9. 初戦闘

 異世界に来てから丁度四十日。

 こちらの暦は一年が四百日で一月が四十日。


 俺の精神年齢は四十歳だけれどそれは日本での換算だから一年の日数が違うことでややこしいことになっている。面倒だし身分証に四十歳って書いてあったから四十歳で押し通すことにした。もしも一日の時間も二十四時間で無いのなら更にややこしいことになるな。


 それはさておき、四十日も生活していたら流石に異世界生活に慣れて来た。

 相変らず宿生活で日当稼ぎで生きているけれど、一日の収入が支出よりも大幅に上回るようになってきたから生活に大分ゆとりが出て来た。


 その収入の大半が厄介な連中に拉致されて強制的に依頼を受けさせられた結果というのが腹立たしいが、初回よりも報酬を奮発してくれているので悔しいが助かっている。


「というわけで、こっちでももっと稼ぎたいのでそろそろ奥に行こうと思います」

「無理しなくても良いと思いますよ」

「現状の方が無理してるので……」


 俺は臭い森の中に入って探索をするつもりだった。

 何故ならば、実はついにあの臭いに慣れて来たからだ。もちろんまだ臭いし油断すると吐きそうになるが、ぶっ倒れそうな程の不快感は感じられなくなった。

 となると臭い薬草ことエリミ草の採集だけではなく、奥にある別の素材を集めることで稼ぎを増やすべきではないかと思ったんだ。探索者としての仕事だけで安定して食べていければ、拉致されそうになった時に大金が貰えるから仕方ないなんて思わずにもっと心の底から抵抗出来るはずだ。


「でもシュウさん、戦闘は大丈夫なの?」

「はい、ここしばらくある人に教わってまして、弱い魔物相手なら問題無いだろうって言われました」

「それならそれで別の依頼を受けてもらいたいのですけどね」

「あはは、競合がいなければ考えますよ」

「もう、いつもそれなんですから」


 異世界だからと気持ちを切り替えようにも、仕事の奪い合いは会社員時代を思い出すからやりたくない。それに実際に奪い合いって探索者ギルドでもかなり問題になってるらしいしな。


「四日前くらいでしたっけ、若い探索者が大喧嘩してたじゃないですか。あそこには入りたくないなって思いまして」

「あれはギルド側にも問題がありますので……」

「問題って、どう考えても探索者が悪いと思いますが」


 それでも責任を取らされてしまうのが組織の辛い所なのは異世界でも同じなのか。


 何が起きたかって納品順に関する諍いだ。納品するにはまず番号札を受け取って、番号順に呼び出されて窓口で納品手続きをするのだけれど、その番号札の奪い合いが起こってしまったのだ。

 依頼を受けられる人数に制限が無いため、先に納品した探索者が必要数を納品したら後の探索者が同じ素材を持って来ても納品出来ない仕組みになっているため、少しでも早く納品したいという思いからこうしたトラブルが頻発している。

 それなら依頼できる人数を一人にすれば良いかと言うとそうでもなく、一人で複数の依頼を同時に受注することもよくあるため、まとめて納品するつもりで納品が期限ぎりぎりなんてことがよくあるのだ。この点、競い合わせることで納品が早くなるメリットがある。


 などと色々と考えた結果、現在の番号呼び出し方式になっているらしいが、もし俺が納品バトルに巻き込まれたら脅されて番号札をすごすごと渡す未来しか見えない。


 つまりやっぱり俺は不人気依頼を受けるしか無いのだ。


「そうだケイトさん。真ん中の納品窓口の男性、調子が悪そうですよ」

「え? そうですか?」

「はい。本人は誤魔化そうとしているようですが、不自然にふらついているときがあります」

「シュウさんったら本当に良く気付きますね。いつもありがとうございます」

「いえいえ、大したことじゃないですよ」

「大したことですって、その観察力は探索者として武器になりますよ」

「そうですかね」

「はい!」


 俺はただ相手の機嫌を損ねないように挙動を細かく見る癖がついていただけなのだが、それが探索者をやっていて本当に役に立つのかね。プログラムの評価漏れとか見つけるの得意だったから、それが『探索』に向いていると良いな。


「それじゃ行ってきます」

「はい、お気をつけて」


 早速今日から森の奥へ向かって驀進だ、なんてことはない。

 臭い森に人が入らなくなってから十年。森の中の道はすでに無くなっているため、道を作りながら少しづつ進まなければならないからだ。


 それともう一つ。


「これまでありがとうございました。師匠。てい!」

「くっ、相変わらず卑怯な奴め」

「それはお互い様でしょう。こっちが頭を下げたら攻撃して来るつもりだったくせに」


 魔物と戦えるのかどうかを確認しなければならないからだ。

 平和な日本で暮らしていた俺が、生き物を殺めることが出来るのか。それは探索者を続ける上で大きな問題だ。異世界モノの中ではそのことを軽く受け止めるものもあれば葛藤するものもあり、果たして俺はどちらのケースになるのかまだ分からない。今のところはまだ抵抗感があるが、襲われた時にどう感じるのだろうかが重要だ。


「何不安そうな顔してやがる。それだけ強ければ負ける方が難しいわ」

「そう言われても実感湧きませんよ」

「チッ、たった一月で俺と打ち合える化け物の癖に」


 化け物は酷いな。

 アッゴヒーグさんが弱いだけじゃ無いのかな。それかいつも暇そうにしているから腕がなまっているとか。


 確かに不自然に・・・・体が良く動く気がするけれど、騎士団の人と勝負になるだなんて変だもん。あるいは俺が戦闘系チートを貰っていたかだ。


 臭い森から魔物が出てくると、森に行けなくなるどころか拉致されて酷い依頼を強制的に受けさせられる。それが嫌だったので、だったら自分で魔物を狩れるようになりたいと思いアッゴヒーグさんに特訓をお願いした。

 最初の頃はオッサンにボコボコにされるだけの毎日だったが、徐々に攻撃が見えて来て避けられるようになり、打ち合えるまでに成長出来た。


「探索者に飽きたら騎士団に来い。お前なら喜んで受け入れてもらえるぞ」

「でもお厳しいんでしょう?」

「お試しでも良いから訓練に参加してみれば分かるぞ」

「絶対に参加しません」


 サイエナーさんが作っていた怠け者用の強制訓練魔道具を味わったんだ。あそこまでのことを騎士団は強いて来るとなれば、訓練も地獄の可能性が高い。この国に忠誠心があるわけでもないのに、誰が入るものか。


「それじゃあそろそろ行きます」

「さっさと行け」

「今まで本当にありがとうございました」

「チッ、らしくねーことすんな」


 最初の頃は私怨まみれでボコボコにされたけれど、結局オッサンは真面目に教えてくれた。感謝するのは当然だ。それとこれとは別だから帰りのいたずらは止めないけどな。


 森へ向かって歩くといつもの臭いが鼻孔をくすぐる。不快感に顔をしかめながらも歩くスピードは全く落ちずに森の近くまで辿り着いた。


「おっとマジかよ。早速お出ましか」


 森の中からガサガサと草をかき分けて何かが出てこようとしている。その場所は背丈の高い草が生えていて、出てくる敵の姿はまだ見えない。


 俺は腰に挿していたショートソードを手に構えた。

 ショートソードと言ってもナイフやダガーのような超短い刃のものでは無く、それなりの長さがあるものだ。武器屋で色々と試した結果、これが一番しっくり来た。

 短かすぎると敵にかなり近づく必要があるから怖いし、かといって長いと重くてうまく振り回せないからその間をとった形だ。

 素人は槍が良いらしいが、槍は持ち歩きにくいからな。


「ぐげっ」


 出てきたのは異世界モノ定番のゴブリン、かと思いきや顔がカエルだった。背丈は三頭身くらいで体は腰みのだけ巻いていて少し小太り。手には錆びた小さな鉈を持っていて二足歩行。


 アッゴヒーグさんからこの森に生息する魔物の情報は教えてもらってある。

 こいつの名前は『ベロッグ』。

 単純な物理攻撃しかしてこず、動きも遅い最弱の魔物。


 しかしこのカエルの顔って前にレストランで食べたものに似ているような気が……考えてはいけない。


「この感覚、マジか」


 生き物を殺せるか不安だったなんて考えていたのが馬鹿らしい。


 これは殺さなければならない存在だ。


 気分はまるでGを見つけた時のような感覚。

 猛烈な不快感、異物感、存在すら許せず滅殺するのが当然。


 魔物とはそう感じさせる物だった。

 見た目は関係なく、存在がそう思わせると言う事は異世界的な何かが働いているのだろう。


「ぐぎゃっ!」


 ベロッグが俺に飛び掛かり鉈を振り降ろそうとして来る。


「ふん!」


 俺もまた前に出てすれ違うようにベロッグの胴体を斬りつけた。速さが違いすぎたのか、ベロッグは全く反応出来ずに鉈を振りかぶった体勢のまま地面に崩れ落ちた。


「死んでる……のか?」


 アッゴヒーグさんとの訓練の成果か、思った以上に自然に体が動いた。臭いの不快感により体が動かなくなることもなかった。


 ベロッグはピクリとも動かず倒れたままだ。白目を剥いて泡を吹いていて絶命しているように見える。


「殺した……はは、何も感じないや」


 それどころか害虫を駆除出来て喜ばしいとすら感じている。生き物を斬った感触は手に残っているが、気持ち悪くない。これがこの世界での魔物との向き合い方なのか。


 ベロッグは売れるような素材が無いため放置するのが普通だ。そのため解体したりギルドに持ち帰る必要は無い。


「おおマジで消えた」


 魔物の死体は放置しておくと黒い霧のようなものになって消えてしまう。少し前までベロッグの死体があった場所には何もなくなっている。


「良いか悪いか分からんが、魔物を倒すことは出来そうだな」


 これを機に殺しに溺れるようなことが無いと良いな。

 害虫駆除の感覚でしかないから大丈夫だと信じたいが。


「よし、それじゃあ森の中に入るか」


 魔物を倒せるようになり、臭い森の臭いにも慣れた。

 つまりこれから先はこの森の素材を独占して入手し、納品することが出来るということだ。


 臭い森は元々初心者向けの森ということで大した素材が無い。しかし臭いがついたことで新たな効果を発揮するようになった素材がある。もちろん臭い薬草ことエリミ草のことだ。臭いが着く前は低級ポーションの材料でしか無かったのだが、臭いの影響でED治療薬という新たな効果を生み出した。

 恐らくは他にも似たような素材があるに違いない。そしてそれらをギルドで買い取ってもらえることをケイトさんに確認済みだ。

 俺しか入れない場所に生えている俺しか採集出来ない素材。誰とも依頼を奪い合わずに稼げるとなれば、最高の採集場になるだろうし良い稼ぎになるはずだ。


「ついに異世界生活が始まったって感じがする」


 やれることが増え、生きる術を見つけ、毎日のように新たな発見があり、正直なところかなりワクワクしている。


「後は目標が必要だな」


 ひたすらお金を稼ぐのか、名声を求めるのか、探索者ランクを上げるのか、安定した生活を求めるのか、そろそろ目標というか方向性を定める必要があると思う。


 今すぐには思いつかない。

 ただ、色々なことにチャレンジしてみたいなとは思う。


 日本に居た時はずっと同じ会社でやりがいの無い仕事を死んだようにこなすだけだったから。


 今のこのワクワクを大事にして、楽しく笑って生きたいと思う。


「とりあえず今はこの森の探索だな」


 俺しか探索出来ないくっさい森の中を探索するだなんてワクワクするもんな。


 え? 普通はしない?

 まっさか~

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