18. VS魔王種 後編
魔法。
異世界モノでは定番であり、魔法が使えると分かると喜ばない日本人はまず居ないだろう。
とはいえひとえに魔法と言っても種類は様々だ。
魔法と魔術で違いがあるもの。
イメージした現象を魔力的なものをつかって具現化するもの。
魔法陣や詠唱などの特定の行動が必要なもの。
ではこの世界の魔法が何に当てはまるかと言うと、ゲーム的なものと言えるだろう。様々な経験を積むことで突然使い方が分かるようになるのだ。
例えば敵と戦い続けると新しい攻撃魔法を覚え、製薬の練習をすると製薬魔法を覚えるといった形である。
ただし覚えた直後は魔法の発動が上手く出来ず、何度も繰り返すことでまともに使えるようになるのだ。きっと熟練度的なものがあるのだろう。
ステータスもレベルも無い世界なのに、魔法に関してだけはゲーム的なのが実に不思議だ。
それはさておき、俺は一年間の臭い森の探索で、ある魔法を覚えた。
その魔法は練習していないのでまだうまく使えないけれど、プックルからもらった宝石を使えば使いこなせるかもしれない。
そしてそれこそが、エリンギゴリラを倒す可能性があると気付いたのだ。
というかこれが上手く行ってくれなかったら死ぬ。
もう他に手段が無いから絶対に成功してくれ!
エリンギゴリラは今にも溜め攻撃を放とうとしている。
やるなら今しかない。
「すぅ~」
まずは息を大きく吸う。
「なんだ、俺の真似か?」
あんた溜めながらも会話出来るのか。
その余裕の表情をすぐに歪めてやるからな!
「はぁ~」
そして吸い込んだ空気を大きく吐き出した。
「はっはっはっ、一体何をしたいんだがオエエエエエエエエ!」
「よっしゃああああああああ!」
溜めを解除して膝をつかせてやったぜ。
無防備なわき腹に向けて全力でアッパーをぶちかます!
「おりゃあ!」
「ぐふぉお!」
手ごたえ、あり!
吹き飛ばすまでは行かなかったが、転がすことには成功した。
「てめぇ!」
わき腹を抑えてこっちを睨んでいるということは、効いているという証拠だ。
ようやく一矢報いたぜ。
「ぶっ殺す!」
ダメージを受けたことに激昂したエリンギゴリラが凄まじい勢いで突撃して来るが、そんなに単純な動きで良いのかな。
「はぁ~」
「うっ……オエエエエエエエエ!」
「おっとばっちい」
ゴリラのゲロがぶっかかるところだった。
吐いているところ悪いが隙だらけですよ。
「ほいさ」
「ぐぅお!」
サイドに回ってもう一度わき腹に一撃。
動かない的が相手ならば殴り放題だ。
「な、何をしやがった……」
「さぁてな」
こっちは弱者なんだ、お前みたいに何もかもペラペラしゃべる余裕なんて無いんだよ。
「どうした? かかって来ないのか?」
「…………舐めるな!」
またしても馬鹿正直に正面からか、と思いきやフェイントで横に回って来た。
「ふぅ~」
俺がやるべきは息を吐くだけだから、エリンギゴリラの動きが追えてさえいれば簡単にカウンターを喰らわせられる。
「オエエエエエエエエ!」
はいはい無防備無防備。
「オラァ!」
「ぐはぁ!」
これこそが大逆転の秘策、『臭い息』戦法だ。
俺が覚えた魔法は『臭魔法』というもの。
その『臭魔法』の一つである『臭い息』をエリンギゴリラに吹きかけて行動不能にしたのだ。
だがこれは賭けだった。
臭い魔素を生成するエリンギゴリラは臭みに耐性がある可能性が高かった上に、そもそも人間のように香りを感じる機能があるかも分からなかった。
しかし、この森とは違う種類の強烈な臭いを生成して吹きかけたら効果は絶大。賭けに勝ったことで形成逆転だ。
「これまで良くも好き放題殴ってくれたな」
「ぐっ……」
「ここからは俺のターンだ」
なんて格好良さそうなことを言ったけれど油断はしない。
「すぅ~」
息を吸ってエリンギゴリラの攻撃に備える。
しかしゴリラはこちらの様子をうかがうだけで一向に攻撃してこない。
息を吸ったまま止めておくのも辛いので一旦吐いて仕切り直しだ。
「はぁ~」
「馬鹿め!」
この野郎。
俺が吐いた瞬間を狙って攻撃してきやがった。
息を吸うのは溜めるのと似ている。
溜められる前に攻撃してしまえという考えなのだろう。
「ば~か」
「オエエエエエエエエ!」
ここまで綺麗に罠にかかってくれると超気持ち良いな。
「別に溜める必要なんてないんですよ~だ」
「ぎざま~!」
「ほいっと」
「ぐふぅ!」
硬い相手には同じところを繰り返し攻撃すると効くってのが定番なので脇腹ばかり狙ったが、相当辛そうな顔をしているのでかなり効いているようだ。吐き気と痛みのダブルで辛かろう。
臭い息は本物の息に乗せて放っているわけではない。あくまでも口から息に模した臭いものが放たれるだけ。その範囲は目の前数メートルを一瞬で覆うくらいあるから、接近戦を仕掛けてくるゴリラとは相性がとても良い。
「悪いが俺は弱者だ。このまま押し切らせてもらう」
「ま、まで!」
「はぁ~」
「オエエエエエエエエ!」
身体能力ではエリンギゴリラの方が上だ。
このまま俺に攻撃できないと分かったら、逃げ出したり王都方面に向かって人質を取ったりしてくる可能性がある。
こいつはこのままここで身動きを取らせず倒さないとダメだ。
「少しは!」
「オエエエエエエエエ!」
「俺達の気持ちが」
「オエエエエエエエエ!」
「分かったか!」
「オエエエエエエエエ!」
何度も何度も臭い息を吹きかけながら動きを止め続け、蹲るエリンギゴリラをひたすらぶん殴る。後は俺の魔力や体力が尽きる前にこいつを倒しきれるかどうかだ。
「や、やめ、オエエエエエエエエ!」
「や~めない」
しかしこの戦い、傍から見たら絵面がヤバくないか。
ゲロ吐きまくって動けない無抵抗なゴリラを延々と殴り続けるとか、すげぇ非道なことをしている気になって来る。こいつが魔物であるから殺すことに嫌悪感は無いんだけどさ。
どうにかして攻撃魔法を覚えておくんだった。
そうすればトドメくらい派手に出来たかもしれないのに。
「あ、死んだ」
一時間くらい殴り続けただろうか。
ようやくエリンギゴリラが動かなくなった。
でも念のため。
「ぷはぁ~」
「オエエエエエエエエ!」
やっぱり死んだふりだったか。
これまでで一番の特濃息をふっかけたら反応しやがった。
まさかあまりの臭さに蘇ったなんてことないよな。
もしそうなら俺ってマジで非道なやつじゃないか。
死んだ奴に強引に臭い息をかけて蘇らせてもう一度殺すなんて……
いや、こいつは王都民を臭いで苦しませるという醜悪な行いをしているのだからこのくらいの仕打ちは許されるかな?
「今度こそ死んだかな」
再度息を吹きかけたら今度は反応しなかった。
そのまましばらく待っているとエリンギゴリラは消えた。
貴重な魔王種の素材を欲しい人が沢山いただろうが、俺は解体出来ないし王都に持って行く体力も残されていなかったから諦めた。
「ふぅ~」
臭い息では無く、今度は緊張が解けたことによる自然な呼吸だ。
体中が痛く、あまりの疲れで大の字になって横になる。
「勝った……のか……」
まさかの魔王種との遭遇に、心が折れそうな程のフルボッコ。
身体能力が劇的に向上されていたとはいえ、勝てたのは奇跡といって間違いないだろう。
「すっげぇいてぇ。でも生きてる」
痛みによるものか、生きている喜びによるものか、今になって涙があふれて来た。
こんな姿、プックルには見せられないな。
プックル!?
やばい、王都のこと忘れてた。
臭いの元凶は倒したけれど、まだ森の周りは臭いままだ。
急いで戻って皆を助けないと。
幸いにもなのか、都合良くなのか、エリンギゴリラを倒したことで皆を助けられる新たな魔法を覚えた。
「今行くからな!」
ふらつく体を無理矢理動かして、王都に向かって走り出した。
散々殴られたダメージによるものか、また視界がぐらついてきた。
あの森からフラフラで王都に戻るとか、つい最近やったばかりじゃないか。
もうゲロダイブはこりごりだ。
今回倒れるのはプックルの腕の中が良いな。
ってダメじゃん!
俺の体ってめっちゃ臭くなってるからプックルに近づけないよ。
プックルどころか誰にも近づけないから、気絶でもしようものなら皆から危険物扱いされる未来しか見えない。
こんなに頑張ったのにあんまりだ!
こうなったらなんとしても気合で意識を保って、あの風呂屋で体を清めてやる。
そして綺麗になった状態でプックルに迎えてもらうんだ。
「とでも思わなきゃ体が動いてくれそうにないや。はは」
走っているつもりなのに歩いているのと同じくらいのスピードしか出ていない。足がガクガクで常に気合を入れ続けないとすぐにでも倒れてしまいそうだ。
どうする。
王都に行くのは諦めてここで例の魔法を使うか。
だがエリンギゴリラとの戦いで魔力をかなり消費してしまい、残りの魔力では目的を達せられるとは思えない。プックル達と合流して魔力回復ポーションをもらわなければ王都の皆を救いきれない。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
全身が熱い、フラフラする、吐き気がする、めまいもする。
大切な人達の顔を思い出してどうにか耐えているが、まだ騎士団の監視所に近づいただけ。半分くらいしか進んでいない。
「あっ」
足をもつれさせて倒れてしまった。
「いか……ないと……」
腕を立てて立ち上がろうとするけれど、全身に力が入らず体を起こせない。
「何か……何か方法はないのか……」
プックルがゲロインにならないために、どうにかして王都に辿り着きたい。それがダメならせめて魔力回復ポーションを誰かに持って来てもらうしかない。でも王都の皆は倒れているし連絡手段もないから後者は無理だ。
やっぱり気合で王都まで進むしかないのか。
しかしもうどうやっても体が動きそうにない。
このままだと王都はどうなるのだろうか。
魔素を生み出したエリンギゴリラは死んだから、魔素は動くことなくずっと王都に留まり続けるのだろうか。それとも魔素も消えてなくなるのだろうか。消えるにしてもどのくらいの時間が必要なのだろうか。少なくとも俺の周りはまだ臭いから消えるには時間がかかりそうだ。
王都民は吐き続けて体力の限界だろう。一刻も早く治療しないと心や体の障害となって残ってしまう人もいるかもしれない。
「くそっ、動けよ。動きやがれ!」
その憤りが意識を鮮明にするが、だからといって疲弊しきった体は動いてはくれなかった。
「せめて監視所に誰かが残っていれば助けを求めるのに…………っているじゃん」
監視所に、では無い。監視所をもう少し進んだ先に、臭い森へ採集に向かおうと訓練していた騎士団の一団が倒れていたはずだ。ここからそう遠くない場所に居る彼らを助ければ、俺を見つけて回復してくれるかもしれない。
「また賭けか」
だが悪くない賭けだ。
アッゴヒーグさんはアレでも元騎士団長らしいので、適切な判断を下してくれるはずだ。下してくれるよな、いまいち信じられないがあのオッサンに託すしかない。
やることが決まったら意識が落ちる前に早速行動開始だ。
この魔法は魔力さえ残っていれば地面にぶっ倒れた状態でも発動できる。
「吸臭」
その名の通り、周囲の臭気を俺の体内に取り込む魔法だ。
これを使ってこの辺り臭気を吸収し、アッゴヒーグさんが倒れている辺りまで空気を浄化する。その後はアッゴヒーグさんが俺に気付いてくれるかの賭けになる。
「ぐっ……魔力結構使うな。それに気持ち悪い」
疲れによるものではなく、異物である臭気が体に吸い込まれることによる違和感が吐き気を増長させているのだ。
そういえばこの臭いって魔素なんだよな。
もしかして吸い込むことでもっと基礎能力が強くなったりして。
はは、まさかな。
これ以上強くなると、陛下とかに強い魔物の討伐に行ってこいだなんて無茶な王命を出されそうで嫌なんだよ。
魔王種なんて百年に一度現れるかどうかのレアな相手だ。もう二度と会うことは無いだろうから、後はプックルを守って平和に生きられるくらいの力があればそれで良いんだが。
「あ……れ……?」
おかしい。
そろそろ魔力が尽きるから魔法を止めようとしているのに、何故か止まらない。
まずい、このままでは魔力切れで気絶してしまう。ここで気を失ってしまったら意味が無いじゃないか。
止まれ、止まれ、止まれよ!
くそぅ、覚えたての魔法だからか、制御の宝石があっても制御しきれない。
「あ……」
限界が来てしまった。
これまで必死に気を保とうと頑張っていたのに、そんな努力など無意味だとでも言うかのようにあっさりと視界がブラックアウトする。
チクショウ……皆を守れなかった……
プッ……ク……ル……
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