見えているのでアイコンタクトも可能。
色合いは全体的に薄いピンクで、薄毛が生え、少し風変わりな格好良い縞模様がつけられていた。
「ピンクスパイダーの仮面なんです」
「なるほど、格好良くて可愛くて口元が見えている。それに何よりもとても似合っている。良い仮面だと思うぞ」
「でしたらこれにします!」
ピンクスパイダー。
つまり蜘蛛の仮面か。
蜘蛛と言うと某蜘蛛男をイメージしてしまうが、これは可愛く擬人化した感じの蜘蛛女をベースにしているっぽい。
「一つお聞きしても良いですか?」
「何だい?」
「どうして口元が開いている仮面の方が良かったのですか?」
そりゃあもちろんキスをするためさ。
なんて理由では無い。
本当だぞ。
キスするときは仮面を外して素の姿でしたいからな。
俺が口元を開けて欲しいとお願いした理由は二つ。
「だって外で一緒にご飯を食べるときに、そっちの方が食べやすいだろ」
「え?」
「食べ歩きとかもしてみたいしな。その時に仮面が気になって食べにくいとかなったら面倒じゃん」
「くすくす。そうですね。本当にその通りです」
そんな理由で、なんて言われなくて本当に良かった。
一緒にご飯を食べる姿を想像して期待してくれているみたいだ。
ちなみにもう一つの理由は、火傷の跡が少しでも見えていれば仮面をつけている理由を周囲の人が察してくれて、彼女が変な目で見られなくなるだろうと思ったからだ。
だが先ほどの答えだけで満足してくれているのだから、敢えてそれを言う必要はあるまい。
「一つリクエストして良いか」
「何でしょう?」
「格好良くポーズを決めて見てくれ」
「格好良く……こんな感じでしょうか?」
プックルが選んだのは両手を握った格闘の構えのポーズだった。
そしてそのままパンチとキックの型を演じてくれた。
「えい!えい!とりゃあ!どうですか?」
「おおー格好良い!いいじゃん!」
「やった!」
戦う姿も様になっているし、違和感は全くない。
これなら日常も探索も良い感じでこなせそうだ。
「仮面闘士ぷっくる、誕生だな」
「それ素敵です!名乗らせてもらいます!」
ぷっくるが平仮名なところがポイントなのだが、自動翻訳的な何かが働いているだけでこの世界は日本語とは違う文字を使っているので言っても通じないか。残念。
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