19. エピローグ
「知らない天蓋だ」
しかもフカフカで全身が柔らかな何かに包まれているかのように気持ち良い。俺はベッドは硬め派だったのだけれど、このベッドは柔らかくても寝心地が良いな。
「おはようございます」
「おはよう、プックル」
プックルがベッドの傍で座っていて、俺の左手を優しく握りながら挨拶をしてくれた。驚かずにすぐに挨拶を返せたのは、目が覚めた時にプックルが傍に居るんじゃないかって予感がしたからだ。
「いやぁ良く寝ぶっふぉあ!」
「動かしてはダメですよ」
体を起こそうと思ったら、全身にあまりの激痛が走り動かせなかった。
この症状はとても馴染みがあるやつだ。
「筋肉さんが痛い痛~いしてる」
「くすくす、それならもう少し休ませてあげないとですね」
「そうだな」
こうしてプックルが心からの笑顔を見せてくれているということは、王都は助かったということなのだろう。もしも未だに酷い有様ならば、彼女は気に病んで表情に影が差すはずだからな。
「何がどうなったのか教えてくれるか?」
「はい」
俺としてはプックルの笑顔をひたすら眺めていたいのだけれど、流石に何が起きたのかは無視できない。何もかも解決したと分かってから存分にプックル分を堪能させてもらおう。
「シュウ様が森に向かわれた後、私達は遠視の魔道具を使って森の様子を観察していました」
「遠視の魔道具?」
「はい。物見櫓に設置してあります」
「それってどのくらい遠くまで見えるの?」
「あの森の入り口くらいなら拡大してくっきり見えますよ」
「わぁお、見られてたんだ」
要は望遠機能付きの監視カメラみたいな奴ってことだろ。
あの状況で物見櫓までわざわざ移動するとは思えないし、恐らくはカメラの映像を玉座付近で見る方法があったのだろう。
「続きをお願い」
「はい。しばらく見ていたら森の中からシュウ様が飛び出されて来てびっくりしました」
プックルが悲しそうな顔になったので、左手に触れてくれている手を軽く握ってあげた。それだけなのにめっちゃいてぇ、特に手首がヤバイ。
心配かけてしまったバツとして甘んじて引き受けよう。
「その後に恐ろしい魔物が森から出て来て倒れたまま動かないシュウ様を掴んで……」
「あ~その話はそこまでで良いよ」
てっきり森の外に出てすぐに目覚めたのかと思ったが、外に出てからもボコされてたのか。
「シュウ様」
「な、なんだ?」
プックルが真剣なまなざしで俺を見ている。
これが甘い雰囲気ならば間違いなく口づけのタイミングなのだが、もちろん違うしやろうにも体が動かない。
「あの魔物は魔王種ですか?」
そう問いかけるプックルの体は少し震えているように見えた。
それもそうか。
魔王種なんて災害級の魔物が王都の近くに現れたら怖くてたまらないだろう。
「さぁ、どうだろうな」
「誤魔化さないでください」
「……どうしてそう思ったんだ?」
「シュウ様があの魔物とお話されているように見えましたので」
魔王種以外の魔物は知性が無い。
つまり会話出来ている魔物という時点であれが魔王種であることは確定的ということか。ぶっちゃけ俺もそれで判断したからな。
「話はした。滅茶苦茶強かった。だからといってあれが本当に魔王種なのかどうかは俺には判断が……」
「凄いです、凄いです、凄いです! シュウ様は魔王種を倒した英雄なんですね!」
「いや、だからあれが魔王種かは……」
「絶対に魔王種です。そうに決まってます。騎士団長もあんな動きをするような魔物は魔王種以外に考えられないって言ってました!」
「そうですか」
現地人のお墨付きならそうなんだろうな。
そっか、やっぱりアレは魔王種だったのか。
倒しちゃったよ。
「ああ……まさか英雄様が誕生する瞬間をこの目で見られるなんて、しかもその英雄様が私のだ、だ、旦那様だなんて、きゃあ~~~~っ!」
魔王種を倒す英雄譚に憧れてたからか、乙女モードが爆発しとる。
かわいいなぁ。
でもごめんな。
せっかくの英雄譚なのに英雄らしくないみっともない戦い方をしてしまった。
喜びに水を差すのも悪いかと思ったが、真実を知らずに喜ばせるのは申し訳なかったので、俺は臭い息戦法について正直にゲロった。臭いだけにな。
「魔王種が相手なので卑怯とか見栄えだなんて関係ありませんよ」
だがプックルは何も気にしていないようだった。
「むしろあそこまで一方的にやられても諦めずに、必死に策を巡らせて愚直に戦い抜いて勝利するだなんて最高に格好良いです!」
「天使かな」
もしかしてこの子、全肯定してくれるタイプの女の子ですか。
俺みたいな認められなかった人生を送って来た人にはクリティカルヒットなんですけど。
「しかも聞いたことも無い新種の魔法を使えるだなんて凄すぎます!」
「いや、でも臭魔法だぞ」
「素敵!」
うん、これはダメにさせられる気がする。
堕落しないように気をつけないとアカンな。
「とりあえずエリンギゴリラを倒した後の話を聞かせてくれるか?」
「エリンギゴリラ? あの魔物の名前ですか?」
「ああ、いや、俺が勝手にそう呼んでいるだけで名前は聞いてないな」
「じゃあエリンギゴリラにしましょう」
「ぶほっ!?は、腹が痛っ……ぐぅっ……」
「?」
ごめんよ魔王種さん。
俺のせいで君の名前がエリンギゴリラとして後世まで語り継がれてしまう。
「魔王種を倒した人が名付けたのなら誰も文句は言いませんよ。それに響きが良いじゃないですかエリンギゴリラ」
「ぶほっ! いだい、いだい、お願いだからもうその名前呼ばないで」
「?」
死してなお俺に攻撃して来るとは、エリンギゴリラめ、やるな!
「話を続けようか」
「はい、シュウ様がエリン……魔王種を倒した後、今にも気を失いそうな程にフラフラになりながら王都に戻って来るのをハラハラしながら見ていました。すぐにでも駆け出して回復してさしあげたかったのですが、外はまだ強烈な香りが漂っていたため出ることが出来ませんでした」
そこは俺が想像していた通りだな。
「シュウ様は騎士団の監視所付近でお倒れになり、そのまま身動きがとれないご様子でしたので、今度こそ無理を承知で飛び出そうとしたのですが、すぐに異変が起きました」
「異変?」
「王都の香りが東側から徐々に消えたのです」
「え、東なの?」
俺がいたのは西側で、そっちで吸臭を使っていたのにどうして王都の東側の臭いが先に取れたんだ。
「サイエナーさんとプレックが魔力の流れを確認したところ、臭いを伴う魔力がシュウ様の体に吸い込まれていることが分かりました」
「それは俺の臭魔法の効果だな」
「やっぱりシュウ様のおかげだったんですね!」
その二人は魔法が得意な人だからか、俺がアレを吸収していたことも分かったんだな。
「でもどうしてそれで王都の東側から臭いが消えたんだ?」
「この辺りの魔力が引っ張られるようにしてシュウ様のお体の方に向かっているって言ってました」
「なん……だと……」
つまり魔素は繋がっていて、引っ張ると全体がつられて寄って来るタイプのものだったのか。それじゃあ近くにいたアッゴヒーグさんの所は最後の最後まで臭いが取れないってことになる。完全に大失敗だ。
「あれ、だとするとどうして俺はここにいるんだ?」
あのときの俺の魔力残量から考えるに、大した量は吸収出来ていなかったはずだ。だとすると俺は臭い場所から移動できず、他の人が助けに来ることも出来ずあそこに倒れたままのはずだ。
「シュウ様が全部吸い取ったからですよ」
「え? マジで?」
「はい。気を失いながらも吸い取り続けている様子でした」
「いやいや魔力切れなのにそんな馬鹿な」
「不思議ですね」
自分では自然に振舞ったと思っているかもしれないが、俺にはそれは通じないぞ。
『不思議ですね』と言おうとする前に唾を飲み込んで気合を入れただろ。何か隠しているな。
「空気が綺麗になったので急ぎシュウ様のところに向かい、王城にお運びして傷ついた体を休めて貰ったというのが私が知る全てです」
しかも最後だけ少し早口だった。
一体俺が気絶した後に何があったんだ。
「プルプックル様。嘘はいけませんよ」
「ひゃあ! エリー起きてたのですか?」
「お二人の邪魔をしたくなかったので黙ってました」
「もう……」
どうやら俺の視界の範囲外にエリーさんがいたようだ。プックルの様子から判断するに、寝ているフリをしていたのかな。筋肉痛が酷すぎて部屋の中を見回すことすら困難なので気付かなかったわ。
「エリーさん、嘘ってなんのことですか?」
「あう……あう……」
プックル様が赤くなって動揺しているが、そんな反応をするなんてマジで何があったんだ。
「あなたは死ぬところだったのよ」
「そうですね。あそこまで徹底的に痛めつけられたら死んでもおかしくなかったと思います」
「そうではなくて、魔法の使い過ぎによるものよ」
「え?」
魔法の使い過ぎだって。
魔法は魔力が無くなると気絶して使えなくなるだけだろ。
「あなたは足りない魔力を生命力で補って強引に魔法を使い続けたのよ」
「わぁお」
そりゃあ死ぬわ。
生命力だって大して残っていなかっただろうに、良く生きてたな。
「もしかして今日って……」
「七日間経ってるわ」
「デスヨネー」
「どうして嬉しそうなのよ」
「なんてことを言うんですか、心配かけて申し訳ないって思ってますよ」
だから頬をプクーっとして怒らないでくださいプックルさん。
確かに『俺ってどのくらい寝てたんですか?』の定番ネタを体験出来て嬉しかったけどさ。
「まったくあなたって人は」
「それで、俺が死にそうだったってのがプックルの嘘なんですか」
「うふふ、そうなんだけど、彼女の嘘はここからが本番よ」
「ま、まってぇ……」
「プルプックル様はこう言っているけれどどうする?」
「お話しください」
「シュウ様のいじわる……」
くそぅ、体が動けば滅茶苦茶撫でまわしてやるのに。
「私達は慌てて貴方のところに駆けつけたけれど、誰も近寄れなかったのよ」
「どうしてですか?」
「貴方の体から猛烈な臭いが漂っていたから」
なるほどな。
言われてみれば『吸臭』なんだからその可能性は高かったじゃないか。
魔法なんだから吸い取った臭いは溢れ出てこないと勝手に思い込んでしまっていた。
「それじゃあどうしたんですか?」
「魔法で厳重に封印して王城に運び込んで、徹底的に除臭したわ。どれだけ臭いを消しても延々と出てくるんだもの、やになっちゃった」
「それはそれはご迷惑をおかけしました……」
特級呪物みたいな扱いで運ばれたんだろうなぁ。
「あれ、でもどうしてプックルはそれを黙ってたんだ?」
ただ運んだだけだなんて嘘をつく理由は今の所なさそうだ。
「かいがいしくあなたの除臭をやってくれたのよ」
「そうだったのか。ありがとうプックル」
「……はいぃ」
「なんでこんなに真っ赤なのですか?」
「うふふ」
除臭ってことは例の液体をかけ続けてくれたってことだよな。
どこに真っ赤になる要素があるのだろうか。
「臭いはあなたの全身から染み出ていたの。頭の先から足の先まで」
「はぁ」
「だから私達は全身に除臭液を振りかけ続けたのよ」
「ありがとうございます」
「うふふ、まだ分からないのかしら。全身なのよ。もちろん衣服なんてつけたら邪魔なだけだから脱がしてね」
「!?」
それってつまりお腹の下でふとももの上あたりのぱお~んさんも見られてしまったと言うことか!
「見たの?」
「~~~~っ!」
「見たんだ」
「聞かないでください」
「どうだった?」
「シュウ様のいじわる!」
「最後のは流石に私でもドン引きよ」
俺もそう思う。
今のはかなり気持ち悪かったな。反省反省。
「大体状況は分かったよ」
想定外のこともあったけれど、どうにか王都を救うことが出来たみたいだな。
決して英雄になりたかったわけではないけれど、自分にしか出来ないことをやりとげられたってのは嬉しいもんだ。
「シュウ様のおかげで王都は救われました。本当にありがとうございました」
そしてそれが認められるっていうのも嬉しいもんだ。
「どういたしまして」
何はともあれ、これにて一件落着だ。
王族を呪い殺そうとして、更には魔物を強化させて王都を襲わせようとして、終いには臭いによる攻撃を仕掛けて来た魔王種は消えたんだ。これからはまた穏やかな日常を過ごせるだろう。
その前にやることが一つあるけどな。
「さっさとこの筋肉痛を治して森に行かないと」
「どうしてですか?」
「そりゃあ霊薬の素材を探しに行くためだよ」
プックルの顔の火傷痕を治すのが次の目標になる。
「残念ながらあの森に行っても意味無いわよ」
「え?」
「臭いが消えたことで素材は全て元に戻ってしまったから」
「なんだってええええええええ!」
そういえば森の中に沢山生えてた臭気を放つキノコが無くなってた。
吸臭は俺を中心に周囲の臭いを吸収する魔法だから、背後の森の香りまでも全部吸い取ってしまった。その結果、森が十年前の初心者向け狩場に戻ってしまったというのか。
「なんてことだ……霊薬が……」
「シュウ様、気を落とさないでください。私は大丈夫ですから」
「プックル」
でも心の底ではその火傷痕があることを俺に対して申し訳なく思っているだろう。俺がどれだけ気にしないって言っても、その気持ちを完全に払拭することは出来ないはずだ。それに、俺の事が無かったとしてもこの子は年頃の可愛い女の子なんだ。綺麗な素肌に戻して精一杯おめかしを楽しんでもらいたい。
それなのに……
「そんなにがっかりする必要は無いわよ。あの森の素材の中に霊薬の材料に変わる物は無かったと思うから」
「気休めじゃなくて?」
「ええ。気になるなら後でレシピ本を読みに来なさい」
「是非」
だとすると、別の所に探しに行かなければならないのか。
「なぁプックル」
「はい」
「探索者をしながら霊薬を探す旅とか面白そうだと思わないか?」
「はい!」
強い探索者を夢見て、俺を認めてくれて、滅茶苦茶可愛い最高のパートナーが出来たんだ、少しくらい冒険しても良いよな。
尤も、魔王種なんてのはもうお断りだが。
フラグじゃねーぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます