22. プックルの探索者登録とギルドマスター
「ここが探索者ギルドですか」
「ああ、中は少し騒々しいがそういうのは平気か?」
「はい!」
知り合いの様子を確認するのとプックルの探索者登録をするために一緒に探索者ギルドにやってきた。
いかつい男が出入りしているから少しは気後れするかなと思っていたが、よくよく考えたら屈強な騎士達に混じって訓練してたのだからこのくらい平気か。
「それじゃ入ろう……!?」
いつも通りに普通に中に入ったら、なんとギルド内の全ての人が俺達の方を向いて来たじゃないか。
最初にここに来た時はスルーだったのにどうして今更!?
まさか仮面をつけたプックルに『怪しい奴!』とかなんとか言って因縁つけようって訳じゃないだろうな。争いごとは苦手だが、プックルを傷つけようとするのなら守ってみせる。
そう思い身構えていたら、奴らが一斉に襲って来やがった。
「うおおおおおおお!」
「英雄様の凱旋だ!」
「あんたが王都を救ってくれたんだろ!」
「ありがとう!」
「陰で採集者だなんて言ってマジごめん!」
「臭い臭いって嫌悪してたのマジごめん!」
「よっ!ヒーロー!」
「え?え?どゆこと?」
てっきりプックルが目当てなのかと思ったら、こいつら全員彼女のことを気にせず俺に群がって来やがった。しかも英雄だのなんだの褒め称えてきやがる。これまで無視か嫌悪しかしてこなかったのに、一体どういう風の吹き回しだ?
「よう、英雄様。やっと来たか」
ハーゲストのオッサンが来てくれたのでこの状況について聞いてみよう。
「オッサン。英雄ってどういうことだよ」
「あぁ?何言ってんだよ。そんなの王都を救ったことに決まってんだろ。お前がやったんだろ?」
つまりなんだ。
ここの連中は、俺が王都襲撃事件を解決したと知っている訳か。
「なぁプックル。もしかして俺のことって」
「大々的に説明してあります!」
「そ、そっか……」
異世界モノだと活躍した時に自分のことは黙っていて欲しいと権力者にお願いするのが定番だ。
俺も注目されるのが苦手だったのでお願いしたかったのだが、魔王種を撃破するような英雄に憧れているプックルが俺のことを誇りに思ってくれているようだったので、なるべく卑下せずにせめて英雄として扱われることくらいは我慢しようと考えたのだ。
だが実際に街に出てみると街の人々は俺に全く興味が無さそうだったので、大して知られていないのだろうと思っていた。かと思えば探索者ギルドでは人気者扱いであり、何がどうなっているのか混乱気味。
「どうした変な顔して」
「いやまぁここに来るまでとの温度差についていけてないだけだ」
「そりゃあ外の連中はお前さんの顔なんか知らない奴が殆どだからな」
「なるほど、納得したわ」
顔写真が出回っているとかそういう訳じゃなかったのね。
毎日通っていた探索者ギルドなら臭い森に通う変人としてそこそこ知られていて顔も覚えられていたが、外だと臭い人として嫌っている人はいたけれど数はそんなに多くないから今日は気付かれなかったということか。
「なぁなぁ魔王種との戦いの話を聞かせてくれよ!」
「どんな奴だった?」
「どうやって倒したんだ?」
「死にそうになったって聞いたぜ。超激戦だったんだろうな!」
俺が腑に落ちた顔をしたからか、話しかけても良いと勝手に判断したギャラリーが話を聞かせろと迫って来た。
別に聞かせても良いのだが、あまりの無様な戦い方にがっかりするだけだぞ。
今のところドン引きしなかったのはプックルだけだ。
それに今は先にプックルの探索者登録をしておきたい。
「話しても良いが、そもそもお前ら探索に行かなくて良いのか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
今は昼前なので普通の探索者なら探索に出ている時間帯だ。それなのにどうして探索者ギルドに屯っているのか疑問に思ったから聞いただけなのに、一斉に黙ってしまった。
「おい、オッサン」
「…………」
しかもハーゲストのオッサンまでも口を閉ざし目を逸らしやがった。
どういうことやねん。
「わっはっはっ!聞いてやるな」
「え?」
気まずい沈黙を打ち破ったのは、ギルドの奥からやってきた見知らぬ男性だった。
頭髪量が多く、無精ひげが長く、手や脛の毛も長く、全身毛むくじゃらの壮年の男。
体毛が濃いのは男性でも欠点だと考える人が多いけれど、この人は敢えて露出して見せている感じがあるから自信があるのだろう。
ふさふさか。ハーゲストのオッサンの天敵かな?
おいコラオッサン、内心読んでこっち睨むな。
「あの、失礼ですがあなたは?」
相手はラフな格好ではあるものの、偉い人オーラを察知したので丁寧に応対する。
「おっとそうか。私のことを知らなかったか。私はギルドマスターのシャスバーンだ。よろしくな」
「ギルドマスターでしたか。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は探索者のシュウと申します。御ギルドには日頃から大変お世話になっております」
「お、おう。なんだお前。探索者なんてやっている割に礼儀正しいじゃねーか。というか正しすぎで気持ち悪いわ。普通に話せ」
「分かりました」
少しやりすぎたか。
とはいえ普通に話せと言われて普通に話したら激怒するような相手をこれまで何人も見て来たから注意が必要だ。尤も、ギルマスはそういう面倒くさいタイプでは無さそうだからあまり気にしなくても良いかもしれないが。
「それで先ほどの『聞いてやるな』とは一体?」
「なぁに。こいつらにはちょっとした罰を受けて貰っている最中なのさ」
「罰?」
「ああ。ここにいるのはあの日、街の人々を見捨てて真っ先に逃げたクズ野郎だ」
「そういうことでしたか」
別に探索者ギルドが街の人々を守らなければならないなんて規則は無いのだけれど、困った時は助け合うのが社会で生きる人として基本的なルールだ。
それにギルドは街の人々の依頼があって成り立っている。それなのに街の人々を見捨てたとあっては評判や信頼が低下し、ギルドを通して依頼をしてくれなくなってしまうかもしれない。
ギルドマスターとして彼らの行動は見過ごせず、しばらくの間は探索禁止などの罰を与えているのだろう。良く見るとそこらへんに掃除道具が散らばっているし、ギルドの掃除を命じられていたのかもしれない。
「あれ、ということはオッサンも?」
「オッサン?」
「ハーゲストのオッサンのこと」
「ああ、あいつか。あいつはそもそも探索者じゃないぞ」
「え!?あんなに先輩風吹かせて教えてくれたのに!?」
まさかの事実に今日一でびっくりしたわ。
ベテラン探索者じゃなかったのかよ。
「おい待てシャスバーン!その言い方は語弊を生むだろう!」
「なんだ。間違っていないだろう」
「元探索者だ。一番重要なとこが抜けてるじゃないか!」
無知なタダのオッサンに適当なことを吹き込まれたのではなくて本当に良かった。
元探索者だったのね。だから探索に出ないでいつもギルドに居るのか。
しかもギルマスと普通に会話しているってことは、それなりのベテランだったのかもしれない。
もしかすると俺がオッサンを現役探索者だと勘違いしているのが面白くて敢えて言わなかった説があるぞ。だとするとさっき顔を逸らしたのはそのことがバレそうになって気まずかったのかもしれない。
「元探索者なら今は探索者じゃないってことだ。無関係な奴はここに来ないでもらおうか」
「はん!俺がいなければ今頃何人もの新人が無謀な依頼を受けて死んでたぞ!それなのに無関係とはたいそうな物言いだな!」
「てめぇごときが居なくても誰も死にやしねぇわ。自意識過剰だ馬鹿」
「馬鹿はてめぇだろうが!競争を煽るやり方をいつまでも続けているせいで探索者同士の無駄な小競り合いが一向に無くならねぇ。良い加減にその競争主義を止めやがれ!俺がいなければもっと死人が出てたぞ!」
「競争するからこそ探索者は強くなれるのだ。てめぇみたいに過保護にしたって誰も喜ばねぇんだよ」
おかしいな。
ギルマスにオッサンについて聞いていただけなのに、いつの間にか言い争いになってしまっている。
しかもどうやら俺の存在を忘れてお互いに相手を言い負かすことしか考えていないようだ。
ギャラリーも二人に注目してるし、俺もう要らないよね?
「プックル、行こうか」
「よろしいのですか?」
「まぁ良いんじゃない?」
こっそりとプックルに話しかけ、そっとその場を離れた。
そして向かった先は『一般受付』の窓口。
「こんにちは、ケイトさん」
「こんにちは。そして助けてくれてありがとう、シュウさん」
「「「「ありがとうございました」」」」
「え、ええ。無事なようで何よりです」
受付嬢が声を揃えてお礼を言ってくるものだから驚いてしまった。
でもその後に全員で寄ってたかって来ないところ、探索者とは違って気遣いが出来てるなって感じがする。
「色々とお話を聞きたいところなんですけど、きっと御用があるんですよね」
「皆さんの様子を確認したかったっていうのも用事ですよ。でも元気そうで安心しました。なのでもう一つの用事を済ませちゃいますね。プックル」
「は、はい」
ここからは俺では無くプックルの番だ。
先輩風をびゅーびゅーに吹かせ、傍で見守ってあげるとしよう。
「探索者登録をお願いします」
「分かりました。では身分証をお願いします」
「は、はい」
そういえばお姫様にも身分証があるんだな。
というかソレを出したらお姫様だってバレちゃうけれど大丈夫なのか?
「登録はこの名前のままでよろしいですか?」
「いえ、プックルでお願いします」
「分かりました」
あれ、ケイトさんが全く動揺してない。
そういえばプックルが目立つ仮面をつけていることにも反応して無かったな。
「あの、ケイトさん。もしかして彼女が来るって知ってたのですか?」
お姫様が来るけれど慌てるな、という連絡が来ていたから普通に反応出来ていたのかと思ったが果たしてどうか。
「いいえ、知りませんでしたよ」
なんと知らなかった。
突然お姫様が来たのに驚かないだなんて、凄い胆力の持ち主だな。
などと彼女のメンタルの強さに感心していたらネタバレしてくれた。
「ただ、シュウさんがプックル様……いえ、プックルさんを頂いたことは知ってましたから、一緒に来るかもしれないなとは思ってました」
頂いたって何のことだ?
まるで物を扱うようかの言い方だけど、覚えがあるような無いような。
「…………報酬の話か!」
「えぇ……?今も隣にいるのに忘れているってどういうことですか」
「いや、俺は普通にプロポーズしたものと思ってたから……」
そもそも報酬として貰うって話で色々と悩んだはずなのに、俺の中では普通にプックルに惚れて普通に告白したって印象だったから忘れてた。
「シュウさま……嬉しいです」
「プックルさんのこの反応。本当に相思相愛じゃないですか。素敵!」
おっとケイトさんの表情がパッと明るくなった。
それだけじゃない。
他の受付嬢も話を聞きたくてウズウズしだした。
やはりどこの世界でも女性は恋愛話に興味があるってことなのかな。
「国の説明では相思相愛だって話でしたけど、失礼ですがシュウさんがお姫様を射止めるだなんてどうしても信じられなくて……」
「半信半疑だったんですね」
そりゃあ他人と競うのが嫌で臭い森に籠っているような情けない男を好む女性なんてレアだろう。
というのが俺の自己評価なのだが、プックルは違ったらしい。
「シュウ様は私には勿体ないほど素敵な方です!女の人なら放っておけま……せん」
「自分で言ってて凹まないでくれ。安心しろ。俺はプックル一筋だ。それは絶対に変わらない」
「シュウ様……」
「とうとーーーーーーーい!」
異世界でもその表現あるのかよ。
それとも自動翻訳機能が謎翻訳しているのか?
「シュウさん、プックルさん!是非お二人のお話を聞かせてください!」
「プックルの登録が終わったら、と言いたいところだけど」
この場で甘い恋愛話をするのはどうかと思う。
何故ならばその場にふさわしくない連中が背後にいるからだ。
「お前はいつもそうやって競争競争ばかりで探索者に負担をかける!」
「てめぇこそ甘いことばっか抜かして探索者を腑抜けにしやがる!」
未だ言い争いが終わらないギルマスとオッサン。
恋愛話をするBGMには明らかにマッチしない。
「あの二人って仲が悪いんですか?」
「悪くは無いのですが、考え方があまりに合わなくて、顔を合わせるといつもああしてケンカしちゃうんです」
音楽性の違いで解散したバンドみたいなやつなのかね。
アレって絶対違う理由だと思うけど。
「あんな風にフロアで喧嘩していると依頼に来る方が入り辛いですし、そもそもギルマスは仕事が大量にあるからあんなところで喧嘩している余裕なんて無いはずなのですが」
「つまり他人に迷惑をかける系の上司ってことですか」
「普段はとても優秀な方で尊敬しているのですけどね」
「つまり特定の条件下のみダメになる系の上司ってことですか」
その条件がオッサンとの邂逅ならば大分マシな方だろう。
優秀なのにパワハラ気味とか、飲み会好きで強要してくるとかと比べたら微笑ましい。
ただしそれは自分が無関係ならばの話だが。
「シュウ!お前なら分かってくれるよな!」
「げっ」
オッサンが俺を巻き込もうとしてきやがった。
「お前に最初指導してやったのは俺だ。おかげでシュウは無茶をせずに、こうして生きて強くなり王都を救ったんじゃねーか」
「そんなの結果論だろう。てめぇが余計なことしなけりゃ、こいつはもっと必死になって強くなり、王都があんな風になる前に解決できたかもしれねーんだぞ」
「それこそありもしねぇただの空想じゃねーか!」
「その未来を潰したのはてめぇだろうが!」
うわぁ、うるさい。
俺の肩を掴みながら間近で喧嘩するの止めてもらえませんか。
「プルプックル様も競争は大事だとお思いですよね!」
「え?」
うわ、ギルマスがプックルをターゲットにしやがった。
しかも普通にお姫様扱いしてやがる。ケイトさんはちゃんとプックルの意図を汲んで一探索者として扱ってくれていたのに。
「適度な競争が社会を発展させる。これは前王様が残したお言葉です。ならば王族であれば競争の大切さを理解して下さっているはず。さぁ、この愚かな男に教えてやってください」
「え、あの、その」
おいおい。
プックルが困っているじゃねーか。それにそんなに顔を近づけるんじゃねーよ。
「て・き・ど、な競争が大事だって言ってんだろ!お前のは過剰な競争なんだよ!」
「この程度で過剰だなんて言う奴は探索者なんてやめちまえ!探索には命が懸かってるんだ!このくらいの競争を乗り越えられねぇ奴は遠かれ少なかれくたばっちまうんだよ!少しでも多くの奴らを死なせないためにも競争は必要なんだ!」
「あ、あの、喧嘩は止め……」
「その競争が厳しすぎて死人が出るかもしれねぇって言ってんだよ!」
「今まで出て無いんだから問題ないだろう!」
「俺が止めてるから無事なんだよ!」
「そんなわけあるか!むしろてめぇが競争を阻害させているから、あいつらみたいに大事なところで逃げ出すような根性無しが生まれちまってるんだよ!」
「あいつらはお前が競争を煽るから他人を思いやる気持ちを忘れちまったんだろうが!」
「うう、あの、もう止め……」
ぷっつん。
「黙れ」
プックルの気持ちを考えずにぎゃあぎゃあ騒ぎ続ける二人に我慢の限界だ。
俺は両手でオッサンとギルマスの腕を掴みきつく握った。
「ぎゃああああああああ!」
「いでええええええええ!」
臭い森でパワーアップした俺の握力ならば議論を止める程に悶絶させるのもたやすいことだ。
「プックルが困ってるだろうが!」
基本的に上司には逆らわず他人と争わないのが俺の方針だが、プックルが困っているのなら話は別だ。
全力でお仕置きしてやる。
「俺がどうやって魔王種を倒したか教えてやる。あの森に通い続けた俺は臭い匂いを放つ魔法を覚えたんだ。そしてその魔法を使って魔王種が苦しんでいるところをボコボコにしてやった。つまりだ、あの臭いの原因を生み出した魔王種ですら苦しむほどの臭いを俺は放てるんだ」
そこまで捲し立てるように告げてから、オッサンとギルマスと視線を交わした。
二人が腕の痛みに顔を顰めながらも俺の話を聞き、俺に視線を向けていることを確認すると、ゆっくりと大きく息を吸った。
「すぅ~」
「まてまてまてまて!何をする気だ!」
「おいコラ放せ!ぐっ、俺が力負けするだと!?」
逃げようとするが絶対に離してなんかやるもんか。
たっぷりと息を吸い終えた俺は、口の中にもたっぷりと息を溜めてニヤリと笑った。
そういえばギルマスはあの森の臭いが苦手なんだっけか。
ギルド内にあの森の臭いを振りまいたらコロスって依頼書に書いてあったもんな。
プックルを困らせた天誅だ。
たっぷりと味わえ。
「やめろおおおおおおおおお!」
「いやだあああああああああ!」
「はぁ~~~~~~~~~~~」
二人の顔にかかるようにと、たっぷりと息を吐きかけてやると同時に手を離した。
「オエエエエエエエエエエエ!」
「オエエエエエエエエエエエ!」
「うわ、きったね」
こいつら室内で吐きやがった。
掃除係がいて良かったな。
「プックル、見ちゃダメだ」
「え、あ、はい。でもシュウ様、今のって?」
「ただ息を吐いただけだぞ」
こんな室内で臭い息を吐く訳が無いだろう。
そんなのテロじゃないか。
ちょっと脅しただけなのだが、先の事件で臭い匂いがトラウマになっていたのか、イメージだけで吐いてしまったらしい。
「あの、流石に今のはちょっと……」
「あれ、もしかしてケイトさんも?」
「うっぷ、ちょっとしんどいです」
「ごめんなさああああああい!」
オッサンとギルマスを懲らしめる為だけの演技だったのだが、ギルド内の全員のトラウマを抉ってしまったらしく、まさに死屍累々といった有様だった。
「シュウ様、私のためにありがとうございます!」
そんな中でも笑顔で俺を責めないでくれるプックルはマジ天使。
なんでも肯定して喜んでくれるから、ダメ人間にならないようにマジで気を付けないとな。
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