第3話 歩め

「えー、みんな、盛大な拍手を!!」


ある高校の放課後に、2年生のある教室で拍手が巻き起こっていた。


そこまで盛大でない拍手に込められているのは祝福ではなく、早く去ってくれという焦燥だった。


その気配にため息をつく弥雷と、全くそれに気づかずに拍手に照れている紅炎がいる。


彼らは今日をもってこの高校を中退し、『生討』に回収される。『異能人』は危険分子という偏見が残る現代で、大っぴらに『生討』に行くと伝える人はあまりいない。


それでもこのお別れ会なるものをしたのは、担任の教師の計らいである。


「高校、楽しかったか?」

「はい!!」

「まぁ、そこそこ。」

「それは良かった!!」


その会話を最後に、弥雷と紅炎は高校を去った。


去ったというよりかは追い出されたような感じだったが。


「俺らの高校生活が終わった。」

「そうだな。別れ際も寂しいもんだったな。」


『生討』に行く時点で『異能人』であることは確定している。


今まで一緒にいた友達が、自分には無い特異的な力を持っていると分かったら、その存在が怖くなってしまう。


だから最後はみんな距離が空いていた。


「悲しーけど仕方ないな。」

「ここでは合わなくても、俺たちには新しい居場所があるだろ?」

「だなぁ。弥雷もやっと、それつけられたしな。」


紅炎は弥雷の左耳に付けられた、銀色の輪っかのイヤリングを指で弾いた。


高校の校則のせいで付けられなかったが、中退した今、もう誰も咎める者はいなくなった。


「あぁ……やっとだな。」


弥雷はそのイヤリングを左手で包み、その感覚をかみ締めた。


『生討』の寮には既に荷物が送られている。諸々の手続きも済んで、あとは本人がそこに行くだけだ。


ちなみに紅炎と弥雷で、費用が3倍以上違った。もちろん紅炎の方が多かった。


「それじゃあ、実家に挨拶しに行きますか。」


紅炎と弥雷は最後に『生討』に行く前に、実家へと歩いていった。


それぞれの、もう帰ることは無い実家に。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ただいま。」


ガラガラと古い引き戸をあけ、弥雷が帰宅した。


家には父と母がいる。今台所でガチャガチャ音がしているのは、母が夕飯を作っているからだ。


靴を揃え、家にあがり、自分の部屋に荷物を置いた。


もう着ない制服を畳んでしまい、机の上を整理する。


自分の部屋に戻ってくるのも、これで最後だ。


「ご飯よー。」


母の呼ぶ声に部屋を出て、食卓に座る。目の前にあるのは普通のご飯。焼きジャケと白米と豆腐の味噌汁。


これは弥雷の1番好きな料理だった。


「いただきます。」


手を合わせてそういうと、弥雷から見て右に座る母が弥雷に話しかけてくる。


「ねぇ、雷衣らい。高校の入学式はどうだった?友達できそう?」

「………うん。出来そうだよ。」


母は弥雷に対して雷衣という名前で呼んできた。


この名前は弥雷の姉の名前だ。もういない姉の名前。


「飯を食う時は静かにしろ。」


父は弥雷の母にそう言うと、母は「ごめんね。」と言ってご飯を口に運ぶ。


弥雷はこの重い空気があまり得意じゃなかったので、いつも1人でご飯を食べることにしていたが、最後に家族でご飯を食べる機会だと思って帰ってきたのだ。


これが間違いだったと、今後悔していた。


「父さん。」

「喋るな、弥雷。」

「俺は明日から戻ってこない。ここに帰ってくる前に死ぬから。」

「………知らん。お前のことなんざな。」


父は弥雷と目を合わせることなく、そう冷たく言った。


弥雷は伝えたいことだけ伝えられたので、それで良かったと息をつき、この日はご飯を食べ終えた。


別に悲しくはなかった。


この家族がこうなってしまったのは、弥雷のせいだと、弥雷は知っているからだ。


自分の部屋に戻って、ベッドに横たわり、この家での最後の就寝に思いを馳せる。


思い出されるのは、この家族が暗くなってしまった昔の話。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「どのペンが欲しい?雷衣。」

「こっち!!こっちがいいな!!」


それは今から7年前のこと、弥雷の姉、雷衣が高校受験を成功させ、その祝いにショッピングモールに来ていた時のこと。


「姉さんはしゃぎすぎだよ。イヤリングなんて高校じゃつけられないだろ。」

「いいじゃん弥雷。やっと勉強から開放されたんだよ!!」

「また2年後くらいから大学受験だろ。」


ぴょんぴょん跳ねている雷衣に呆れる弥雷。その2人の様子を微笑ましく思う母。父は仕事でいなかったが、この時の多々來家は団欒としていた。


それがこの日で一変した。


「?。なんの音?」


雷衣がそう言って振り返った。弥雷も釣られて振り返る。すると突然、2人の襟が母に掴まれた。


「2人とも危ない!!」


引っ張られるのと同時に警報がなり、ショッピングモールの天井が崩壊するところまで、弥雷は見ていた。


しかし引っ張られたことでその崩壊に巻き込まれることなく、弥雷と雷衣は母と共に衝撃に呑まれ吹き飛ばされるに留まった。


「けほ、けほ……」

「弥雷!!大丈夫?」

「姉さんこそ……」


煙の中、他の人達が悲鳴をあげて逃げていく。弥雷は怪我はなかったが、雷衣は頬を擦りむいていた。


その血を見て痛々しく弥雷は思ったが、それを察したのか雷衣は笑って、


「こんなの全然平気!!弥雷が死ぬよりマシだから!!」

「なんだよそれ……」


そんな掛け合いをしつつ、2人でその崩壊の逆方向に逃げようとした時、


「や、やだ!!」


後ろから弥雷と同じくらいの子供の声がした。


その瞬間、雷衣が大きい声を出した。


「弥雷!!」


それは、その子供の声をかき消すためのもの。しかし弥雷には聞こえてしまった。死を嫌がる声が。


だから振り返った。


今まさに巨大な爪に挟まれ、巨大な『厄災』の口に飲まれそうな子供の姿が。


「待ちなさい!!」


雷衣は知っている。弥雷が『異能人』であることを。だからこそ、『厄災』と自分は戦う運命にあると、錯覚しているということも知っていた。


雷衣が言うより早く、弥雷は駆け出していた。その子供を助けるために。


「ビリビリ……飛ばせ!!」


手のひらから小規模の雷を発生させ、放つ。子供を掴んでいる手に直撃した雷が炸裂し、『厄災』が手を離した。


落ちてくる子供を雷を纏って加速した弥雷が抱き抱え、そのまま逃げようとしたが、


「わ」


駆け出す前に地面が強く殴られ縦に揺れた。足場がズレ、力がすっぽ抜けた弥雷と子供が倒れ込む。


振り返らずとも、あの爪が2人に迫ってきていることが分かった。


「やば」


言い切る前に、爪の形をした死が2人に迫った。


「弥雷!!」


目を閉じる前に聞こえた声が、姉のものだと分かったのは、目覚めた後だった。


「あ、れ……」


少し時間が経って、サイレンと泣き声に弥雷は起こされた。


周りには救急車が沢山並んでおり、あちこちで血まみれの人達が手当てを受けている。


「ね、ねぇ……」


起き上がって周りを見ていると、弥雷は後ろから声をかけられた。それは弥雷が助けたあの子供だった。


「何?」

「ちょっと、こっちに来て……」


元気がない子供の言う通りについて行くと、小さな白いテントがあった。子供が「入って。」と指さしたあと走って消えていったので、弥雷は1人でそこに入った。


その中の光景は鮮明に覚えている。


立ち尽くす救急隊員と、泣き崩れる弥雷の母。その人たちが囲む担架の上に、白い布を赤い血で汚した死体がある。


「あ……」


誰に言われるまでもなく、分かってしまった。


それが誰であるのかを。


「弥雷君かい?」


その後、救急隊員に渡された血まみれのイヤリングが、妙に重い気がした。


きちんとした形が残っていたのは、このイヤリングがついていた左耳だけだったらしい。


母はその日から、雷衣を失ったショックからか、弥雷を見る度に、雷衣と話しかけるようになった。


全ての話をあとから聞いた父は、原因である弥雷と距離をとるようになってしまった。


弥雷が家族を崩壊させた、人生で一番最悪の日がこれだった。


「はぁ………」


自らに背負った大罪を今一度意識し、拳を握る。もう二度と外さないであろう銀色のイヤリングは、暗い部屋で窓から入ってくる月明かりを反射していた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


そして、次の日の朝、


「父さん、行ってくる。」


弥雷は玄関で振り返り、姿を見せない父に言う。


いつもいるであろう玄関近くの和室に向かって声をかけると、しゃがれた声が襖越しに返ってきた。


「もう、二度と帰ってくんじゃねぇ。」


そんな突き放した言葉を投げかけられた。


しかし弥雷は怒ることも悲しむこともせず、ただ淡白に「あぁ。」と応じると、玄関を出ていった。


もう振り返ることは無かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


「来たな。」

「来たぞ。」


『生討』前にたどり着いた紅炎と弥雷。


今日は前日に発表されたクラスへ向かい、オリエンテーションを行ってから解散という流れになる。


「どんな奴がいるのかな。窓ガラス割ったりしねぇよな?」

「どちらにせよ仲間だ。仲良くやっていこう。」

「だな!!」


まるで高校に入る時のような感覚。2人はそれぞれの思いを胸に歩き出す。


「それじゃあ、第2の人生歩みますか!!」

「第1の人生短すぎだろ。」


誰よりも楽しげに、2人は『生討』へ入っていった。

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