14. お姫様を選べ
「処刑だ! 処刑!」
消臭ミストを使いまくって部屋の臭いを取り終わったら陛下が俺に食って掛かって来た。俺は王命に従って薬を飲んだだけなんですがねぇ。
それによくよく考えたら俺って超重要人物だから国王でも簡単に処罰できないことに気が付いた。エリーさんが『どうぞご自由に』って目つきでこっちを見ていることだし、少しばかり抵抗してみるか。
「どうぞご自由に。私が居ないと特級解呪ポーション作れなくなりますが、それで良いのでしたらね!」
「ぐっ……ならふんじばってあの森に缶詰めにしてやる!」
「あの臭いがた~っぷり染みついた私を外に出さないなんて出来るのでしょうか」
「て、てめぇ、不敬だぞ! 俺が国王だって分かってんだろうな!」
「もちろん存じておりますよ。ゲロお……国王陛下」
「殺す。今すぐコロス!」
「あ・な・た」
「ひえっ」
虚しい口論を止めてくれたのはスゲェ美人な王妃ピアラル様だ。
陛下が激昂している隙にこっそり部屋に入って来たのだが、何故か陛下は上座に座らず入口に近い席に座っているから見えていなかった。
笑顔が柔らかく見えるのに不思議と怖いオーラが感じられる金髪美女。
エリーさんから国王陛下と同い年と聞いていたが、陛下が日本換算で四十代くらいに見えるのに対し、王妃様は二十代にしか見えない。
体型が隠れるタイプで地味目のドレス姿なのは陛下をたてるため……にしては陛下がラフすぎて意味をなしてないな。
「救国の英雄様に向かってあまりにも失礼よ」
「こいつがあまりにも俺に不敬な態度を取るから……」
「原因は全てあなたでしょう。それに全て私が許可したことです。私を処刑なさるおつもりですか?」
「ぐっ……くそ!」
ふてくされた国王はドカっと椅子に雑に座り、足組み腕組みの格好で子供っぽく頬を膨らませて不機嫌そうにしている。
「夫が失礼しました。私は国王ライデンの妃ピアラルです」
「こちらこそ不敬な態度の数々、申し訳ございませんでした。探索者のシュウと申します」
「夫にも言いましたが、シュウ様には責任は一切ございませんのでお気になさらずに。むしろ良くやってくださいました」
「そう仰って頂けると助かります」
まともに会話出来るって素敵だな。
陛下みたいな破天荒なタイプは本音を掴み辛くてやりにくくってありゃしない。
「ここからはわたくしが引き継いでお話致します」
「よろしくお願い致します」
報酬に関しては王妃様と交渉することになるのか。
でも陛下との会話で娘を選ばない選択肢は潰されているから、交渉するべきことも無さそうだ。
「これからこの部屋に娘達を呼びますので、その中から一人をお選びください」
この国に王女様は五人いる。
ちなみに王子様は四人いる。
側室の子供とかじゃなくて、全部この妃様との子供なんだぜ。
頑張ったなぁ。
「お選びになった娘はシュウ様の
「え?」
物扱いするなんて酷い言い方だな。
王妃様は子供に愛情を抱いていないのだろうか。
いやいや、そんなことはあるまい。
だとすると『ご自由に』というのも意図があっての言葉のはずだ。
つまり王女様と結婚することになったからと言って、政治に関わったり王族としての務めみたいなものを気にせずに『自由に』暮らして良いって意味なのかな。
「平民として探索者を続けても構わないという意味でしょうか?」
「…………」
王妃様の表情は全く変わらず柔らかな笑みを浮かべたままだったが、俺の答えを聞いた瞬間、僅かに瞳が揺れて空気が和らいだ気がした。流石に気のせいかな、感情を表に出さないように訓練されているはずの人の内面を動きから読み取るのは難しいわ。
『えっちなことばかりしても良いってことですよ』
は!?
突然エリーさんの声が聞こえて来たので彼女の方を見ると、目を逸らされた。
確かに『自由にして良い』を言葉通り受け取ったらそれもアリになりますが、そんなわけないでしょう。こんなところでいつもみたいな冗談はやめてくださいよ。
「エリー、余計なことはしないで頂戴」
「申し訳ございません」
流石王妃様、エリーさんが俺に何かしたって気付いたのか。
そしてエリーさん、少しは申し訳なさそうな顔をしろよな。
「まったくこの子は……」
こりゃあ普段から王妃様を困らせているっぽいぞ。エリーさんってマジで何者なんだよ。
「シュウ様、試す真似をしてしまい申し訳ございません」
「私は試されていたのですか?」
「はい、シュウ様の人となりを確認させて頂きました」
その結果がNGだったら報酬を変えてくれたりしないかな。
しないんだろうな。
親として娘が幸せになるかどうかを見定めたかったのだろう。例えその結果が酷い物だったとしても知っておきたかった。そんなところだろうか。
「それでは娘達を呼びます」
ついにこの時が来てしまった。
扉が開き、ドレスで着飾った美女と美少女が次々と入室して来る。
なるほど、娘を目立たせるために自分は地味なドレスを着ていたのか。
「お初にお目にかかります。私は国王ライデンの長女プラムと申します。この度は私達家族をお救い頂き誠にありがとうございました」
プラム様は王妃様とそっくりで笑顔が柔和な美人さん。王妃様が若く見えるのもあって、双子と言われても違和感は無い。ただ、王妃さまが感情を完全に隠しているのに対して、プラム様は僅かに笑顔に陰りがある点、若さを感じられる。スタイルが抜群に良く、注意しないとつい胸を見てしまう。
年齢は俺より少し年上の四十二歳。この世界では寿命が長い事もあってか、四十歳で成人であり四十二歳は生き遅れでは無く結婚適齢期だ。本来ならば愛する人とイチャイチャしている一番幸せな時だろうに、奪えるわけ無いだろう。
「次女プリンテンスです。お救い頂き誠にありがとうございます」
可愛いけれど笑顔が嘘くさくて愛想も悪い。ただし、感情が表に出にくくて普段からこんな感じらしいとエリーさんに聞かされていたのであまり気にならない。眼鏡をかけているだけで知的な印象を受けてしまうのは単純かもしれないが、実際に勉学の才能が飛びぬけているそうだ。
年齢は俺より少し年下の三十六歳。日本換算だと高校生と大学生の中間くらいの年齢かな。勉強が恋人みたいな雰囲気だけれど、かなりの熱愛中らしい。だから奪えるわけないっつーの。ちなみにスタイルは長女とは正反対で……ひえっ、こっち睨まないで。
「初めましてシュウ様。三女プルプックルです。私の愛する大切な家族をお救い頂き、本当にありがとうございました」
『愛する』と『大切な』を重ねて来たぞ。家族のことが心から大好きなんだろうな。声色からも俺に感謝しているっていう純粋な気持ちが素直に伝わって来る。
年齢は三十三歳。日本では高校生くらいの年齢で、大人の女性の色気と子供の天真爛漫さを併せ持つ絶妙な年頃だが、プルプックル様の見た目は……プリンテンス様よりも大人びていると表現しておこう。
ちなみに美人とか美少女という表現をしなかったのには理由がある。プルプックル様は事故で負った火傷により顔の半分が酷く焼け爛れてしまっているからだ。特級ポーションより回復効果が高い霊薬でないと治らないそうだ。そのため彼女だけは良い縁談が来ず結婚相手がいないらしく、宰相が言いかけたのは選ぶなら彼女を選んで欲しいということのようだ。
「四女プレックです。よろしく」
わぁお、お礼すら言わないとは。王妃様が怒りのオーラを放っているのに気付いていないのだろうか。王族として教育中ってところなのかな。彼女もやはり美少女で、魔法の天才とのこと。才能があるがゆえ、周囲の人間からちやほやされて増長し、王妃様の雷を受ける毎日というのがエリーさん情報。
年齢は二十六歳。日本だと中学生くらいか。そう考えると調子に乗っているのも思春期特有に思えて可愛らしいものだな。この歳ですでにはっきりした膨らみが見て取れるから、将来は王妃様や長女プラム様レベルにまで育つかもしれない。
「五女プローディアです。この度は皆を助けてくれてありがとうございました」
はい可愛い。純真無垢な幼い王女様は、皆に可愛がられてすくすくと成長中。なのだけれど、実はあらゆる面で秀でている予兆があり、将来を期待されている。まだ性格が擦れていないので、プレック様のようにならずに心優しく成長して欲しいものだ。
年齢は丁度ニ十歳。日本では十歳程度でただでさえ可愛らしい年ごろなのに、姉に負けず劣らず目鼻顔立ちが整っており将来美女に成長するのは間違いないだろう。
「探索者をしてますシュウと申します。よろしくお願いします」
探索者なんてその日暮らしをしている俺の嫁になるなんて嫌だと顔に出す人が一人くらいはいるかと思ったけれど、全く動じなかったな。
「それではシュウ様、報酬をお選びください」
「今すぐですか?」
「はい」
断言ですか、そうですか。
せめて話をする時間くらいは欲しいのだけれど、多分無理だろうってエリーさんから事前に言われていた。婚約者がいる王族の女性が、若い未婚の男性と仲を深めようとするのはよろしく無いんだってさ。
日本だって、彼氏がいる女性が他の男と親しくしていたら色々と勘繰られてしまうし、そうなる可能性を極力排除しなければならないのが王族の務めのようだ。
だから彼女達と話をして相性を確認するような時間はほぼ取れず、今すぐに決めなければならないと。
ちなみに三女のプルプックル様以外は婚約者がいる。もちろん五女のプローディア様もだ。
「あの、一つだけ質問してもよろしいでしょうか」
「ええどうぞ」
誰を選ぶことになったとしても、これだけは絶対に聞いておかなければならないと思っていたことだ。
「現状では恐らく特級解呪ポーションの素材を採集出来るのは私だけになります。そして貴重なそのポーションを作るために様々な方から素材採集の依頼がなされると思うのです。だとすると私があの森に採集してくることになるのですが、皆様問題ございませんでしょうか」
毎日のようにたっぷりと臭い香りを体につけて帰ってくることになる。もちろん風呂に入って臭いを取り除いて帰って来るが、時には臭いが取り切れないかもしれない。
あるいは臭いが消えていても思い込みで臭いと思ってしまうかもしれないし、そもそも常日頃から臭いところに通っているというだけで嫌悪感を抱かれてもおかしくない。
「シュウ様。私達はそのようなことは一切気にしませんのでお気になさらずに」
長女のプラム様が代表してそう答えてくれた。
だが…………
「他に質問はございますか?」
「いえ、決めました」
俺はある人物の前に歩み寄り、片膝をついた。そして左手を胸に当て、右手を差し出した。この世界での格好良い告白の仕方など知らないので、陳腐ではあるが俺が知っているポーズで想いを伝える。
「プルプックル様、私のパートナーになって頂けませんか?」
「え?」
まぁ驚くよな。
見目麗しい王女様の中で、自分だけが焼け爛れた見るに堪えない肌を晒している。絶対に選ばれるはずが無いと思っていたはずだ。
プルプックル様は少しの間動揺し、やがてしゃがむと俺に言葉をかける。
「どうして、私なんですか?」
そうやって俺と同じ目線で話をしてくれようとするところだよ。
「とりあえず立ちましょうか」
差し出された手を掴んで貰えなかったが仕方ない。プルプックル様をしゃがませたままにするわけにはいかないので立ち上がった。
すると王妃様から声がかけられた。
「私も理由を聞かせてもらいたいわ」
ひえっ、なんかめっちゃ怒ってませんか?
王妃様だけじゃない。陛下も、他の王女様もみんな見るからに不機嫌そうなオーラを出している。
助けてエリーさん!
ってエリーさんも怒ってる!?
どうしてだ。
俺は何を間違えた。
「あの、シュウ様?」
いや違うだろ。
今は他の連中はどうでも良い。
プルプックル様に想いを伝えている途中なんだ、余計なことは無視だ無視。
「色々と理由があったのですが、実はついさっきそれらがどうでも良くなりました」
「え?」
「先程の私の質問にあなただけが私を尊敬の眼差しで見てくれました。それが心から嬉しかったのです」
臭い森に通う俺の事を良く思ってくれる人は多くは無い。街の人は俺に侮蔑の目線を投げつけ、臭くなくても近寄るだけで避けられる始末。中に入れてくれない店だってあるくらいだ。
俺がさっき質問した時も、他の王女様たちは揃って不快な表情を浮かべていた。一瞬で分かりにくかったけれど、他人の表情を伺って生きて来た俺にはそれがはっきりと分かった。
「誰もが私を嫌悪するにも関わらず、貴方だけは私を認めてくれた。それが分かったあの瞬間、私は貴方に本気で惚れてしまいました」
「~~~~っ!?」
国の事情とか、報酬の意味とか、そんなのはどうでも良い。
これまで認められてこなかった俺が認められたこと。
それこそが惚れる理由になるのも当然のことだろう。
「で、でも私はお姉様や妹のように美人じゃないです」
「いえ美人です。目鼻顔立ちは姉妹の皆様に負けずと劣らずですよ」
「~~~~っ。で、でも私は肌がこんなだから」
「治します」
「え?」
「あの森には特級解呪ポーションの素材がありました。でしたら霊薬の素材もあるかもしれません」
「あっ!」
可能性は高くは無いけれど、あてもなく探すよりはマシなはずだ。
「それに例え見つからなかったとしても、プルプックル様が気になさるのでしたら一生かけて探します。もちろん治らなくても私の気持ちは変わりません」
俺は彼女の焼け爛れた方の頬にそっと手を伸ばした。この程度のことなど何も気にしないのだと伝えるために。
「あっ……」
彼女の小さくて柔らかな手が頬に触れた俺の手に重なった。瞳からは涙が零れ、口からは嗚咽が漏れる。
「ああっ……ああああっ……私を……私なんかを……こんな日が来るなんて……」
恐らく彼女も俺のように多くの人から奇異の目で見られてきたのだろう。その度に気にしないフリをしながらも、心の奥底では傷ついていた。
俺はその傷を掘り起こしてしまったのだが、果たして少しでも癒せたのだろうか。もしも塩を塗り込むような真似であったならば、最低最悪の男と言われても仕方がないな。
「シュウ様」
「え、あ、はい」
やべぇ、周囲のことを忘れてた。
今話しかけて来たのは四女のプレック様かな。
「お姉様の事をよろしくお願いします」
最初にお礼すら言わなかった彼女が、笑顔で俺に話しかけるだと。さっき部屋中が剣呑な雰囲気になった時なんか、この子は一際きっつい表情で俺を睨んでたんだが。
そういえばプレッシャーがいつの間にか消えている。王妃様も陛下もエリーさんも不機嫌どころか穏やかな雰囲気を醸し出している。
一体何がどうなってるんだ?
「腑に落ちないといった表情ですね」
今度は次女のプリンテンス様だ。
「私達はプルプックルのことを愛している。そういうことです」
ああ、そうか。
彼女達は俺が妥協でプルプックル様を選んだのではないかと思い怒っていたんだ。
それこそ宰相が考えていたように仕方なく選んだのだと。
プルプックル様は火傷で辛いめに遭ったからこそ、家族から心配されてより一層の愛情をこめて育てられてきたのかもしれない。それなのに、妥協で全く愛する気も無いような男に嫁に行くとなったら怒りたくもなるだろう。
俺が必死にプルプックル様を口説いたことで誤解が解けて受け入れられたってことか。あっぶねぇ、本気で好きにならなかったら全員を不幸にするところだったじゃねーか。
「プルプックルをよろしくお願い致します」
「おねーさまを、よろしくおねがいします」
長女プラム様と五女のプローディア様からも認めてもらえたみたいだ。
後は最後の一人に認められれば、ひとまずはハッピーエンドかな。
俺は彼女の頬から手を離し、もう一度跪ずいて手を伸ばした。
「プルプックル様。私の伴侶になって頂けますか?」
その言葉に彼女は今度こそ、そっと俺の手を取ってくれた。
「はい!」
そして最高の笑顔と共に返事をくれたのだった。
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