第36話 魔女と王女のお母さん

「また、行ってしまうのね、ティア」


 切ない表情の母、サビーナ。シルメリアの協議参加の時も目を潤ませていたが、今回は少し長い旅になると思うので、余計に切なさを感じる。


 子離れできない母にとってはさみしい限りだろう。


「大丈夫よ!お母様!わたし、強いんだから!」


 母の前では、子供らしさが出てしまう。自分でも演出なのか本音なのかいまだにわからない。


 それにしても、古代図書館地下2階へ入るには5大国すべての許可が必要だなんて。最初に言ってよって話。


 なんかずっと騙されていた気分になる。


 しかも忙しいから自分で行けとか。私はまだ12歳(??)だぞ。


 私がエマであるということを、結局ルイは王に言わなかったらしい。これからどうなるかはわからないが、とりあえず、面倒な事態になることは一旦避けることができた。


「ティアはちょっと怒りっぽいところがあるから……。旅先でだれか怒らせて、絡まれないか心配なの」


 怒らせるやつが悪いんだよ。ま、性格の悪さは自覚しているから、これからも面倒ごとにはしょっちゅう巻き込まれるんだろうけど。


「ルイも一緒に来るから大丈夫だって!」


「そうよね!彼、とっても頼りになるものね!」


 どうやらルイの剣才は知らないらしい。


 っていうか、早く出発したいんだけど。


「あ、ティア。これ、持っていって」


 サビーナは自身の後ろにある小さな箱から銀の十字架のネックレスを取り出し、私に手渡した。


「王様から昔プレゼントされた特別な首飾りよ。魔除けの効果があるらしいの」


 そんな大事なもの、とてももらえない。


「いや、いいよ!それ、お父様からもらった大事なものなんでしょ?」


「いいから持っていきなさい。これは命令よ?」


 チャーミングにそう言って、返そうとする私の手を押し返すサビーナ。


 たわいもないやりとり。でもこのサビーナの言葉に何故か、エマであった頃の母の言葉を思い出す。


「エマはそそっかしいから。これ、もってなさい」


 エマであったとき、母は3歳で亡くなっているので、なにを持たされたかはよく覚えていない。別によくある話。似たようなことを言われてフラッシュバックしただけだろう。


「じゃあ、行ってくるね!」


「気を付けてね!早く、帰ってきてね……」


 またしんみりするサビーナ。もう!なかなか行けないじゃない!


 元気に送り出してよ!死地に赴くわけでもないんだから。


 キリがないので、私は母の胸中を察しながらもきびすを返し、サビーナの部屋をあとにしようとした。


 扉の取っ手に手を掛け、ドアを開こうとした次の瞬間


「!」


 急に後ろから母の暖かい腕に抱きしめられた。昔はよく抱きしめてくれたが、私ももう12歳。最近はそういうこともほぼなくなっていたから、ちょっとびっくりした。


「お母様?」


「……」


 無言のまま抱きしめ続けるサビーナ。


 ……お母様、泣いてるの?


「これまで、いっぱい苦労してきたのね。でも大丈夫。心配しなくていいから……」


 小声で何か言っている。声が震えていてよく聞き取れない。


「あなたはあなた。ほかのだれでもない。2人でひとつの大切な存在……」


 聞こえたけど。え?お母様、何を言って……


「ずっと、ティアと一緒にいてくれたんだよね」


 え?なんで……お母様が……。


「ありがとう、。これまでも、そしてこれからも。ずっと愛しているわ」


「!!!」


 サビーナのその思いがけない一言に、私の感情は完全に破壊された。



 ……私、エマ・ヴェロニカは、ずっと寂しかったんだ。


 3歳で天涯孤独の身となり、魔法でその孤独を紛らわせながら生きた日々。


 頑張ったんだよ。ひとりで。なんとかするしかなかったから。1人で魔法を極めたんだ。


 でも本当は、ママに甘えたかった。褒めてほしかった。認めてほしかった。「よく頑張ったね、エマ」って言ってほしかった。


 それは転生し、再びこの世に生を受けた今でも変わらない。


 一時、テオドール達と冒険することで、その孤独を忘れることができたけど、結局私は死んでしまった。


 彼らを送り、死に際だった私に残っていた最後の感情はどうしようもない寂しさだった。


 死ぬ時は皆ひとりだけど、それでもその寂しさは、王女として生まれ変わった今でも、なくなることはなかったんだ。


 ティアとして生きてきたこの12年間。その寂しさをずっと思い出さないようにしていた。だけど今……。


 サビーナのその一言が、封印していた感情を呼び起こしてしまった。



 そう、わたしは、、愛してほしかったのだ。



 ティアは、このゼノビアの国のお姫様。でも、私はエマ。エマ•ヴェロニカなの。


 とても寂しがり屋で、甘えん坊で、わがままで……褒められたくて……みんなに、見てほしく、て……。エマは、すごいねって……


「……お母様、お母様。……ママ、ママ!!」


 わたしは振り返り、母の胸に顔をうずめた。


「ママ、ママ!どうしてあたしを置いて、死んじゃったの!ママ、ママーー!!」


 もう、止められない。ママ、わたしはママにずっと、いてほしかった!!なんで?どうして先に死んじゃったの!いや!いやあああ!!!


「いいのよ、エマ。寂しかったね。辛かったのによく頑張ったね。えらいね。エマ……」


「うわああああん!!」


 サビーナはわかっていた。


 私が、ティアではなくエマを見てほしかったということを。


 エマとしての存在意義を感じてほしかったということを。


 そして、エマを愛してほしかったということを。


「うわああああああああん!」


 とめどなく流れる涙。あふれる感情の渦を止めるのに、私はかなりの時間を要したのだった。





「あなた、勘違いしていたようだけど。ルイを護衛に指名したのはわたしなの」


「はい?」


 すこし落ち着いたとき、サビーナからまた衝撃の事実が告げられる。


 え、王じゃないの?


「さすがにね。あれだけ色々あったじゃない?おかしいと思うでしょ、普通」


 あんなに感情的になっていたのに、もうケロッとしているサビーナ。この切り替えの早さは見習うところがある。


「いつから、おかしいと思っていたの?」


「赤ちゃんのときからよ」


 どうやら、私は母をものすごく過小評価していたようだ。彼女はずっと、私が転生者ではないかと疑っていた。赤ん坊の時から難しい書籍を読み、ことあるごとに親族やメイドの嫌がらせに対して偶然を装って回避していたことが、その発端らしい。


 また、古代図書館へは小さい頃はほぼ毎日付き合ってもらっていたので、合間を見て書籍で色々調べていたんだって。ルイが特異資質の家系であることを突き止め、王にルイを推薦したのもサビーナだ。


「ルイのこと、怒らないであげてね。あの子は本当に、あなたのことをとても大切に思っているわ」


「知ってるよ。大丈夫。怒らないから」


 いや、多分ちょっと怒ると思う。


 ずっと、私のこと騙していたんだからね!


「あと、王様には内緒にしておいてあげるから、安心してね!」


「お母様は策士ね。恐れ入りました」


「だれのお母さんしてると思ってるの?私は天才魔術師エマ・ヴェロニカと王国最強魔術師ティア・ゼノビアのお母さんなんだからね!」

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