序章3 地元の神話

この街ヘレネノプールは、女神ヘレネーの加護を受けて街が出来たとされている。街の中心にはヘレネー神殿があり、この街で生まれた子供は全員がヘレネーの氏子であり、女神といえばヘレネーを指すと決まっていてそれが当たり前だし、誰も他の神の神話なんかに興味を持たない。知ってても配祀されてるのがヘレネーの配遇神らしいという程度だ。

 大半の人にとって神殿などは盆暮れ正月に夏越の祓と初詣するくらいで、普段は待ち合わせに便利な単なるランドマークとしてしか機能してないし、常駐する神官も居ない。これはこれで極めて健全な社会である。うまくいってる時には神頼みなどしないものだ。

神代の昔、イワンだったかヨハンだったかそんな名前の詩人が言ってたように「神とは概念である。それによって我々の痛みを測るための。」というのが、この街の成人男女の一般的な神に対する認識である。


 しかし出産や大きな仕事の前、冠婚葬祭など人生の大きな節目の時、あるいは慣用句に「おお、私の神様」といった具合に神に語りかけたり祈りを捧げたりはするし、この街で子供が生まれたとき女神ヘレネーに由来する名前が付く事も多い。この物語の主人公アラン・マクドナルドもその一人である。名付けの親すらその名前がヘレナに由来することすら知らずに、ただただ無難な名前というだけで付けたのである。

 なお、この街の守護神である女神ヘレネーについては、その前の古代神と習合して何の女神かよくわからない。最高神の后という話もあれば、美の女神が審判員に差し出した賄賂とも言われている。美の女神は地敷大比売神とウラノスとの黄泉比良坂の夫婦喧嘩のあとでウラノスが単身で生み出したとも、地敷大比売神に切断されたウラノスの真ん中の脚が海に吸い込まれた際の泡から産まれたなどとも言われてる。


少なくとも、ヘレネノプールでは、レイアなどという女神は誰も知らない。名前を聞いたことがあったとしても封印されし古代神という認識である。その真相や実態は誰も知らないし誰も興味もないし、調べようという思いすら無い。

ただ、漠然と異教徒との折り合いを付けるために、自分とこの神だけがすべてみたいに思ってるのは良くない、他人が崇敬する神もまた一定の敬意を払う必要はあるよねというくらいのコンセンサスはある。良くも悪くもこちらの世界の認識と同じだ。世間の「認識」に限ってね。


……この異世界に生きる人の認識がどうであれそんなものに関わらず、「万物の状態」はこの異世界でも同様に存在するし、それがこっちのそれのように時空連続体クロノスに必然によって駆動されるのではなく、レイア大神の思い付きでどうにでも自由に動かされるのが、この異世界における真実なのだが、必然であって恣意的や思い付きで動かされてなどいないと信じられる程度にレイアが大人しかっただけだ。アランがレイアの御前に立つまでは。

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