11. 呪い
「お邪魔しま~す」
「あら、シュウ君じゃない。自分から来てくれるなんて嬉しいわ」
探索者ギルドで国王陛下が呪いで倒れた話を聞いた後、俺はエリーさんの元へとやってきた。彼女はいつものように煽情的な格好だが、俺に背を向けて作業をしたまま話しかけて来て対応が雑である。
だがそれも当然のことだ。
「ごめんなさい。今忙しくて、実験する余裕が無いのよ」
「知ってます。国王陛下の呪いを解く薬を作ってるんですよね」
「あら、ようやく公開したのね」
エリーさんはそう言うと、作業を一旦止めて薬草茶を作り机に座った。
「ほら、今日くらいは飲むでしょ」
「……頂きます」
俺の分も入れてくれたが、いつもは何が入っているか分かったものではないから絶対に口にしないようにしていた。今日は忙しくて俺で
「凄い顔してますよ。休んだらどうですか」
「女性の顔をまじまじと見るなんて失礼よ。それに国の一大事に休めると思う?」
「まぁ無理ですよね」
エリーさんもサイエナーさん同様にこの国の大物らしく、国王陛下にかけられた呪いを解くために寝る間も惜しんで研究をしている。目の下のクマが酷いことになっているから、きっと陛下が倒れてからそれが公開される今に至るまで必死に戦っていたのだろう。
それでもまだ薬を作ろうとしているということは、解呪の薬は出来ていないらしいな。
「それにしても、世の中には恐ろしい呪いがあるんですね。まさか王族全員が昏倒するだなんて怖すぎますよ」
そう、実は今回呪いで倒れたのは国王だけでは無い。王族の血を引くものが全員倒れてしまい、王国の血筋が絶えてしまう可能性がある。
王様は呪いで意識を失う前に、この事態を公開してなんとしても解呪の方法を探せと命じたが、他国に付け入れられることを恐れた側近たちが王命に背いて公開を遅らせた。エリーさんなどの力ある人間が必死に頭をフル回転させて考えたが呪いは解けず、このままでは国が滅亡すると恐れた側近たちは結局王命通りに全てを公開して市井に助けを求める事となった。
「あるわけないでしょ」
「え?」
「呪いなんてものは相手の気分を悪くする程度のものが普通で、強くても軽い病気にするくらいの効果しかないわ」
「そうなんですか?」
「もし狙った相手やその一族を殺せるような呪いが存在するならこの世は地獄よ。憎んだ相手を呪いで簡単に殺せるんだもの。それに戦争なんかしなくても相手の国民を殺せるのよ」
「確かにそんな世界だったら、滅んでそうな気がしますね」
墓下だったら嬉々として俺を殺しそうだ。それとも殺すと脅して言う事を聞かせようとするかな。そして耐えきれなくなった俺に逆に殺されるまでがセットだ。
「でも実際呪われて昏睡してるんですよね」
「そうなのよ。本当にどうやったのかしら……」
「大量の生贄を使ったとか」
呪いと生贄ってセットなことが多いイメージがある。
「戦乱の時代ならともかく、今の平和なこの時代にそんなことをする国は無いと思うわよ」
「帝国とかはどうですか?」
大陸南東にある王国とは正反対、北西にある帝国は近隣諸国を支配下に置くことで国力を高める国策を取っている。ここ数十年は大きな戦が起きていないが、帝国周辺に関しては小競り合いが多く、小国が吸収されることもあるそうだ。
王国は身を守るため、帝国は王国を取り込むために水面下での戦いが継続しているってハーゲストのオッサンに飲みながら教えてもらった。
「ないわ。あそこも今はそれどころじゃないもの」
「そうなんですか?」
「…………」
これ以上は秘密事項ってことかな。面倒事には巻き込まれたくないから黙っておこ。
「後は呪いに特化した魔王種が現れたとしか考えられないわ」
「魔王種、知恵を持つ程に進化した魔物のことですよね」
「ええ、でも自分で言っておいてなんだけれどやっぱりそれも無いわね。いくら魔王種と言えども、ここまで強力な呪いを振りまくだなんてありえないもの」
魔王種になんて出会ったら俺なんか瞬殺だろうな。ちょっとばかり強くなったからって増長などしないのだ。
「さて、休憩終わり」
「じゃあ俺も用事済ませて帰りますね」
「そういえば何の用で来たのかしら」
「ポーションのレシピ本をもう一度見せてもらいたくて」
「ポーション?」
俺が持つ特級解呪ポーションなら王族にかけられた呪いが解けるかもしれない。しかし最低品質の製品は一つ下のランクの製品よりも効果が薄いと言われている。つまり最低品質な中級ポーションよりも最高品質な下級ポーションの方が効果が高いということだ。
特級解呪ポーションの高品質版を作るために、必要な素材の加工方法を覚えに来たのだ。レシピに書かれている素材と臭い森の素材は違うが、同じ薬を作るレシピであれば性質が似ている素材が選ばれることが多く、加工方法も参考に出来るはず。
「すぐに読んで出て行きますので邪魔はしませんから……」
「待ちなさい」
「え!?」
立ち上がって本棚に移動しようと思ったらエリーさんがものすごいスピードで俺の前に移動して真正面から俺の両肩を掴んだ。
目が血走っていて真っ赤ですげぇ怖いんだけど。
「もしかして見つけたの?」
「な、何の事ですか」
「特級解呪ポーションの素材を見つけたんでしょ!」
馬鹿な。
いくら王族が呪われたタイミングで来たからって、俺なんかの底辺探索者が特級解呪ポーションを作れるなんて普通は思わない。どうしてバレたんだ。
そういえばエリーさんは俺の心を読むのが得意だったな。まさか読まれたのか。
「やだなぁ。俺は初心者向けの臭い森しか探索してないんですよ。そんな素材見つけられるわけないじゃないですか」
「そうとは限らないわ。あの森はあの特殊な臭いであらゆる植物が変異している。特級解呪ポーションの素材が存在していてもおかしくない」
エリーさんはそこまであの森の臭いを評価していたのか。
「お願い、本当のことを教えて頂戴。見つけたのよね」
「ちょっ、何で泣いてるんですか!」
クマが酷く、血走った目からほろりと一筋の涙が零れた。エリーさんはいつも余裕ある大人の女性を演技しているような雰囲気があったけれど、今だけはその仮面が外れているように見えた。
「私の友達が昏睡しているの」
なんだそれを早く言って下さいよ。
――――――――
俺は別に特級解呪ポーションの製法を秘密にするつもりは無かった。ただ、希望を持たせてがっかりさせることが無いように、念のためもう一度製薬魔法が成功するかを確認してから報告するつもりだったのだ。そしてどうせならばしっかりと加工して魔法を使うことで普通の品質くらいにはなることも確認したかった。
「これとこれとこれと臭い水に製薬魔法をかけたのね」
「はい」
「なるほど、つまりコレがコレ、コレがコレ、コレがコレに相当しているようね」
文字で起こすと分かりにくいが、臭い森で取れた素材とレシピに書いてある素材の対応関係を示している。あの臭いによる変異の影響でレシピに書かれている素材に相当するものが生まれたのだとエリーさんは考えているようだ。
「レシピに従って加工したものと、この植物の従来の加工方法で加工したものの二種類を用意しましょう」
エリーさんが加工してくれるなら高品質のポーションが出来そうだ。
素材については俺が納品した物をストックしてくれてあり、密閉袋に入った臭い森産の素材が机の上に並べられている。
「早速作業を始めるわ」
あれ、エリーさん袋を開けようとしているけれど、素材の臭い平気なのだろうか。
「オエエエエエエエ!」
やっぱりダメだった。
美人さん台無しの姿を見せている。
「オエエエエエエエ!」
臭い消しの霧吹きで素材と空気を浄化させてあげた。
「た、助かったわ。私ったら男の人になんてはしたない姿を……」
素で照れるエリーさんめっちゃ可愛いぞ。
妖艶な姿よりこっちの方が……どっちもアリ!
「落ち着きましょう」
エリーさんは再び薬草茶を入れて気持ちを落ち着かせていた。先ほどまでは友達を助けたくて暴走状態だったってことなのかな。
エリーさんには治験で沢山迷惑をかけられているけれど、それと同時に色々なことを教えてもらった。助けになってあげたいなと強く思う。
「私は臭いの対処をしながらここで素材の加工をするから、あなたは水を採集してきてくれないかしら」
「分かりました。でももうすぐ夜なので時間かかるかもしれません」
「……ごめんなさいね」
「いえ、エリーさんのお友達のためだと思えばどうってことないですよ」
「うふふ、男の子なのね」
ちょっと格好良い事を言ってみたかっただけだったけれど、軽く流されたら凄い恥ずかしかった。
――――――――
夜の森に入るなんて自殺行為だけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。エリーさんのあの様子からして、一刻を争うような容体なのだろう。
探索者ショップでちょっと奮発して高価なライトと水筒を購入し、空腹だったので道中の屋台で串焼きを購入して無理矢理胃の中に押し込んだ。
「うお、まぶしっ!」
街の外に出ると周囲が真っ暗なのでライトをつけたら、二十メートル先くらいまでくっきりと見通せるくらいに明るくなった。金出したかいがあったな。
「騎士団の人は……いないのか」
その代わりに街道に『この先臭い森注意』と書かれた看板が置かれていた。看板にライトがついているから目立つので、街道沿いに歩いて来た人なら見落とすことは無いだろう。
ちなみに騎士団の見張りは大分前にアッゴヒーグさんから変わり、普通に真面目な青年が担当しているから少しつまらない。
いつもの香しい臭いに耐えて森に入ったがライト様様だ。まるで昼間かと思えるくらいに視界が良い。それに丁寧に地面を固めて道を作ったので足元にも不安は無い。
途中で魔物に出会うかなと思ったけれど、何事もなく最奥部の池に辿り着いた。
「念のため試しておこう」
エリーさんのところでレシピを見て素材の加工方法は覚えた。
鮮度が重要かもしれないから、ここで製薬魔法を使って試すつもりだったのだ。
もし鮮度が悪くて成功しなかったらまたここに戻ってこなければならず、時間の無駄だ。だから試しにここで加工して作って確認する。
「よし、やるぞ」
素材の処理方法はエリーさんに叩き込まれたし、今回は難しい手順は無いから大丈夫だ。丁寧に処理して、臭い水に漬け込みながら製薬魔法を唱えた。
「魔力がすげぇ吸い取られる!」
最低品質の特級解呪ポーションを作った時とは吸われる勢いが明らかに違う。このままだと魔力が枯渇して倒れるかもしれない。こんなところで倒れたら魔物に襲われてアウトだ。まさか品質の違いでここまで違うとは。最悪の想定外だ。
「まだか……まだなのか?」
あまりの勢いだからか気持ち悪くなってきた。魔力の残りも危ないし、そろそろ諦めて魔法を中断すべきか。そう判断しかけた時、魔力消費の勢いがぐんと落ちた。どうやらギリギリでなんとかなりそうだ。
「さぁて、どんな品質のものが出来るかな」
魔法が終わり、手元には大きめのビーカー的な入れ物に入った液体だけが残った。
『特級解呪ポーション(高品質)』
「よっしゃああああああああ!」
どうだやってやったぜ。
最高品質ではないが、高品質なら文句なしだろう。
「エリーさん待っててくださいね」
ポーションと追加素材を手に、今度は街へと向かって急ぐ。
「うっ……」
魔力を消費し過ぎたのか、少しふらつくが休んでいる暇など無い。気合を入れて悲鳴をあげる体を無理矢理動かして前に進む。
そういえば今回は風呂に入っている時間が無いな。
霧吹きで対応しよう。
かなり臭いが残るかもしれないが、夜中で往来に人が少ないから騒ぎにはならないだろう。
「し、しんどい」
魔力が切れている訳では無いが、気持ち悪い感覚がずっと体の中をグルグルと渦巻いている。これは確か急激に魔力を使った時に起こる魔力酔いだ。サイエナーさんから教えてもらった。はは、あの実験もクソだったな。
半ば意識が朦朧としている状態だが、エリーさんの家が見えて来た。後は手持ちの物を渡せば彼女が全てやってくれるだろう。俺は宿に戻って休ませてもらうぜ。
「ただいま戻りました」
「遅……オエエエエエエエ!」
「え?」
俺の体ってまだそこまで臭かったのか。
はは、慣れ過ぎて感覚マヒってたわ。
あ、もうダメ。
「エリーさんこれ素材と高品質ポー……ショ……」
そこまで口にして俺の意識は闇に落ちた。
床に倒れ、顔が濡れ、ツンとした刺激臭と共に。
え、まさか俺が倒れた場所ってエリーさんのゲ〇が……
最悪だ!
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