第35話 亡国の末裔

「テオドールの一派は占領したシルメリアの辺境都市一帯に特殊な結界を張り、自らの独立国であると主張しています」


 あのテオドールのクーデターから1週間の時が過ぎた。


 ゼノビア王謁見の間。シルメリアから帰還したティベリウスが王へ現状の報告を行っている。


「聞いておる。5大国ですぐに対応しなければならないが」


 表情を崩さず淡々と話すゼノビア王。


「シルメリアの復興が優先だ。第一皇子が暫定的にその後を継ぐようだが、国内の混乱はそうすぐには収まらん」


 シルメリア皇帝が討たれた。アリアの父だ。


 前代未聞の事態に世界は揺れていた。


「僭越ながら!ゼノビア王に重大なご報告がございます!」


 ルイが勢いよく口を開く。今日は件の戦闘についての報告なので、ルイもいる。ただ、私はルイのこの勢いに冷や汗を搔いていた。


 あの時言わないとルイは誓ったが、それを王にどう報告するかは彼に一任していた。かつてテオドールと冒険をともにした者だと王が知れば、捕縛は免れない。


 あまり事を荒立てなくはないが、出方次第では強行突破も辞さない覚悟が必要になる。


「テオドールは言いました。古代図書館の地下3階を調べろと。彼らを追う手掛かりになるやもしれません!」


 勢いを増して、進言するルイ。秘密の公言ではなくほっとする。そしてルイの提言は私もものすごく気になっていたことだ。


「敵の言い分を鵜呑みにするな。罠かもしれんぞ」


 ティベリウスが制する。確かに、胡散臭い。言われたまま行動に移すことは危険かもしれない。


「……古代図書館地下3階。先代からその事実は聞いていない。記録にもない」


 王が考えながら語る。本音か、嘘か。


「というよりもここ十数年、地下2階ですら未開の状況だ」


 私が求めていた古代図書館地下2階への入室許可。そもそもそれほど長い期間だれも入っていないというのは意外だった。


「お父様」


 私が口を開く。


「改めて、正式にお願いします。古代図書館『マクシミリアン』地下2階への入室を許可してください」


 王の目を直視し頭を下げる。これまでの興味関心ではない。


 これは必要事項なのだ。


 敵の目的が不明瞭だ。いまある知識だけではテオドールは追えない。先んじなければ、後手を踏み、世界にとって取り返しのつかない重大ななにかが起こる予感がする。知らなければいけない。敵の真の目的を。


「……」


 無言で私を見つめてくるゼノビア王。考えは読めない。だけど、言うべきことと言ってはいけないことを逡巡していることは、なんとなくわかる。


「申し上げます!」


 謁見の間の大扉が勢いよく開き、慌ただしく入室する兵士。


「謁見中だぞ。場をわきまえよ」


 ティベリウスが苦言を呈する。


「よい。申せ」


 王が促す。


「に、西側2階の遮光幕を全て開けてください!」


 報告を受け、その通り実行させるゼノビア王。従者たちが動き、日の光が場内に差し込む。


 西側の空には抜けるような青空。そこにある違和感。映し出される巨大なテオドールの姿。


「投影魔法か。どういうつもりだ」


 ティベリウスが毒づく。


「全世界のみなさん!こんにちは。私はテオドール・スターボルトと申します」


 仰々しく会釈するテオドール。世界実況生中継をしているらしい。この規模の投影魔法は見たことがない。


「私のことをご存じの方も多いかと思いますが、今日は折り入ってみなさんにご報告したいことがあります」


 仰々しさを演出している様子だが、顔がにやついているのがわかる。悪いことをしようとしている子供の顔だ。


「あーそっちそっち。そうそう。え、いやそうじゃなくて、映像そっちだって」


 打ち合わせが足りないのだろうか。もたついている。これだけ大業なことをするなら準備をしっかりしておきなさ……


「……えっ?」


 絶句。頭が働かない。どういうこと?え?うそ。


 あれは、投影魔法で映し出されているあの少女は!


「わたしの名前はユウナ・ロイヤルシード。わたしは、今日ここに、失われしロイヤルシード王国の復興を宣言いたします!」


「やってくれたな、テオドール」


 ティベリウスが冷や汗をかいている。独立国の主張は世界が認めなければ成り立つものではない。いくら占領地があるとはいえ、交易ができない以上あまり国としては機能を持っているとは言い難い。


 また、国民もついてこない。特に何も生むことなく消滅するだろうと思い、シルメリア復興を優先した。だが、御旗があると話は変わる。


 ロイヤルシード。すでに滅亡した過去の王国だが、歴史のある王国だった。慕うもの、崇拝するもの、神格化するもの。様々な思いを持つ者がいまだいることを私は知っている。


 特に冒険者にとって最も理解のある国だった。恩恵が多かったのだ。ファンは冒険者に多い。これが集まることがあれば、一大事だ。国となる。5大国は早急な対応を迫られる。


「ユウナ……」


 やはりユウナはロイヤルシードの末裔だったらしい。ヴァルゴと同じラストネームは偶然ではなかった。おそらく彼女は……


「ユウナ・ロイヤルシード。かつて私と冒険を共にしたヴァルゴ・ロイヤルシードのご息女だ。正式に、王の血を継いでおられる亡国の末裔だ」


 テオドールが説明する。


「さあ、かつて栄えた冒険者の国、ロイヤルシードが再び栄華を取り戻す時が来た!集まれ!冒険者よ!5大国は今、冒険者ギルドの縮小を急速に推し進めている!肩身の狭い思いをする必要はもうない!我々とともに国をあげ、世界を旅する冒険者の国をともに作ろうではないか!」


 テオドールの演説が熱を帯びる。まさかここまで推し進めているなんて。


「……ティアよ」


 王が語り掛けるように私に呼びかける。王は演説を聞いていても動じていない。


「あのユウナという少女は、おまえの友達か?」


「親友よ」


「どうするのだ?」


「私が現状どうこうできることはないと思います。政治は、大人に任せます」


 国に関することまで関知することはない。テオドールを追えば、ユウナにも辿り着く。目的は変わらない。


「改めてお願いします。って、ああもう、めんどくさい!とっとと地下2階の入室許可だしなさいよ!クソおやじ!!」

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