8. イカれた料理

 なんということだ。

 まさか三日連続で臭い森に行けないだなんて。


 役所のオバサンにまた嫌な顔をされて依頼書を押し付けられたが、酷い依頼がまだあるのかよ。


 探索者としての仕事を中断し、役所での仕事を受注したことで王都の大まかな地図を覚えられた。


 中央北部にある王城を中心に、南に半円を描くような形で貴族街が広がっている。


 西部には旧住宅街、東部には新住宅街。

 本来は西部に住宅街を広げる予定だったのだけれど、近くの森が臭くなったことで予定を変えて東部に広げるようにしたらしい。


 南西部は工業団地。

 多くの工場が建てられているらしいが、俺はまだ見たことが無い。


 南東部は旧市街。

 遥か昔、王都が小さかった頃はこの辺りが街の中心部だったらしい。


 中央部から南部にかけては商業地区。

 武器防具屋、食料品店、雑貨屋、娯楽施設など様々な店が立ち並び露店も多い。


 一昨日の魔道具師サイエナーさんは東部の住宅街の外れ、昨日の薬師エリーさんは旧市街、そして今日の依頼は商業地区。それも貴族街に近いところのレストランだ。

 貴族街に近いということは、貴族が訪れる可能性があるということで、必然的に格式が高い店が多い。依頼先のレストランも高級レストランの部類に入るお店らしい。


 そんなお店が俺に何の用かと言うと。


「…………」

「食え」


 そう言われても、どれを食べれば良いんだよ。


 皿の上には魚の頭部が円を描くように何匹分も置かれていて、全ての目が俺の方を向いている。しかもその円の中央には赤くて大きなカエルらしき生物がこれまたこっちを見つめていて、こちらはピクピクと動いている。


「あの、これって生ですよね?」

「違う。調理済みだ」


 真顔ですか、そうですか。

 このオッサンシェフ、店に入った時からず~っと真顔なんですけどね。

 感情が分かりにくいから対応に困る。


 目つきが鋭いが特に力を入れている訳では無く自然な表情に見えるので、きっと元からこういう表情なのだろう。勤めていた会社にも顔つきが怖くて上司から敬語で話しかけられていた若者がいたなぁ。


「うう……」

「早く食え。冷めたら意味が無い」


 食べるしかないのか。

 この依頼の達成条件は、特殊な料理を完食して感想を言う事。


 特殊な料理っていう文言が気になったが、最初の一品からいきなりグロテスクな見た目の料理が出て来て食が進まない。


 だがこのままでは依頼未達成になる。

 昨日と一昨日のあのハードな依頼を達成できたのだ。この程度で尻込みしてどうする。


「えいっ」


 先端部が長めの四つ又フォークをカエルにぶっ刺した。

 無作法だなんて言わないでくれ。ナイフが用意されていないのでこうして持ち上げるしかないんだ。


 刺した瞬間にカエルが小さく震えたような気がしたが、刺した部分から血が出てくるなんてことはなかった。持ち上げて観察すると、透明なソースがかかっていることに気が付いた。表面はプルプルと震えていて、生々しい。


 この赤さといい、生っぽさといい、本当に人間が食べて大丈夫なものだろうか。


「くそぅ」


 意を決してかぶりつくと、思いの外弾力があった。

 カエルは鶏肉のような食感がするなどと聞いたことがあるが、これは確かに紛れもなく鶏肉の食感だ。


 ただし。


「うっ……」

「全部食べろ」


 まずい。

 とにかくまずい。


 かかっているソースは美味しいのに、肉汁が渋くて酸っぱくて苦くて食えたもんじゃない。噛み切った断面を見たら火が通っているらしき色合いだったので少し安心したが、あまりのまずさに見た目のことを忘れてしまうほどだった。


 これを全部食べろとか拷問ですか。


「目玉も食え」

「わぁお」


 目玉をかみ砕いた瞬間、これまでで最高の渋みが口の中に広がる。もちろん水なんてものは用意してもらえず、しっかりと味わって感想を言わなければならない。気合でカエルを食べ、周囲の魚に手を出すも似たり寄ったりの酷い味だった。

 完食後、それを素直に伝えたのだが……


「そうか」


 どうして満足そうに頷くのかな。

 真顔なのは変わらないけれど、ほっとした表情になったのを俺は見逃さなかったぞ。


「ここのお店って、こんな料理が出るんですか?」

「特殊な貴族向けだ」

「これが好きな人がいるんですね。信じられません」

「同感だ」


 この人、ではなくキッチョさんも美味しくないって思ってたんだ、良かった。

 この味がこの世界での高級料理だとしたらがっかりするところだったよ。


「次だ」


 やっぱり一品だけじゃすまないか。


「辛っ!? 辛すぎる!」

「うっぷ。甘すぎて吐き気がするなんて経験初めて……」

「し、しし、しび、しびしびしびれ」


 まともな料理なんて来るわけ無いですよね、ハイ。

 どれもこれも貴族様からリクエストがあった料理なんですってさ。本当は拷問用なんでしょ。


 それにしても『貴族』か。

 これまでさらっと流していたけれど、この国は貴族制の政治体制らしい。異世界テンプレではあるけれど、『貴族』だなんて言われてもその実態は不明だ。地球的な貴族なのか、異世界モノ的な貴族なのか、はたまた俺の知らない体制を自動翻訳君が近い言葉として当て嵌めただけなのかも知れない。


 『貴族』だからこうあるはずだ、なんて思い込みで行動したら痛い目を見そうだから気を付けよう。『貴族』なんて呼ばれているのに実態は『平民』よりも格下なんて可能性だって無くは無いしな。


「これで最後だ」


 良かった、これで解放される。

 それにそろそろお腹いっぱいだからもう無理って言おうと思っていたので丁度良い。


「スープですか?」

「…………」


 相変らず説明なしですか。

 二番目に出て来た激辛料理もスープだったな。あの時は感想を伝えた後にポーションくれて飲んだら胃腸が治ったけれど、ポーションが必要な料理ってなんだよ。


 とりあえず、出されたスープの香りを確認してみる。


「これは!」


 臭い。

 すごい臭い。


 でも臭い森の臭いと戦っている俺にとっては全然余裕だ。

 なるほど、最後のは臭い料理ってことか。


「うん、美味しい」

「!?」


 キッチョさんが大きく目を見開いた。表情が露骨に変わったのはこれが初めてだ。


「臭いの原因はこの謎肉かな。うん、噛めば噛む程くっさい香りが口の中に充満する。でもそれと同時に濃厚な肉汁が広がるし、スープと合わさると旨味がグンと増す」


 一緒に煮込まれている野菜は敢えて半煮えにしてるのかな。これはこれでまた臭いけれど、シャキシャキ感があって程良いアクセントになっている。


「正気か?」

「俺、臭い森で採集してるからこのくらいの臭さなら平気です」

「正気か?」

「どうなんでしょうね……」


 二回目の『正気か?』は臭い森に入ってることについてだよな。

 初回の採集時に赤字だったことに腹が立って半ば意地で採集しているようなものだけれど、だとしてもあれだけ臭い森で採集を続けるなんて正気じゃないと思われても仕方ない。自分でも自信が持てないもん。


「ごちそうさまでした」


 これにて完食、依頼は完遂かな。


「あの……」

「ん」


 確認しようと思ったらキッチョさんに液体が入ったスプレーのようなものを渡された。確かにこれ使わないとこの後で色々な人に怒られる。ちなみに俺も持っている。


「すぅ~、んっんっ」


 スプレーをワンプッシュすると霧が出て来るのでそれを鼻から思いっきり吸い込み肺にまで行き渡らせる。そして口からも吸いこんでうがいのように口の中で溜めてから飲み込む。


 臭い消しだ。


「くんくん、くんくん、良しこのくらいかな」


 息から臭いが消えたことを確認してからスプレーをキッショさんに返した。


「それじゃあこれで依頼達成ということで良いでしょうか」

「ああ」


 キッショさんはキッチンの方へ向かうと、何かを持って来た。


「ほらよ」

「ありがとうございます」


 報酬の二万セニーと何かの紙だ。

 ってあれ、二万セニー?

 依頼書には一万セニーって書いてあったんだけれど。


「報酬が高すぎますよ?」

「完食するとは思わなかった。追加だ」


 全部食べろって言ったのあなたですよね。

 まさかここまで頑張らなくても報酬くれるつもりだったのかな。

 しまった馬鹿正直に頑張りすぎた。


 でも二万セニーもくれたから結果オーライかな。


 報酬と一緒に渡された紙は名刺状のサイズのもの。

 書いてある内容はこの店の名前と……


『無料御食事券』


「え、マジで!?」


 ここって高級レストランだぞ。

 相場は知らないけれど、一回の食事で数万セニーは軽く飛ぶはず。

 宿暮らしで金がいくらあっても足りない状態の俺にとっては、こんなお店で食事をするなど夢のまた夢だ。


「いつでも来い」

「ありがとうございます!」


 何か良い事があったら来ようっと。

 臭いと戦い日銭を稼ぐだけの毎日なんてどこかで心が折れそうだもの。このくらいのご褒美があった方がやる気が出るってものさ。


「もう一度依頼を受けたらまたやる」

「……考えておきます」


 次のための布石だったのか。

 キッチョさんも中々の策士だな。


「…………」


 もしかしたらキッチョさんは表に出にくいだけで感情豊かなのかもしれない。だってパッと見は真顔で不愛想だけれど、良く見ると目じりがわずかに下がって残念そうにしているから。


 しかしこんな風にサービスして俺をもう一度呼ばなければならない程に依頼を受ける人がいないのか。


 思えば一昨日と昨日の依頼も無茶苦茶な内容だったし、当然のことながら受ける人がいない塩漬け依頼になっていた。誰とも奪い合う必要が無く、報酬もそれなりに良い依頼ということはもしかして俺に向いているのか?


『死ななかったら治してあげるからね、てへぺろ』

『いーっひっひっひ、あひゃひゃひゃは、くっくっくっくっぐひゃははひゃ』

『し、しし、しび、しびしびしびれ』


 なわけねーだろうが!

 いくら独り占め出来るからってこんな依頼受けてたら心も体も持たない。


「じゃあ失礼します」


 次に来るときはチケットを使う時。

 もう依頼では二度と来ないだろう。


 そう思ってレストランから出ようと外に向かったら、突然出入り口のドアが外から開かれた。

 今日は俺の依頼のためにこの時間は店を閉めてあるはずなので、閉店中の看板を見落とした誰かが入って来たのかなとでも思ったら……


「終わった? 次はボクの番だよ!」

「は?」


 何故かそこにいたのはサイエナーさんだった。


「ほらこっちこっち」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいって。いきなりどうしたんですか」


 引っ張って何処に連れて行こうって言うんだ。


「どうしたもこうしたも無いよ。夜までボクの実験に付き合ってもらうからね」

「は?」


 どういうことだ?

 俺はサイエナーさんの依頼を受けてないし、もう受ける気も無いぞ。


「ちゃんと依頼を出して受けた人を使って下さいよ」

「受けてくれる人なんかいないもん。だからキミを探してたんだ」

「俺はもうやりませんって」

「そこをなんとか。報酬は出すからさ」

「嫌です」


 天井に勢いよくぶつけられたり、魔法ぶつけられたり、爆発したり、気絶するまで強制もも上げさせられるような依頼なんて受けるものか。


「お願い、他に頼める人が居ないの」

「そりゃああんな内容ならそうですよね」

「最後まで付き合ってくれたのキミだけなんだ」

「もう付き合いません。というか、どうして俺がこのレストランにいるって分かったんですか」


 まるで俺がここにいることが分かっていたかのような登場方法だったのが凄い気になっている。だってもしも俺の場所が把握されていたら、今後もこうやって粘着される可能性があるから。


「だってキミ、昨日エリーちゃんの所に行ったんでしょ」

「え?」


 なんでそのことを知っているんだ。


「もしかしてお知り合いですか?」

「そうだよ。エリーちゃんは王国薬師部隊の隊長でお友達だからね」

「王国薬師部隊の隊長」


 良く分からないけれど大物だってことだけは察した。


「エリーちゃんもボクと同じで依頼を受けてくれる人がいなくて困ってたんだ。そうしたらキミが来たって言うじゃないか。これはと思ったね。キミは塩漬け依頼をこなしてくれてるんだって」


 自分で選んだわけじゃなくて押し付けられただけなんだけどな。


「しかも不人気中の不人気の依頼を選んでいる。となると次はキッチョ君のところかなって思ったら大当たり」


 不人気依頼の主が知り合いで、俺が受けたことが筒抜けだったってことか。


「ねぇおねが~い。ボクを助けて」

「だから嫌ですって」

「そんなこと言わないでさ。エリーちゃんもまたお願いしたいって言ってたよ」

「わぁお」


 キッチョさんも俺にまた依頼を受けて欲しい雰囲気だったし、どうやら厄介な人達に目をつけられてしまったようだ。以前の俺なら争いごとになる雰囲気を恐れて嫌でも引き受けてしまったかもしれないが、せっかく当たりの異世界に転移して寿命もたっぷり延びたのにこんなにくだらない命の危機になんぞ関わってたまるものか。


「ごめんなさい!」

「あ、逃げるな!」


 こんなの全力逃亡一択に決まっているだろう。

 とにかく撒いてから今後の異世界生活の方針を練り直さなければ。


「えいっ」

「ぎゃああああああああ! もも上げはもう嫌だ!」


 また俺の足に輪っかが巻き付いて動きが封じられてしまった。

 あの地獄をもう一度味わえと言うのか、あんまりだ!


「それは逃亡者の捕獲用魔道具だから安心して」

「そっか、それなら安心……出来るか!」

「さぁ行くよ」

「止めろ! 外せ! 引っ張るな! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 誰か助けてええええええええ!」

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