第6話 久保栄奏
「また不壊さんは……勝手に出歩いて!!」
金色の髪を持つ女性が不壊の今後の予定と、まだ終わっていない予定を表示したタブレットを持って車を出していた。
車高の低い鈍色の車は大きな音を立てて東京を駆け回る。
多分速度制限はとっくに超えているが、警察も追いつけるような速度ではなく、本人のドライビングテクニックでどうにかなっているので、お咎めはない。クレームはあるけれど。
だがその運転者の女性は、そんなことを言っている暇すらない状況だった。
「まったく……『
『生討補佐員』とは、任務に赴く『生討』と連絡を取りながら、その状況や命令を伝える司令官のことである。『生討』1人につき、『生討補佐員』が1人つくシステムだ。ちなみに固定。
基本はワイヤレスのイヤホンでやり取りをしており、『生討』は風呂に入るなどの理由がない限りは極力外さないのだが、
「不壊さんだけは落としていくんですよね……!!」
怒り心頭な女性は不壊が身につけているはずだったイヤホンを握りしめて、どうにか堪える。
それを後ろの座席から見ているもう一人の女性が笑った。
「
「
「陽葵ちゃんの方が運転上手いんだもーん。」
スーツ姿でだらんと横になる、
『生討補佐員』は『生討』とは違い受験制で、高い判断力と聞き分けの良さや、単純な頭の良さや回転の速さなどを見て合否が決定される。
今までその最年少は、24歳の奈々央だったのだが、それは今年で塗り替えられてしまった。
20歳の陽葵によって。
「可愛いのにせかせかしてるから彼氏できないんだよー。」
「車からほっぽりだしますよ。」
「冗談だって。でももうちょっと気を抜くことも大切だよ?上手くいく人は上手に休憩してるんだから。」
「あなたから聞いても説得力ないですよ。」
少なくとも上手く休めているとは言えない奈々央のことは放っておいて、今は目指す『生討実技訓練所』へのナビを辿る方が先だ。
それは勝手に抜け出して、新しく入ってきた『生討』の子らにちょっかいを掛けている、奈々央の通信相手であるはずの不壊を、連れ戻すために。
「どうして私がこんな目に!!」
「あたしと組んだからだろうねー。」
『生討補佐員』は上司と一体一で実力を向上させる。
その相手を選ぶ時、前の最年少合格者という情報だけで選んでしまった自分を、陽葵はとっても恨んでいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
観客席は騒がしい。1年2年3年、全学年の『生討』の生徒が集まり、年齢関係なしの無礼講でガヤガヤと騒いでいる。
中には賭けを持ち出し、割と今月やばくなりそうな金額かけている者もいる。
それは皆、人類最強と『生討』の1年3人の戦いを見たいというのが理由である。
「っしゃあ!!やってやろうぜ弥雷!!」
「体力を温存しながら、いいタイミングで合わせるぞ。」
「貴様らはそこで見ていろ。それか我に合わせて動けば、まず勝ちは固い。」
「お前はマジでなんなんだ?」
愉快な3人が、コロシアムのような円形の会場に姿を現した。
1人は鉄で出来た重そうな小手をガタガタをぶつけ合わせており、1人はおかしなポーズを取りながら眼帯を付け外ししており、最後の刀を持った1人が、他2人の相手をしていた。
彼方紅炎、多々來弥雷、久保栄奏。生意気で生きの良い新入生が、コロシアムに歓迎される。
その瞬間、観客席とコロシアムの間に透明な防壁が出現し、五角形になってラウンドを囲った。
「よし。観客集めもバッチリ。なぁ?私の言った通りだったろ?」
「本当にね。これからもよろしく頼むよ。」
3人とは反対側に現れた2人の影。1人は王都不壊。そしてもう1人は、3人とも面識のない人物だった。
不壊と親しげに話すその女性は、不壊からいくらかお札を貰っていた。
不壊にお金を上げるために面白いことに付き合って欲しいという言葉に乗せられたその女性が、この防壁を作り出したようだ。
「さぁて。これから始める訳だが、全員、準備はいいな?君らが勝つ条件は、私に3発攻撃を入れるか、瀕死になり得る部位への攻撃可能形態を実現させること。つまりは首とか心臓部とかに刀でもつき立てれば勝ちだ。」
不壊はとても楽しそうに3人を見ている。皆表に出さずとも感じ取れるやる気が溢れ出ている。
若き未来の戦士に、自分がどれほど追われるのか楽しみなのだ。
「私には武器の準備は必要ない。すぐに出せるからな。だから、さっさとかかってきな?」
指をクイクイと曲げて軽く挑発する不壊。
だが紅炎と弥雷も馬鹿じゃない。いや紅炎は馬鹿だが。
不壊の異能力は特殊なもので、弥雷や紅炎のように現象を具現化させるタイプでは無い。しかしその圧倒的物量と殺傷能力から、世間でその能力はこう呼ばれる。
『際限のない武器庫』
彼女を中心に、半径5m内の空間に、彼女が想像する武器が何も消費することなく出現し、その力を発揮する。
ガトリングでもタレットでも、想像すれば作り出せてしまう。
ただ銃は弾数の制限があるからまだいい。問題は、剣や槍などの近接武器だ。
これらはその耐久値が限界を迎えるまで消えない。また、不壊は165センチとあまり背が高い方では無いが、彼女がもし自分よりも大きな武器を想像しても、軽々と扱うことが出来る。
たとえば何百キロにもおよぶ大斧を作り出せば、その質量そのままに、不壊に掛かる重さは減少する。
要は、なんでも武器が作れて、そんでもってどんな武器でも完璧に扱える。
それが不壊の異能力だ。
しかも生成までのクールタイムはほとんどないので、不用意に近づいたり、攻撃はしない方がいい。
取り敢えずは遠距離攻撃を繰り返し、気を散らして隙を着く。紅炎と弥雷が頭の中でその結論に至った。
が、1人至ったのに全部白紙に戻しやがった奴がいた。
「んん?」
「後ろだ。」
不壊が姿の消えた1人の存在を探そうと視線をめぐらせた瞬間、背後から頑張って低めにしている声が聞こえた。
不壊は笑った。
「馬鹿だな、少女よ!!」
瞬時に刀を生成。状況に追い付けず驚くだけの紅炎と、状況に気づいて呆れた弥雷を他所に、当事者である別の馬鹿は、不敵に口元を歪めた。
振り下ろされる刀が、じっと動かない少女に向かった。
が、たどり着くことは無かった。
「うぉお?」
刀が空ぶったことに違和感を感じた不壊が腑抜けた声を出した。それから周りを見回してまたニヤついた。
これは、今年は、
「面白ぇじゃねぇか……!!」
不壊は空中に浮かんでいた。
浮かんだのではなく、浮かされたのだ。馬鹿と称した少女によって。
「誰が『馬鹿』だと武器庫。我を誰と心得える。我が名は久保栄奏。いずれ、世界に名を轟かす、無限なる引力を持つ者よ!!」
両手を広げ、フィールド上に広がる小石や砂を浮かばせながら、久保栄奏は高らかに笑う。
「頭が高いぞ人類最強。そして、今日から我がその座を貰う。」
黒い手袋に眼帯をつけた異能力者、奏は、人類最強に向かってそう宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます