第3話 浜辺の星空

ここは無人島の地下ダンジョン深層部。失血死寸前のアランが死後の救済を祈り、氏神が何か謎の大いなる存在にアランを捧げた。

本人の意志と無関係に取引された感じが否めないが、死とは大地との結婚であり、結婚とは本人の意志を殺して相手に尽くす事。きっとこれは死んだってことだろう。


「じゃあ、そっちに迎えに行くね❤」

地鳴りのような声の主がまるで女が電話に出た時のように黄色い声で響く。キーが上がっただけで地鳴りとも等しい大音声なので、これこそ怪奇現象だろう。

そうなのか、お迎えがくるのか……なんだろう耳鳴りがしてきた。


ドタドタドタドタ!

えっ?神様の登場って物理なんですか?

ほら光に包まれて登場とかじゃなくて?


走ってきたのは、年頃の静かにしていれば色気と気品溢れる美女だったであろう。普段着仕様の地味な着物の上からエプロンを掛けているが、明らかに胸の辺りは密度が高そうだ。晒ほどいて中を曝したらボインに違いない。


「あなたがアランね。おっとその前に。」

彼女が持ってきたロッドならぬ小さい傘を振りかざしクルリと回って、

「私のかわいいツバメちゃん、元気になあれ!」と詠唱すると、流れ出てどす黒く変色して床に吸い込まれていた血がいい色に戻りつつ宙に浮かび、身体から切断されて死後硬直が始まり変色していた足に吸い込まれていく。まるでビデオの逆回しのようにみるみる血色が良くなった、かつてアランの足だったものを彼女は拾い上げ、切断面にピッタリくっつけ、人差し指でトントンと軽く接合部を叩きながら。「点火手順開始Ignition sequene start.❤」と詠唱するとアランとかって脚だったものとの血流が始まる。失血しかかった体内に熱い血潮がほとばしる。

さっきまでの臨死ハイも落ち着きを取り戻し、痛かったあの時を思い出し、痛みとおそれの感情が込み上げてくる。


それに気付いたのか彼女は慈悲に満ちた顔で語る。

「もう大丈夫。あなたの身体ははじめから何もなかったのと同じ状態よ。全て夢だったのよ。」

夢オチですか?いや痛みもそれが誰がやったのかも覚えてるし、その原因もこのダンジョンのすぐ先にまだいるんだけど。


「わたしはレイア。万物の状態、世界線を統べる者。たったいまをもってあなたが斬られたことなどない世界線を実世界線に設定したわ。つまり、あなたを斬った者は歴史が正史となったのよ」

なんかとても恐ろしいことを言ってるような気がする。殺すとか呪うとかでさえまだ生易しい。そもそも始めから存在しないパラレルワールドにされてしまったということだ。


さて、アランは、彼女のことを命の恩人というのも違う気もしていた。それ以上の存在であることに薄々気付いていた。離れたくない。近くにいたいと強く願った。

もっと単純に、レイアの溢れ出す女性としての魅力に心惹かれていた。

奥手の草食系男子で通っていたアランだったが、既にその情けない男は一度死んだ。今からのアランは悔いが残らないように、そして打算的な沈黙などはせずに心の声に忠実にあることにした。

「愛しい人よ、いつか僕とデートしてください!!」


「いつかもなにも、これからあなたをお持ち帰りするわよ。拒否権は無い。一緒にイイコトしながら帰りましょう。」


ダンジョン深層から歩いて帰路につく。ペットのでかい猫を従えふたりでいちゃいちゃしながら。こんなに可愛いひとが、女神すら恐れに正気を失うほど怖い存在だというのがよくわからないが、たしかに来るときにはひっきりなしに襲ってきたモンスターにもふたりと一匹(一柱と一頭と一人だろとか余計なこと言わない)でいるとまず遭遇しない。一瞬だけ遠目に黒い悪魔ゴキブリンを見たような気もしたが、こちらの気配を察知すると恐れをなしたようにカサコソと物陰に逃げていった。向こうから避けて邪魔者が居ないダンジョンはただの足場の悪い廃墟でしかなく、崩落だけ気をつけていればなんてことはなく通行でき、そうこうしているうちに地上に出る。ダンジョン出口のある丘の上から月明かりに照らされる浜辺を見下ろし、そして満天の星空を見上げる。

天空を横切る天の川をさして、彼女が一言ポツリとぼやく。「私にいってくれればお乳くらいいくらでもあげるのに。反抗期で素直になれないのね。」


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