第5話 激突
「いくぞ」
構えもせず、木の棒を右手に持った隻眼の女が、割れたドラゴンの血で濡れた大地を踏みしめながら、私にゆっくり向かってくる。
てっきり突進してくると思っていたので、少し拍子抜けした。
ただ、油断はできない。
「(どうする。先制攻撃を仕掛けるべきか……)」
などと思案する、余裕などなかった。
「……ヤバい!魔力障壁、展開!」
違う!あの女の攻撃はもう始まっている
防御態勢を取った瞬間、私の四方から複数の斬撃が魔力障壁とぶつかる。
金属と金属がギンギン擦れるような耳障りの悪い音とともに、背中に冷や汗をかく感覚を覚える。
攻撃モーションなしで発生し襲い掛かる斬撃。私の
「まずは、小手調べだ」
「っ!」
すでに間合いに入られている!
無音で速度を上げたの!?
「ぐっ」
リュカの強烈な一撃をなんとか防御する私。重い!
「ほう。逃げずに真正面から受け止めたことは褒めてやろう」
ゴッという鈍い衝突音とともに衝撃波が発生し、ドラゴンの躯の一部や倒壊した周囲の建物が風圧で宙を舞っている。
……剣の軌道がまったく見えなかった。
感覚で魔力障壁の集中箇所を頭上にしたことでなんとか止められたけど、次に同じ防御態勢をとれるかわからない。
「まぁこの程度はやってもらわねばな」
「……ちょっとおしゃべりが過ぎるんじゃない?隻眼の剣聖さん」
攻撃は最大の防御。守りに不安があるなら、攻めるが吉!
さっきのお返しよ!
「魔力の
四方八方リュカを取り囲むように、すでに展開していた
この数、捌ききれるかし……ら?
「どうした?攻撃しないのか?」
「そ、そんな……」
全部、斬られて消滅していく
こんな規格外な回避行動をされたことがないので、少し言葉を失った。
……ほんと、世の中には私の知らない化物たちがまだまだたくさんいる。
「その程度か?ティア・ゼノビア。期待外れだ。貴様が帝都に行く資格は……」
腕を伸ばし、木の棒を私の鼻先で止め、すでに勝ちを確信しているかのように振舞うリュカ。
さすがに侮りすぎてる。
私は、天才魔術師エマ・ヴェロニカよ。
仕掛けというのは、油断したときにこそ真価を発揮する。
「隻眼のくせに、案外視覚で判断してるのね」
「なにを言って……」
「アゴ下ががら空きよ!」
「がっ!」
最も魔力濃度の濃い
ボッという気の抜けた音とともに彼女の足元の地を割り、リュカの顎に強烈な
「クリーンヒット!これで脳みそ揺れて勝負にならな……がっ!」
油断したのは、私も同じだった。
自身の顎に強烈な衝撃と痛みが走り、脳を揺さぶりながら後方にいたルイ達がいるところまで吹っ飛ばされた。
「ティア様!」
「いったぁ……。な、なにをされたの?私……」
「
ルイに抱き起される私に今起こったことを説明してくれるセイラ。
“斬る”だけじゃなく“蹴る”もできるとは。
さすがにあの態勢で蹴られるとは思わなかった。当然ガードも甘く、正直結構ダメージはある。
頭がグラングランして気持ち悪い。
「いいのもらっちゃいましたね、リュカ様」
「姑息なマネを……してくれる」
見下ろす金髪優男の先で、顎を押さえ片膝をついているリュカ。
双方似たようなダメージを受けた。と同時にある感情が私の揺れた脳に指令を下す。
「ティア様?」
「あの切り裂き女……超絶美少女であるこの私の顔面を蹴り上げやがったわ」
「はい?」
「顔を蹴られたことなんて、エマ時代にもなかったことのに……」
沸々と怒りのゲージが溜まっていく。
同時に、魔力の高鳴りを感じる。
あの女はここで黙らせておかなければならない。
「リュカ様?」
「あのガキ……この歴史的美貌を持つ私の顔に傷を……」
「はい?」
「万死に値する」
もはや互いの実力を測るなどといった小手先の小競り合いではなくなっていた。
これは、死闘だ。
「ちょっとティア!魔力上げすぎなのではなくて?この村ごと消し飛ばすおつもり?」
「いやいやいや、リュカ様。本気になりすぎですって!」
外野が戦う二人の本気度合いにあたふたしている。
周囲の緊張感が増し、まるで勇者対魔王の最終決戦のような空気感が場を満たしていた。
「本気でやらせてもらうわよ、リュカ・デスペラード」
「王女風情が。調子に乗るなよ、ティア・ゼノビア」
すでに立ち上がっていた二人の視線がぶつかり合う。
帝国最強だかなんだか知らないけど、この天才魔術師エマ・ヴェロニカ様を本気にさせておいて、ただで帰れるなんて思わない……
キィィィィィィン
「――っ!」
え?この超音波……さっきアジトで受けたものより強烈だ!頭がすごく痛い!
いや、まさか。そんな……
「なんだ……この、ドラゴンは……」
耳を押さえ状況を把握しようとするリュカ。
彼女は割れたドラゴンの半身を見据えている。
「全員一旦後方へ飛べ!このドラゴン、まだ生きてるぞ!」
金髪優男の号令とともにドラゴンの躯から距離をとる双方。
無残に飛び散っていたドラゴンの臓物や破片、半身と半身が寄せ集まり、再び本来の形を取り戻しつつある光景を、私は無言のまま見つめ続けているのであった。
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