第3話/本当の異世界"フロンティア"
「っと、大丈夫か美雪? 怪我はないよな?」
「う、うん……お兄ちゃんは大丈夫……?」
「こっちも大丈夫。怪我なんてないさ」
「よかったぁ……あっ、ブレイブもありがとう」
「キュルルル♪」
「ふふっ、くすぐったいよぉ」
眼下に見えていた森、その中でも開けていた丘へと緩やかに降り立つブレイブ。
その背中から降りた2人――"ルーク"と"ミユキ"は、互いの無事を確認した。
ミユキは兄と協力して助けてくれたブレイブにも礼を言うと、ブレイブは喜んだように鼻先をミユキにこすりつる。
凶暴な見た目に反して人懐っこいブレイブと戯れているミユキを尻目に、ルークは降り立った丘から周囲を見回した。
手前側の森からは深緑の葉を茂らせる樹木がはるか向こうまで並び、遠方に見える山脈には純白の雪がかぶっていて、その中間には海と見まごうほどに巨大な湖が存在している。
そんな湖の上には、どういった原理で浮いているのか分からない巨大な『島』が複数あり、そこから湖に向けて雪解けの純水が流れ落ち、巨大な滝となっていた。
大きく飛沫を上げて滝が流れ、その影響からか滝のそばでは色鮮やかな虹がかかり、滝の間を明らかに現実には存在しえないであろう大きさの生命体が潜り抜ける様は、幻想的な雰囲気を際立たせている。
おおよそ現実の自分達が生きていた「日本」とは思えない景色が広がるこの世界だが、F.F.O.をプレイしていたルークには見覚えがあった。
「間違いない……ここ【
――【
広大な異世界を舞台にした世界観を持つF.F.O.内でも、プレイヤー達が最序盤に足を踏み入れることになる『探索エリア』が、ここ【
穏やかな気候の土地と豊かな生命体が存在するこのエリアは、F.F.O.の世界に初めて飛び込んだプレイヤー達がその圧倒的な世界観を目に焼き付けることになる「始まりの場所」だ。
無機質的な電脳空間で基本動作のチュートリアルをこなし、「さぁいよいよゲームの始まりだ!」と、興奮に胸を高鳴らせていたプレイヤー達の期待を裏切らなかった世界が、出来過ぎた夢ではないかと疑ってしまいそうな存在感で、ルーク達の目の前にあった。
いまだ現在の状況に理解が追い付いていない二人だったが、感覚である程度は察せられる。
「ねぇお兄ちゃん、やっぱりここって……」
「……あぁ、F.F.O.の
「嘘でしょぉ……」
――そう、自身達が『
このような状況に陥って十数分で出した極めて現実的ではない結論だが、吹き抜ける風の感覚に音の聞こえ方、全身の感覚が「これは現実だ」と訴えかけてくる。
今から数十分前の状況と変わりすぎた滅茶苦茶な現状を前に、ミユキは頭を抱えた。
「な、なんでこんなことにぃ……」
「十中八九、あの運営の手紙だな。新バージョンのベータテストのサプライズをするにしては唐突過ぎるし、何より……ゲームっていうには進化しすぎてる……こんなもん、異世界に飛ばされたって納得した方が楽だ……にしても、マジで"ルーク"になってんな俺」
「うーん……色々とびっくりしてるけど、なっちゃったものは仕方ないかぁ……あ、私も"ミユキ"になってる」
混乱しているミユキに、ルークは自分なりの解釈を伝えながら自分の状態を確認していく。
現実ではただの大学生だった自身の手は、筋肉質でゴツゴツとしたものになっており、F.F.O.をプレイする前はスポーツ洋服メーカー製の私服だったものが軽装備の皮鎧となっており、その姿は自身の分身として動かしていた"ルーク"そのものであった。
美雪の方にも目をやれば、彼女の取得したジョブに合わせた魔法使い系統の装備の中でも、儀式用にアレンジされた白い神官服を纏った少女――"ミユキ"となっている。
自身の服装を確認したミユキは、ふとあることに気づいた。
「えっと、じゃあもしかして、『ステータス』も……?」
「なるほど……そんじゃ"ステータスオープン"っと、やっぱ『メニュー』も開けるか」
「わ、私も! "ステータスオープン"!」
『F.F.O.』はゲームであるため、もちろん個々の能力を表した『ステータス』も存在している。
それを開く際の言葉(運営的には「詠唱」らしい)を口にした2人の目の前に、いつも見ていた半透明のウィンドウが現れた。
2人のステータスボードにはこう書かれている。
・プロフィール
――名前:"ルーク"
――性別:男
――種族:"竜人族"
・ステータス
――Lv.135
――HP:37643
――MP:8592
――
――
――
――
――
――
・スキル
――ジョブ:『
――魔法適性:「炎(Lv.7)」、「地(Lv.2)」「水(Lv.8)」、「風(LV.10)」、「氷(Lv.4)」、「雷(Lv.10)」、「草(Lv.5)」、「光(Lv.4)」、「闇(Lv.4)」
――戦闘スキル:『裂空剣』、『疾風怒濤』、『サンダースラスト』、『ハリケーンダイブ』、『竜の心』、『征伐』、etc……
――補助スキル:『武芸百般(Lv.10【MAX】)』、『剣術(Lv.10【MAX】)』、『棒術(Lv.10【MAX】)』、『竜の教え(Lv.10【MAX】)』、『攻撃魔法(Lv.7)』、『回復魔法(Lv.4)』、etc……
――冒険スキル:『健脚(Lv.10【MAX】)』、『空中跳躍(LV.10【MAX】)』、『調理(Lv.5)』、etc……
・従魔
――『Lv.100:ブレイブ』
・プロフィール
――名前:"ミユキ"
――性別:女
――種族:"森人族"
・ステータス
――Lv.112
――HP:28061
――MP:11402
――ATK:3205
――DEF:2011
――INT:5709
――RES:6114
――VIT:3530
――LUK:100
・スキル
――ジョブ:『
――魔法適性:「炎(Lv.8)」、「地(Lv.9)」「水(Lv.7)」、「風(LV.8)」、「氷(Lv.8)」、「雷(Lv.7)」、「草(Lv.8)」、「光(Lv.9)」、「闇(Lv.7)」
――戦闘スキル:『
――補助スキル:『魔導の最奥(Lv.5)』、『智者の心得(Lv.6)』、『杖術(Lv.10【MAX】)』、『攻撃魔法(Lv.10【MAX】)』、『回復魔法(Lv.10【MAX】)、etc……
――冒険スキル:『健脚(Lv.10【MAX】)』、『薬剤制作(Lv.10【MAX】)』『調理(Lv.10【MAX】)』、etc……
・従魔
――『Lv.87:ラッキー』、『Lv.77:ビッグロック』etc……
「……変わってなさそうだな。弱体化もしてなさそうだ」
「改めて見ると、私達ってすっごいステータスだね……そして流石はトッププレイヤーのお兄ちゃん。文字通りに最高峰のレベルとステータスしてる」
「お前も大概だろうが美雪。しれっと最高位ジョブの"賢者"になってるしさ」
「お兄ちゃんに比べればまだ可愛げがありますよーだ!」
互いのステータスを見合いながら、軽く雑談をしていくルークとミユキ。
異世界に召喚されたという普通の人間ならば理解不能な状況であっても、落ち着きを取り戻せているのは流石だろう。
2人で今できることを探している中、ミユキはステータスボードの隅にある「人型のマーク」に気づいたようだ。
「あ! ねぇねぇお兄ちゃん! 『フレンド』の『グループ通話』から皆に連絡取れたりしないかな? ほら、皆も同じメールが届いてたし、皆もこっちに来てるかもしれない!」
「! 確かに……よし、やってみるか」
『F.F.O.』にも『フレンド』という機能は存在する。
その中でも、ギルドに所属している者同士で連絡を取ることができる機能――『グループ通話』が存在するのだ。
この世界に召喚される前、つまりまだ『F.F.O.』で遊んでいた時に全員に届いたメール、それがこの世界へ飛ばされることになった原因で、『F.F.O.』で使えたステータスボードなどもそのまま使えるのであれば、同じくこの世界に飛ばされたであろうギルドメンバーに連絡が取れるはず、とミユキは思ったのである。
『グループ通話が開始されました! 他のメンバーが集まるまで待ってね!』
「よし、一応使えるな。あとは誰かが来るのを待つだけ――『"キング"さんが参加されました!』――って思ってたら早速来たか。ようキングさ――」
『ぬわっはっはっはっはっはっは!!!! やはり一番槍は儂がもらったな!!!』
「っ……!! 声でけぇよキングさん……」
『ぶわっはっはっはっは!!! すまんな!!! しかしこれが儂じゃ!!!』
「み、耳がぁあああ……」
通話が開始したと思った矢先に早速入ってきた者がいる。
画面に映っているのは、ルークに"キング"と呼ばれた筋骨隆々の大男で、豪快な笑い声と共にルーク達へと話しかけてくる。
あまりの声量に、ルークは顔をしかめ、ミユキは耳を抑えてうずくまってしまった。
そう思っている間にも続々と通知音が鳴っていく。
『"ランス"さんが参加されました!』
『チクショウ……! キングの爺さんに先を越されたぜ……!』
ギルドの中でも一番槍を自称する槍使い――『ランス』。
『"サキノ"さんが参加されました!』
『ここマップのどこなのよ……ミニマップにも表示されないし……』
自堕落な雰囲気と気だるげな表情の魔女――『サキノ』。
『"クロウ"さんが参加されました!』
『あらあら~。皆もこっちに来てたのね~』
絶世の美女でありながら掴みどころのない雰囲気を纏う占い師――『クロウ』。
『"ベイト"さんが参加されました!』
『"チェシャ"さんが参加されました!』
『おいおいおい、ゲームの世界に召喚とかマジかよ……ファンタジーすぎんだろ……』
『ギルマスー! これマジのマジで夢じゃないんだよね!?』
巨大なバックパックを背負いながら今の状況に頭を抱え込む青年――『ベイト』と、そんな彼とは対照的に目を輝かせる猫耳の生えた少女――『チェシャ』。
『"ユーリ"さんが参加されました!』
『あ、繋がった。もしもーし、これ聞こえてる~?』
平凡な雰囲気の鍛冶師――『ユーリ』。
『"ゲオル"さんが参加されました』
『すまない皆……うかつな判断だった……』
この世界に飛ばされる前に話していた聖騎士――『ゲオル』。
『"ソウジロウ"さんが参加されました!』
『"ハンゾウ"さんが参加されました!』
『助けてくれギルマスよ! 拙者たちは無実なのでござる!』
『某もでござる! 我らは断じて女湯など覗いておらぬ!』
なにやら慌てた様子の侍――『ソウジロウ』と、同じく慌てている忍者――『ハンゾウ』。
見知った顔の仲間達――『
それもいろいろとカオスな状況を引っ提げて……。
「待て待て待て……一斉にしゃべられると何が起こってるのか全く分からん。一人ずつ順番に話していけ」
『ほほう! それでは儂からだな! なにせ儂が一番最初にこの通話に入ったのでな!』
『先に助けてくれでござるギルマス!!』
『某は女湯を覗いた罪などで生涯を終えたくないでござる!』
『んん? あそこにいんのは……"トレント"か!? 丁度いい! 肩慣らしに行くか!』
『ねぇ誰かここどこか教えて……』
『うふふ、後で一緒に考えてあげるわサキちゃん♪』
『異世界でボッチにはならなかったのは不幸中の幸いだ……とりあえずチェシャ、その耳触らせてくれ』
『ふにゃっ!? 許可出す前に触ってんじゃん!?』
『あっははは……やっぱいつも通りだな俺らって……』
『同感だよユーリ……』
「順番に話せって言ったよなお前ら!?」
「あ、あははは……」
相変わらずまとまりがなさ過ぎるメンバー達の姿にキレ気味にツッコミを入れるルークと、そんな兄の姿に苦笑いを浮かべるミユキ。
それから約10分後、あまりにもまとまりのないメンバー達を落ち着かせ、なんとか話せるような状況になった。
ならばと、この通話を開始したギルドマスターとしてルークはメンバー達に質問を投げかける。
「そんじゃ、各々状況は理解しているか?」
『ええ、少し前まではゲームの世界にいた私達が、運営から送られたかもしれないメールを開いた結果、なぜか異世界――『フロンティア』にいることよね?』
「そうだクロウさん。正直、自分でもアホみたいなことを言ってる自覚ってのはあるんだが……いくら何でも"リアルすぎ"って思うんだよ」
『うむ!! 儂の肉体は"リアル"であっても最強であったが、今の儂は更に無敵になっておる!!』
『それ答えになってないってキングの爺さん……』
自分達が今いるこの世界――推定『フロンティア』――に、自身達の姿――ゲーム内のアバターの姿そのまま――と、その割にはリアルすぎる感覚――あまりにも現実味がありすぎる――という、夢だと切り捨てるには流石に情報量が多すぎるのが現状である。
それを冷静に分析するのは、『
いつもおっとりしている口調だが、その神がかった情報分析力と判断力はギルド随一の頭脳役を担っているほど。
そんな彼女の意見にルークが同意している横で、筋骨隆々の大男"キング"が何やら常人には理解できない感覚から出力される発言をし、そんなキングの様子を見て鍛冶師の青年"ユーリ"がため息を吐く。
『キングの爺さんの言う通り、それに関してはなんとなくだが分かるぜギルマス。確かに体は『F.F.O.』の"俺"だが、風を切る感覚、得物を握る感覚はリアルと同じだ。その割にはゲームやってた時の感覚も少し混じってる。でも、なんて言うか……そう、今はまだ無茶な動きに合わせようとして体がしびれてる感じもするな』
『うへぇ……ここ『
『ぬはははは!! そう褒めるでないサキよ!!!』
『褒めてないし……』
先程、近場にいた魔物――"トレント"に肩慣らしに動いていた槍使い"ランス"の意見に同意しつつも、自分たちが感じるような体の不調を感じていない、もしくは気づかないほど鈍いキングに皮肉を込めて言ったつもりの魔女"サキ"。
残念ながら、その言葉はキングには本当の意味が届かなかったようである。
「あまりにも脳筋過ぎるでしょ……」と呆れながらにキングの音量を下げるサキであった。
そんな話をしながらも、静観していた好青年"ゲオル"があることを質問する。
『サキさんは『常夜が覆う嘆きの森』にいるのか……皆はそれぞれ、自身がマップのどの辺りにいるか分かるかい?』
「俺とミユキは『風そよぐ緑の大地』にいるが、ゲオルはどの辺りだ?」
『僕は、そうだね……『神聖国アーク』の領土だね。空から落ちているときに遠くに見えた大きな都市が僕の記憶通りなら『神聖国アーク』に間違いない。あとで『ワールドマップ』を確認しておくよ』
「流石ゲオルさん! 最上級プレイヤーは伊達じゃないね! ってか、やっぱりそっちも空から落ちたんだ……」
『俺とチェシャが着地できたのは『商業国ディール』周辺の森だな。こういう時に"滑空翼"持っといてよかった……』
『もう! 不親切すぎだよここに飛ばした人! もし安全に着地できなかったらどうするのさ!』
『同感でござる……現にそのせいで拙者達は追われる身に……』
『貴殿の一言も余計だったと思うのだがソウジロウ……なぜ女性の裸を見て真っ先に出てくる言葉が「ご馳走様でした」なのであるか……』
『シッ! 余計なことを言うなでござるハンゾウ!』
『はいはい、話が脱線しちゃうわよ~』
一時、話題の方向性が脱線しかけたが、どうやら話を纏める限り各々は『フロンティア』の各地に飛ばされたようである。
ゲオルは『神聖国アーク』、ベイトとチェシャは『商業国ディール』で、そのほかのメンバーもそれ以外の各地に飛ばされた。
このまま会議を続けてもいいが、実際に見て回らなければ完全な確証は得られないと、立ち上がったルークは周囲を見回し呟いた。
「さてと、とりあえず通話繋いだままで周囲の探索を――」
その時だった。
――『――――!!』
「! お兄ちゃん! この声、人の声だよ!」
「俺にも聞こえた! 何かと戦ってる! 急ぐぞ!」
「うん!」
「キュルアッ!」
不意に聞こえた誰かの声。
その声は微かであったが、おそらく何かに襲われているのだろう叫び声も混じっていた。
すぐさま二人は声の元へと向かうため、駆け出すのであった。
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