第二章 帝都ヴァナハイム・キングダム編

第1話 先制の魔女

「わっ!このスープおいしい!」


 多分普通の野菜スープなんだけど、2,3日ぶりに食すまともな調味料を使った料理の味に感動し、思わず声を上げてしまう私。名前はティア・ゼノビアという。年齢は12歳。


 最近結構有名になってきていてすでに何人かの人にはバレちゃってるけど、一応転生者である。


 私が18歳の時、仲間と一緒に深淵しんえんの牢獄と呼ばれるラストダンジョンに挑んで命を落とし、何故かゼノビア王国の第7王女に生まれ変わった。


 転生前の名前はエマ・ヴェロニカ。天才魔術師として名を馳せ、心外ながら時に魔女などと呼ばれ怖れられていた、自由奔放なお姉さんだったはずなんだけど……。


 なんだかんだ12年間、ゼノビアの王女としての時をこれまで過ごしてきた。色々あったけど、今はとある目的のために、5大国最大国家であるヴァナハイムの帝都を目指している。


「まったく。ゼノビアから帝都ヴァナハイム・キングダムまで遠いのですから、調味料のひとつやふたつ、準備しておくのが普通ではなくて?旅を甘く見すぎですわ」


 対面の席でぶつくさ文句を言いながらパンを頬張る彼女の名前はセイラ・ヘスペリデウス、16歳。


 ヘスペリデウス神国の聖女で、行方不明になっている彼女の姉で私の元冒険者仲間であったセレスを探す旅に出たらしいのだが、何故か最初から私たちの旅に同行している。


 ちなみに私の旅の目的は、ゼノビアの古代図書館『マクシミリアン』の地下二階に入室するため、5大国から必要な許可を得ることだ。


 ただ、そんな悠長な事をしている時間は正直あまりないので、願わくばヴァナハイムの特例許可(ヴァナハイムのみの許可)とやらでとっとと目的を果たしたいと考えている。


「申し訳ございません、セイラ様。まさかこの村まで来る途中であんなことが起こるとは想定しておりませんで……。準備不足でした」


「ふぁ!い、いえ。ルイ様は悪くありませんわ!悪いのは全部この魔女なのですから!」


 私の隣の席で気を落としている細身のこの騎士はルイ・リチャードハート。年齢は……あれ、いくつだっけ?忘れた。


 私の個人的な騎士で小さい時からずっと一緒にいる、半ば腐れ縁になっているポンコツ騎士だ。色々高い能力を持っていたり、家系的に特異資質を遺伝していたりと結構すごかったりするのだが


「いえ!悪いのは全部、私なのです!」


 無駄に暑苦しい男なので、やっぱりなんか足りないように見える。もう少し落ち着いた行動を心がけてほしいところだけど、これは彼の個性でもあるので変わることはないと思う。


 ていうか、調味料とか普通持ち歩かないでしょ。必要ならあんたが持ってきなさいよって話だけどね。私は冒険には慣れてるから、塩気のない肉や草を食べることなんて余裕だし、樹木を背にして仮眠をとることもそれほど苦にはならない。


「まぁ、多少のトラブルはあったけど、無事にこの村までたどり着けたんだから、別にいいじゃない」


 野菜スープに入っていたオレンジ色の物体をフォークで仕分けしながら、私は帝都との中継地点であるこの村まで来る道程を、なんとなく思い出していた。



 ゼノビア城を普通の馬車で出発してから半日ほど経過した頃。



 森の中で割と凶暴な魔物と遭遇したので、撃退するため馬車を降りて対峙した私たち3人。大した敵でもなかったので、サッと倒そうといつものように魔力のつぶてを展開しようとした時だった。


 急に荷台を引いていた2頭の馬が、馬とは思えない悲鳴を上げて暴れだし、御者、荷台ともども引きずってどこかへ消えてしまったのだ。


 大したことないと思っていたのは私達だけで、馬にとってその魔物は驚異だったらしい。


 魔物はさっさと倒したけど、結局歩いてヴァナハイムへ向かうことになってしまった私たち一行。


 ヴァナハイム側の国境線近くにある村までは、馬車を丸一日走らせればつく距離だったので準備は最低限しかしてなかった。当然野宿になってしまったので、そのことでセイラはぶつくさ言っているのだ。


「相変わらず楽観的ですこと……。あら、わたくし達になにか用ですの?ゴロツキの方々」


 セイラは村の食事処で壁側の席に座っている。私とルイの後ろは、ほかの客が食事をする広いスペース。6席ほどあり、まばらに人がいてワイワイと食事を楽しんでいる。今店内はそんな状況……のはずだった。


「ゴロツキたぁ、紳士な俺たちに向かって言ってくれるじゃねぇか、ガキ」


「兄貴ぃ。こいつぁ上物じゃねぇですか。攫って持って帰れば、ボスも褒めてくれそうですねぇ」


「ああ。それにこっちの嬢ちゃんはおそらくゼノビアの姫さんだ。最高級じゃねぇか」


 舌なめずりのようなねっとりした気持ち悪い二つの声が私の背後から聞こえる。


 ただ、私は気にせず食事を続ける。ルイも特に相手をする様子はない。


「あ、ティア様。ニンジン、食べてくださいね」


「くっ!バレたか」


 このどさくさで葬り去ろうとしていた、私のスープに入っていたニンジンが避けられていることに気付くルイ。こういう時だけなんか鋭い。


 セイラは真正面から相手をするつもりなのか、私の背後にいるであろうゴロツキ二人を睨みつけている。


 でも、こんな奴らの相手をまともにする必要なんて全然ない。


「おい!てめぇコラ!無視してんじゃね……ぐぎゃあああああ!」


「なっ!おい、どうした!」


 ゴロツキの片割れが私に手を出してきそうな雰囲気を感じたので、すでに死角から発動していた魔力のつぶてでさっさと鉄槌を下した。


 もう片方のゴロツキが急に顔面を押さえて倒れこんだ相方を見て、困惑の表情を浮かべている……と思う。


 見てないからわかんないけど。


「今日くらいは勘弁してよ、ルイ」


「ダメです。ちゃんと食べないと大きくなれませんよ。ていうか、野宿の時はあんな不味くてヘンなモノ、平然と食べてらしたじゃないですか」


「それとこれとは話が別なの!」


 食べなきゃいけない状況で食べるものと、食べなくても問題ない時に食べるものは基準が違う。と、個人的には思っている。


「先に手を出すなんて……。相変わらず、気の短いお姫様ですこと」


 飽きれてため息をついているセイラは無視。めんどくさいヤツらはとっとと黙らせておくに限る。


 こういうのには早めにわからせなきゃダメなのよ。



 純然たる、格の違いってやつをね!



「な、なんかよくわかんねぇが……表出やがれ!このクソガキども!!」


 この場で片付ける準備は出来ていたけど、表に出ろというなら出てあげましょうか。ちょっと聞きたいこともあったことだしね。


「ティア様。ニンジン、食べてからにして下さいね」


「……」


 私たちの旅は、まだ始まったばかりだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る