3. 不人気依頼
「おうおう、ここはてめぇみたいなガキが来るところじゃねーんだよ!」
なんて王道の絡みがあるかなと思ったものの、探索者ギルドに入っても何も起きなかった。中に居た人が一斉にジロリと見てくることすらなく、完全にスルーされたのは普通の事だけれどなんとなく寂しい。東洋人は若く見られやすいとは言うが、流石に二十歳の顔立ちだと気にもならないのかな。
建物の中をぐるりと確認すると、壁に沢山貼られた紙を眺める人々の様子が特に目立った。その紙は日めくりカレンダーのように重ねて貼られているらしく、読み終わった人の何人かがちぎって持ち出している。近づいて適当に一枚読んでみよう。
――――――――
名称:コカトリスの卵
個数:二個
報酬:十万セニー (一個あたり)
納品単位:一個
受注難易度:B
掲載日:グリフォンの月 十八日
締切:ワイバーンの月 四十日
備考:ひび割れ無効
――――――――
なるほど、依頼書ってわけか。
カレンダーみたいに複数枚が重なっているものは、何人も同時に受注して良いってことなのかな。でも最初に受注した人が必要個数を納品したら後から持って来た人は受け取って貰えないのだろうか。
「おいおい、お前さんにはこの依頼はまだ早いぞ」
「え?」
依頼の仕組みを色々と想像していたら背後から声をかけられた。
タンクトップを着たスキンヘッドのオッサンで、筋肉質な肌がピクピク動いて少し気持ち悪い。
「コカトリスはB級以上の探索者が挑む相手だ。依頼は卵だからコカトリスを避けて盗み出せば良いとか考える馬鹿がいるが、そういう奴に限って戻って来ない。初心者はおとなしく初心者向けの依頼をこなすべきだぞ」
「なるほど、ありがとうございます」
どうやらこのオッサンは初心者に優しい親切キャラなのだろう。いかついオッサンというのはある意味テンプレだが、もう少し目に優しいお姿でも良いんですよ。話をしながら筋肉を動かされると気になって集中出来ないんだよ。
「私が初心者だってやっぱり分かりますか」
「そりゃあそれだけ見た目が若ければ分かるに決まってる。まだ四十くらいだろ?」
「え?」
「あれ、違ったか?」
「いえ、正しいですけれど四十に見えますか?」
「見えるも何も、真っ当な見た目だぞ」
どういうことだ。
俺の見た目は二十歳くらいだと思っているのだが、このオッサンは四十に見えると言う。
「ちなみに……」
「俺か? 俺は七十三だ」
「七十三!?」
「おいおい、驚きすぎだろ」
どう見ても三十代か四十代くらいにしか見えないぞ。
七十三のお爺ちゃんだなんて信じられない。
いや待て。
俺の見た目が二十で実際は四十。
このオッサンの見た目が三十代で実際は七十三。
まさかこの世界は日本と違って成長が二倍くらい遅いのか?
だとすると俺は若返ったのではなく、この世界相当の見た目に変化しただけなのか。しかもこれから十年以上も瑞々しい肉体のままで生活出来るし、寿命が尽きるのも遥か未来だ。
この世界、大当たりにも程があるだろ……
「失礼しました。もっとお若いのかと思いまして」
「はっはっはっ、おだてても何もでねぇぞ」
「いたっ、痛い痛い」
「おっとすまん」
背中を思いっきりバンバン叩かれたがすげぇ痛い。
手のひらの真っ赤な跡がついてそうな気がするわ。
「それで初心者向けの依頼はどの辺りに貼られてますか?」
「あぁ? それ知らないなんてお前ここに来るの初めてか?」
「はい」
「じゃあ先にあそこで探索者登録して来いよ」
おっさんが指さしたのは『一般受付』と書かれた窓口だった。
「分かりました。ありがとうございます」
「おうよ、無理せず頑張れよ」
「はい」
探索者ギルドの窓口は四種類あり、一つがこれから俺が向かう『一般受付』で窓口は一つ。もう一つが『依頼受付』でこちらも窓口が一つ。これらは使う人があまり居ないのだろう、誰も近寄る気配が無い。
そして窓口が三つあるのが『納品』と『買い取り』だ。こちらは今も探索者達が並んでいてフル稼働している。
「あの、すいません」
「はい、どのような御用でしょうか」
役所とは違って綺麗なお姉さんが座っていた。
他の窓口のお姉さんの方がレベルが高いような気がしなくは無いが、そんなことは決して思ってはならない。
「探索者登録をしたいのですが」
「かしこまりました」
何かを書いたりする必要は無く、身分証を出すだけですんなりと登録が終わった。登録証みたいなのも特になく、探索者証明が必要であれば申請すれば紙を発行してくれる。住民票みたいだな。
探索者にはランク付けがされていて、Sが一番優れた探索者でABCDEFと続く。ランク付けをしている理由は依頼難易度を分かりやすく表現するためと、指名依頼をする際に参考にするため。
「依頼の受け方について教えてください」
依頼は壁に貼られた紙を剥がすだけで良く、特に依頼申し込み手続きとかは不要とのこと。
納品は早い者勝ちで、遅かった人は受け取って貰えない。ただし素材によっては一般買い取りもしているから『買い取り』窓口に持って行けば依頼報酬よりも安くはなるが買い取ってくれる。
「紙を全部剥がして独占する人が出て来るのでは?」
「探索者資格はく奪の上に出禁です」
「わぁお」
そこまで厳しい対応をするんだな。
こちらとしてはありがたい限りだが。
後は常時依頼とスポット依頼があることも教えてくれた。
ポーションの材料となる薬草などはいくらあっても困らないため常時採集依頼が掲示されているが、報酬はかなり低い。スポット依頼の方は期限と納品数が定められていて早い者勝ち。スポット依頼の方が数が多く、その中で自分の実力に相応しい依頼を選ぶのが普通のやり方とのこと。
「初心者向けの依頼ってどのようなものがありますか?」
「薬草採集、食材採集がおススメです。腕に覚えがあるなら植物系の魔物の素材を集めるのも良いかもしれません」
「魔物の素材ってことは戦うんですよね」
「はい、王都近郊には弱い植物系の魔物が多く生息していますので」
そっか、戦うのかー
異世界に来たなら魔物退治もテンプレだろうけれど、そもそも俺って戦えるのだろうか。先ほども思ったが戦闘チートとか持ってるのかな。無いなら危険なことはなるべくやりたくないな。
そういえば探索者は素材集めがメインで魔物退治は入ってないんだな。
素材にならない魔物は狩らないのだろうけれど、そういう魔物が襲ってきたら誰が倒すのだろうか。
「騎士団ですよ?」
素直に聞いてみたらどうしてそんなことを聞くのかと不思議そうに答えられてしまった。この世界の一般常識なのね。
「そういえばそうでしたね」
「?」
上手い言い訳が思いつかないから他の話に変えて強引に誤魔化そう。
「最初は採集の依頼を選ぶことにします」
「慎重ですね。ですが探索者にとってとても大事な事です。欲は身を滅ぼしますから」
「はは、肝に銘じます」
無理して命を落とした探索者が沢山いるんだろうな。
お姉さんが遠い目をしているが、戻って来なかった人々の事を想っているのだろう。
「初心者向けの依頼はあちら側に固まっておりますので、そちらをご確認ください」
「分かりました」
指示された場所に向かうと確かにそこには受注難易度がFと書かれた依頼が貼られていた。しかしそれらを受注するには俺にとって大きな問題があった。
「人気ありすぎだろ……」
駆け出しの探索者が多いのか、カレンダー式の依頼紙が何枚も剥がされていた。どれもこれも人気依頼で、今から受注したとしても間に合いそうにない。
なお問題はそこではなく『人気依頼』という点だ。
先程の窓口に戻ってお姉さんに追加で聞いてみた。
「依頼の納品順でトラブルになることってありますか?」
「……はい」
やっぱりあるのか。
お姉さんは苦々しそうな顔で答えてくれた。
同じ依頼を受注した探索者同士で足を引っ張り合ったり、ほぼ同時刻に戻ってきた探索者達がどちらが先か揉めたり、先に納品した探索者達に不平不満をぶつけたりと、醜い争いが絶えないらしい。
人気の仕事の奪い合いか。
墓下が沢山いるようなものだと思うと、ぞっとするな。
異世界に来てまで仕事を奪われることで頭を悩ませたくなんか無いぞ。
そうだ、だったら人気が無い依頼を探せば良いんだ。
塩漬け依頼とかあってもおかしくないだろ。
誰も剥がした跡が無くて、長く貼られて紙が色褪せている依頼は無いかな。
「お、あった」
――――――――
名称:エンペラードラゴンの素材
個数:制限なし
報酬:要相談 (最低でも一千万セニー以上は保証)
納品単位:一個
受注難易度:SSS
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ドラゴンいるんだ……
しかも
何かあったら騎士団さんお願いしますよ。
ともかく、俺に必要な依頼はこれではない。
難しすぎて塩漬けになっている依頼なんて、チートで俺TUEEEEになってから考えますよ。
違う意味で不人気な依頼は無いだろうか。
「お、今度こそ見つけた」
――――――――
名称:臭い薬草
個数:制限なし
報酬:500セニー
納品単位:一株
受注難易度:F
掲載日:常時依頼
締切:なし
備考:臭い森産に限る 根は不要
重要:絶対に密封袋に入れて納品すること
納品前に風呂に入り臭いを落とすこと
ギルド内で臭いを振りまいたらコロス (ギルド長)
――――――――
重要欄から滲み出る凶悪な臭さこそが、塩漬けの理由なのだろう。
幸いにも俺は臭い香りにそれなりに耐性があり、日本にいたころはシュールストゼロングみたい名前の激臭食材であっても問題なく嗅ぐことが出来た。別に汚部屋に普段から住んでいるからとかそんなことは無いとだけは強く主張しておこう。
ということで、これは俺にうってつけの依頼だ。
しかも報酬がかなり良いではないか。
ここに来る前に宿や八百屋っぽい店で貨幣価値を確認したが、どうも一セニーは一円に近いっぽい。つまりこの依頼は一株あたり五百円の報酬ということだ。
もしも問題が臭いだけで簡単に見つかり群生でもしていようものなら、しばらくは日雇いで生きていける。
今の宿が素泊まり五千セニーだから、一日に十株以上は見つけたいな。
依頼書に薬草の写真が載っているのも採取が楽で助かる。結構特徴的な形をしているから間違えにくそうだ。つーか、身分証の時に気付かなかったが写真の技術まであるのか。
俺は依頼書を一枚破り、また窓口のお姉さんのところに行き一つ質問をした。
「あのすいません」
「はい」
「密封袋ってどこで手に入りますか?」
「それなら隣に探索者向けショップがございますので、そちらでのご購入をお勧め致します」
そんな店があったんだ、気付かなかったわ。
「分かりました、ありがとうございます」
「ちょっと待ってください」
「え?」
早速買いに行こうかと思ったら、お姉さんに呼び止められてしまった。
「もしかして臭い薬草を取りに行こうとしてますか?」
「はい」
さっき俺があの依頼をちぎったところを見られてしまったかな。
「そうですか……」
ここまでとても親切丁寧に教えてくれたお姉さんが見るからに嫌そうな顔をしているんだが。
「そんなに臭いんですか?」
「あの臭いを嗅ぐくらいなら死んだ方がマシだと言う人がいるくらいには臭いですね」
「逆に興味出てきました」
「そう言って無謀なチャレンジをして絶望する人を何人も見てきました」
「わぁお」
どうやらお姉さんは俺でも無理だと思っているようだ。
「職員としてはこんなこと言ってはダメなのですが、あの依頼はお勧めしませんよ」
依頼があるということは、それを必要としている人がいるということだ。
それなのにその依頼をするなとは確かに探索者ギルドの職員が言ってはいけない言葉だろう。だがそれを言ってしまいたくなる程に臭いということでもある。
「ご忠告ありがとうございます」
「その様子では決心は変わらないようですね」
「申し訳ありません」
会社で改善活動をしている時に、やらせてくれずにダメだと却下されたことが何度もある。実際にやってみないと分からないのではと思ったことは数知れない。今回は俺を止める上司や同僚がいるわけでもないし、当時のうっ憤を晴らすというわけではないが、是非やってみたいと思う。
「念のため確認しますが、臭いだけで害は無いのでしょうか」
「その点は問題ございません」
「なら大丈夫です」
「本当にチャレンジするのですね……」
憐みの目で見られると日本を思い出すから止めて下さい。『こんなことも出来ないんですか?』と憐れんで来た後輩女性社員の瞳にそっくりだ。
「その依頼に挑戦するようでしたら、重要事項は必ず守って下さい」
「はい」
「本当に守って下さいよ?」
「やけに念を押しますね」
「ギルドマスターがその臭いが大の苦手で、処理が不完全なままギルドに戻ってきた探索者をはんごろ……指導したことがあるんです」
「わぁお」
絶対に臭いを取り切って戻って来ようと心に誓った。
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