15. プックルの実力

「私も行きます!」

「止めた方が良いって」

「シュウ様のお役に立ちたいんです!」

「そうは言われてもなぁ」


 プルプックル様を報酬として頂いた後、俺は王城に一泊してプルプックル様とお互いのことについて沢山語り合った。もちろん語り合う以外のことなど何もしていないぞ。


 そして翌朝、昨日の部屋で今日の予定について話をすることになり、また呪われる可能性があるから臭い森に行って特級解呪ポーションを用意したいと言ったら、プルプックル様からついて行きたいとお願いされてしまったのだ。

 もしも連れて行こうものならゲロインになること間違いなしなので、彼女の名誉のためにも断りたかった。


「プルプックル様はあの臭いが」

「プックルです」

「プックル様はあの臭いが」

「プックルです」

「……プックルはあの臭いが平気なのか?」


 様付けは不要、フランクに話しかけて欲しいとはプックルの強い願いだ。

 昨晩長く語り合った結果、どうにかフランクに話しかけることが出来るようになったのだが、王女様を愛称で呼び捨てというのはどうにも慣れない。様付けで呼ぼうものなら名前の通りに頬をプクーっと膨らませて不平そうにする。可愛いからわざとやってるわけじゃないぞ。本当だぞ。


「二度と嗅ぎたくないと思います……」

「だよなぁ」

「でも克服します!」


 どうしてそこまでして一緒に行きたがるんだ、なんてことを聞くような無粋な真似はしない。ありのままのプックルに熱烈な告白をしてしまったが故に、好感度が爆上げになってしまったなんてことは、昨夜の語らいの様子からすでに分かっているからだ。


 でもだからといってゲロインにしてしまうのは可哀想だ。他で共に過ごす時間を作るからどうにかして臭い森に行くことだけは我慢してくれないだろうか。


「森には魔物がいるから危険だぞ」


 これでどうかな。

 俺が守ってやる、なんて言えれば格好良いのだが、探索者としてはペーペーで守り方とか分からないから絶対に言えない。見栄で婚約者を危険に晒すなんてありえないもん。


「魔物ですか!?」

「わぁお、目がキラキラだ」


 まさかの逆効果。

 魔物に興味あるだなんて予想外だったよ。


「プルプックル様は探索者に憧れているって昨日聞かなかったのかしら」

「ひえっ! 急に現れないでください、いつからいたんですか」

「うふふ」


 突然エリーさんの声が耳元でしてガチビビリしちまったわ。尻が椅子から数センチ浮いたぞ。この部屋には俺とプックルの二人しか居なかったはずなのに、マジでエリーさん何者だよ。


「エリー、シュウ様を驚かせないで」

「ごめんなさい。つい揶揄いたくなっちゃうのよね」

「本当に勘弁してくださいよ……」


 このままだと永遠にオモチャにされそうな予感がする。ポジションチェンジをお願いします。


「探索者に憧れている話は聞きましたが、魔物を恐れないとは思わなかったんですよ」


 魔王種を倒すような強い探索者に憧れているとは教えてもらった。そして彼女が好きな討伐英雄譚をこれでもかと言うくらいに聞かされた。俺が探索者であることにネガティブどころかポジティブな印象を抱いているのはこれが原因なのだろう。

 でも俺ってメスガキにざぁこって言われるくらいには雑魚探索者なんだがな。


「プルプックル様はご自身が探索者として活躍したいのですよ」


 まさかの武闘派だった。

 だったら昨日そこまで教えてくれても良かっただろうに、どうして言ってくれなかったのだろうか。


「エリーそれは……」

「聞かなければ前には進めませんよ」


 探索者志望だってことを俺に言えずに躊躇する。その理由が思いつかない。


「シュウ様は戦う女性は…………」

「格好良くて素敵だと思います」

「!?」


 パーフェックトコミュニケーッション!

 即答してやったぜ、これが出来る男ってやつさ。


 ほら見ろ、プックルがにやけが止まらずだらしない顔になってるぞ。


「プックルは探索者になって魔物と戦って活躍したかったのか」

「はい! ですから一緒に森へ行かせてください!」


 ですよねー。

 結局問題は何一つとして解決していない。


 ならこれでどうだ。


「魔物と戦ったこと無いのに、臭いで体の動きが制限されるあの森での戦いは危険だよ。もっと安全なところで弱い敵を相手に戦う練習しないと」


 初戦闘が臭い森の魔物だった俺が言って良い台詞ではないが、そんなこと知らないだろうから良いだろう。


「うふふ、プルプックル様なら大丈夫よ。多少体が鈍ったところであの森の魔物程度に後れをとることは無いわ」

「え?」


 プックルの方を見ると腕をL字にして力こぶを作る真似をしていた。うん、可愛い。


「何なら貴方が身をもって彼女の実力を確認すると良いわ。ねぇ、プルプックル様」

「は、はい! シュウ様に私の実力を確認して頂きたいです!」

「えぇ……」


 臭い森に行く前に無駄に体力消費したく無いんだけどなぁ。

 でも実戦経験が無い女の子が相手ならそんなに疲れないかな。


――――――――


「お待たせしました!」

「うん、可愛い」

「えへへ、嬉しいです」


 動きやすい服装に着替えてくると言って部屋に戻ったプックル様と、城の西側にある修練場で合流した。

 プックル様はお腹の所を白い紐で結んだ黒い武闘着を着ていて、半袖かつスパッツ的な丈なので肌色が目に優しい。手の甲から前腕にかけてアームガードをつけていて、脛の部分にレッグガードをつけているが、こっちも黒なので全身が真っ黒だ。

 黒が好きなのだろうか。


「そんなにふとももが気に入ったのかしら」

「最高です」

「あら、否定しないのね」

「相手は婚約者ですから」


 エリーさんがひそひそと揶揄おうとして来るが、そのくらいで動揺なんてしてやらないぞ。

 それに確かにスパッツ的な素材でぴっちりと覆われたふとももの肉感はたまらないが、お腹を紐で結んでいるが故に目立つ胸の膨らみも程良い大きさでとても良いものだ。他にも挙げたらキリがないくらい気に入ったところがあるので、まだまだ洞察が足りないなと言っておこう。


「そんなに見られると恥ずかしいです……」

「ご、ごめん」

「今度二人っきりの時に沢山お見せしますね」

「…………」


 俺の婚約者最高すぎじゃね?


「皆が見ている中で、良くそんなに堂々とイチャイチャ出来るわね」


 しまったそうだった。

 騎士団の修練場を借りることにしたので、周囲には団員達がいるんだった。


 厳しく躾けられているからだろうか何も言ってくる人はいないが、どうも俺に対する目がキツイ人が多い気がするんだよな。好意的な人は皆無だ。


「貴方がプルプックル様を仕方なく貰ったって思っている人が多いのよ」


 準備運動をして体をほぐしていたらエリーさんが俺の疑問を察して教えてくれた。

 相変らず心を読むのが上手い。


「それにプルプックル様はハンデに負けずに努力していて、城の中では人気者だったから」

「わぁお、そりゃあ嫌われますね」


 不幸にも負けずに健気に頑張っている女の子を、他に選べず仕方ないからなんて嫌々ながら受け取った男だなんて嫌われて当然だ。俺が最低の人間だというバイアスが一度かかってしまったら、プックルとのイチャイチャもプックルが頑張って俺の機嫌を伺っているようにしか見えないんだろうな。


「エリー、シュウ様に近いです」

「うふふ、プルプックル様が嫉妬する程に男性に懸想する日が来るなんて」

「エ、エリー、恥ずかしいです」


 言われた俺も恥ずかしい。

 でもこれって団員達に敢えて聞かせてくれてるんだろうな。プックルは気にしていないのだからお前達は余計なことをするなよ、と。

 

「シュウ様、私の準備は出来ました」

「俺も良いが、プックルを殴るなんて出来ないぞ」

「プルプックル様の実力を知りたいのだから、攻撃を受けるだけで良いと思うわ」

「確かにそうか」

「私は攻撃もしてきて欲しいのですが……」


 可愛い女の子を殴るだなんて出来るわけ無いだろう。

 俺は男女平等パンチのスキルは持ってないんだ。


「反撃したいって思わせれば良いのよ」

「それもそうですね!」


 そうですね、じゃないよ。

 絶対に俺からは手を出さないからな。


 お互いに修練場の真ん中に立って構える。


 あ、あれ。

 プックルさん、構えが様になってませんか。


「プルプックル様は毎日鍛錬を続けていて強いから気を付けてね」

「わぁお」


 どうしてそれを先に言わないかな!


 昨日初めて会った時から、立ち方がしっかりしてるから体幹が強いのかもなぁ、とか思ったけれど、こんなに可愛いのにガチで武術の経験があるだなんて想定外だ。

 日本ではケンカなんてしたことすらなく、森で多少魔物を狩ったことがある程度の俺が敵うわけ無いだろう。このままだと無様に女の子にボッコボコにされる姿が晒されてしまう。


 どうにか言い訳して中止に……


「はじめ!」


 させないようにエリーさんが開始させやがった。

 チクショウ。


 合図と同時にプックルは思いっきり踏み込んで来た。

 めちゃくちゃ速い!


 そりゃあ俺が反撃しないって言ってるんだから遠慮なく来るよな。


 対格差があるからか、無理に顔を狙っては来ない。

 胴体中心に高速のパンチ連打を繰り出して来る。


 良かった。

 鍛えているとはいえ、やっぱり女の子ということだろうか。


 この程度の攻撃スピードであれば逸らしたり受け止めたりと防御可能だ。


 おっと、足技もあるのね。

 パンチだけでは捉えきれないと判断したのか、キックも混ぜて来た。

 さらにはアッパーで顎を狙って来たり、大振りで外したと思わせて肘を当てようとしてきたり工夫する。


 その全てがしっかりと見えているから慌てずに対処すれば良いだけだ。


 しかし攻撃スピード滅茶苦茶速いし、コンボが多くて戦い慣れている感じがするし、これってプックル様が弱いんじゃなくて俺がチートのおかげで強くなって受け止められている可能性の方が高くなってきたな。


「わぁお」

「!?」


 超びびった。

 右のローキックかと思ってガードしようと思ったら何故か左のハイキックが当たりそうになって慌ててガードした。体の回転が全くの真逆なのにどうしてだ?


 うお、今度は右ハイかと思ったら左ボディが来た。

 まさか魔法を織り交ぜてるのか?


「どうして!?」


 それはこっちが言いたよ。

 正しい攻撃が見えてからガードするのがギリギリ間に合っているが、このままだと一撃くらいは喰らってしまいそうだ。


「そこまで!」


 ふぅ、どうにかノーダメで乗り越えた。

 後数分続いていたら分からなかったな。


「一撃も当てられないなんて……」


 プックルが俯いて震えている。

 自分の鍛錬の成果が、構えすらまともにできない素人探索者に通じなかったことが悔しいのだろう。

 手を抜いてわざと攻撃を受けようものならがっかりして怒るタイプだろうから真面目にやらせてもらったが、女の子を悲しませるのは心が痛む。


「シュウ様素敵です!」

「わぁお」


 悲しみじゃなくて喜びに打ち震えていただけですか。

 いやでも俺のこの強さってプックルのように鍛錬で身に着けた物じゃないから、申し訳ない気分になるな。


「プルプックル様のフェイントを初見で防いだってマジかよ」

「しかもあの連撃をものともせずに捌いていたぞ」

「あんなに強い探索者が街にいるなんて聞いたこと無い」


 騎士団の皆さんも止めて下さい。ズルした気分で超居た堪れないんです。チートだからズルで間違いないけどさ……


「やっぱり強かったのね」

「エリーさん?」

「体つきから見てそうだと思ってたのよ」


 だから本当にエリーさんって何者なんですか。

 服を着ているのに体つきって……ま、まさかあのゲロダイブした時か!?


 どこまで見られたんだ……気になるけれど怖いから聞けない。


「シュウ様シュウ様、今度はこっちでお願いします」

「え?」


 プックルが手にしていたのは訓練用の片手剣だ。

 それなりの重さがあるソレをブンブンと軽く振っている。


「プックルって格闘家じゃなかったの?」

「武器ならほとんど使えますよ! 流石に重すぎる大剣とか大斧は無理ですけどね」

「わぁお」


 そういえば四女のプレック様が魔法のスペシャリストって言ってたけれど、もしかしてプックルは武技のスペシャリストなのか。


「あの容姿なので貴族社会で生きることは難しく、独り立ちして生きて行けるようにと毎日必死に鍛えていたのよ」


 またそんな幸せにしてあげたくなるような情報を耳打ちするんだから。


「沢山鍛えて英雄様のように強くなって、いつか魔王種を倒せるようになりたいです」

「魔王種か……知性があるとんでもなく強い魔物だったよな」

「はい。魔王種が出現すると多くの都市が滅び、多くの人が亡くなります。まるで災害のような存在。私はそれらから皆を守りたいんです」

「プックルは家族やこの国が大好きなんだな」

「はい!」


 家族や国のことを心から大切に想えるなんて素敵なことだと思う。

 俺もいつかはこの国の事を愛おしく感じる日が来るのだろうか。


「プックルの実力は分かったよ。これ以上続けたら森に行く前に疲れちゃうから今日はここまで」

「は~い」


 残念そうにしつつもちゃんと言う事を聞いてくれる良い娘だ。


「それで連れて行ってくれますか?」

「……はぁ、分かったよ」

「やった!」


 とはいえ絶対に森まで辿り着けないから、途中で引き返して待ってもらうことになるだろう。騎士団の監視所があるから、そこで待っていてもらおうかな。戻って来た俺の臭いに耐えられなくて逃げることになるだろうけれど、一度現実を知らないと何度も連れて行けってねだって来そうだから仕方ない。


「エリーさん、森の手前にある監視所について相談があるのですけれど、誰に言えば良いですか?」

「あそこは騎士団のものだから……話が出来る人を紹介できるけれど、何の話かしら」

「一時的にで良いので監視所に女性の団員を配置してくれないかなって」

「シュウ様、それってどういう意味ですか?」


 プックルがプクーックルになってる。

 肌が焼け爛れているのにそれでも可愛いとか、治ってこれやられたら俺我慢出来るのだろうか。


 プックルの見た目はJKなので、日本の価値観で言えば手を出したらロリコン逮捕だ。だがこの世界では俺は四十歳でプックルが三十三歳。大学生が高校生と付き合うようなものなのでそれほど違和感が無い。精神年齢的には四十歳のオッサンではないかとも思うけれど、この世界の成人男性もまた四十年生きていると考えると俺はやっぱりオッサンではなくでも若いというのも変な話で……などと混乱してプックルと婚約することが普通なのか変なのか良く分からなくなっている。


 ただプックルが愛おしいという気持ちに嘘偽りはなく、この世界では違和感ない年齢差ということを考慮して、余計なことを考えずに恋人として認めて付き合うと決めているのだ。


「ぷすー」


 可愛かったのでつい頬をつついてしまった。


「シュウ様!」

「悪い悪い。別に深い意図は無いよ」

「むー」


 説明するのはちょっと恥ずかしくてなぁ。

 待っててもらうのに男性団員と二人っきりになって欲しくないだなんてさ。


「プルプックル様」


 しまったエリーさんがプックルに耳打ちしてる。

 エリーさんには絶対に俺の考えがバレてるから、きっと言ってるんだろうな。


「シュウ様……」


 ほらぁ、プックルが嬉しそうにして目がとろんとしてるじゃないか。

 好意を寄せられるのは嬉しいけれど恥ずかしい。


「それなら私が変わりましょうか?」

「エリーさんが?」

「ええ」


 騎士団の仕事なのにエリーさんが変われるってことは、エリーさんも騎士団の人なのだろうか。

 国王陛下とも話が出来て、陛下達を治療する薬作りを任されて、俺の内心を読んだり謎の高速移動的なことが出来たり言葉を飛ばしてきたり、謎が多いエリーさんだが、プックルの家庭教師兼友達であることだけは聞かされていた。

 だからこそ、プックルが呪いにかかった時に焦り俺がプックルを選ぼうとした時に怒っていた。


「シュウ様とエリーの仲が良すぎるから心配です……」

「俺はプックル一筋だよ」

「でも貴方は私のここが好きでしょ」

「余計な事言わないでください!」


 チャイナドレスの切り込み部分をひらひらさせないで。

 それにそこが好きなのは全世界の男子です。


「私もエリーみたいな服を着た方が良いですか?」

「我慢出来なくなるから止めて」

「えへへ、そうですか」


 待ってその笑顔は可愛いじゃなくて怖いんですが。

 良い事を聞いちゃった、的な表情ですよねそれ。


 プックルに対してそういうことをする心の準備がまだ出来ていないから、もう少し待ってくれと言うべきか言わざるべきか、言うならどうやって言うべきか。


 そんな爆発しろとでも言われそうな問題を解こうと考えていたら、ピンク色の雰囲気が一気に霧散する事態が起きた。


「緊急! 緊急!」


 突然サイレンや鐘の音が鳴り響き、騎士団の人が城に飛び込んできた。


「森の臭いが都に接近中! すぐに退避を! オエエエエエエエエ!」


 王都民にとっての地獄の幕が上がった。

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