第32話 さよなら大好きな人
「秘宝を護るためとはいえ、12歳の皇女まで利用するとはね」
あきれるテオドール。シルメリア側は秘宝の行方をくらますため、偽情報を撒き、混乱を起こそうとしていたらしい。
「シルメリア王の玉座の下にあった。セオリー通りだな」
バルファゴールが報告する。
「結局のところ、あの王はだれも信用していなかったんだね。まあ、あれはそういう男だよ」
テオドールはシルメリア王のことを知っている素振りだ。
クーデター首謀者テオドールの一派は秘宝をアリアが持ち出した、という情報を聞き二手に分かれて行動していた。正確にはテオドールがおとりも兼ねて一人でアリアを追った。そこで私達と出くわし戦闘となった。
そしてシルメリア王のもとへ向かっていたバルファゴールとベリトリリスの一派は王の守備網を潜り抜け、王を殺し、秘宝を手に入れたというわけだ。
「シルメリア最強の騎士団『スターナイツ』はどうしたの?」
少し距離をとっていた私がバルファゴールに尋ねる。皇帝の傍についていたはずだが。
「はっはっは!あれで最強とは笑わせないでくれないか!」
「バルファゴール、そんな動いてない。わたしの魔法で、ほとんど無力化」
「あ、ばらすなよ、ベリトリリス。皇帝は倒してやっただろ?」
「そんなの、かんたん」
豪快な大男と物静かで不気味な女のやりとりを見て、いまテオドールの一派と闘ってもとても勝ち目がないと思い知った。この2人も、おそらくテオドールと同等、いや、テオドールを超える実力者なのかもしれない。
こんなやつら、いったいどこで仲間にしたのよ。
「アレ、どうするの?わたし、かたづけようか?」
辺りを見渡し、指さしながらベリトリリスは言った。いま、この新たに現れた敵を含む3人を相手に戦えるものは、私達の中にはいない。
「強がらなくていいよ、ベリトリリス。さっき反転魔法使ったでしょ?しかも皇都でもずいぶん魔力消費したようだし。いまロクに戦えないんじゃないの?」
テオドールがベリトリリスを気に掛ける。皇都とは皇帝がいる首都のことだ。言ってみればシルメリアの最重要都市。どうやったかは不明だが、少なくとも騎士団の無力化には成功しているらしい。
「べ、べつに、大丈夫、だし!」
「心強いね。でも目的のブツも手に入れたし、そろそろ援軍も到着してくる頃合いだと思う。あまり長くこの場にいてもいいことなさそうなんだよね」
真っ当な判断だ。これ以上戦局を拡大する意味は彼らにはないだろう。目的は『アラケスの禊』だったのだから。
「だが、いいのか?あのゼノビアの王女、あれは危険だぞ。いま芽を摘んでおくほうが」
バルファゴールが冷徹に凝視してくる。私が今後の脅威になることを察している。
「……そうだな」
バルファゴールの懸念に一定の理解を示すテオドール。
剣を再び構え対峙するテオドール。いまの私には抵抗する術がない。
セイラとルイはアリア達の位置に戻っているが、バルファゴールが睨みをきかせていて、動けない。それに……
「なんか……体が、重いですわね……」
「な、なんでしょうか、これは……」
いや、正確には体が動かせないのだ。物理的に。なんだろう、私もものすごい重力感を感じる。まるで地面から直接引っ張られているような感覚だ。
「はっはっはっ!これでも一応、わし、特異資質持ちなんでな!この辺り一帯の磁場はちょこっと、いじらせてもらっておるぞい!」
特異資質かよ!これはいよいよまずいことになっている!
「さて」
ゆっくりと私に近づくテオドール。重力圧と魔力不足でまったく動けない!
私の前に立ちはだかり、視線を向ける。鋭い表情、ではなく、柔和で優しい微笑みだった。それは、私のよく知る若き日のテオドールの姿だった。優しくて、強くてかっこよくて、でもちょっといじわるな、昔のテオドール。私の愛した、とても大切な思い出の彼。
「……確証はないんだけど、これだけは言っておきたくて」
敵意は全く感じない。彼の口調はまるでぬくもりを帯びた心地よい音楽のようだった。そして
「あのとき助けてくれて、ありがとう」
彼は私をやさしく、しかし確かにその腕の中に包み込んだ。この匂い。この感触。ああ、彼は間違いなく、あのとき死に別れた、テオドールなんだ。
「……テオ」
私は、あふれる涙をこらえるのに必死だった。振り絞るように、声を出す。もっと話したい、このまま時が止まってしまえばいいとさえ、思ってしまう。
「これで貸し借りなし。次会ったときは、容赦しない」
だが、この幸せな時間は長くは続かなった。テオドールは私の許を去り、今の仲間たちの許へと戻っていった。
ほどなくして、遠くからシルメリアの大軍が押し寄せてくる。テオドール達の報を聞きつけ、挙兵したのだろう。かなりの数だ。
皇帝を討ったとバルファゴールは言った。嘘ではないと思う。この実力なら、シルメリアの騎士団とて歯がたたなかったことは、想像に難くない。
「時間切れだ。帰ろうか」
テオドール達が退却を決断する。これだけの大群が攻めてきているにもかかわらず、プレッシャーなど微塵も感じる様子もない。ベルトリリスとバルファゴールが現れた時、気配を1ミリも感じることができなかった。脱出も容易なのだろう。
それに、いまここにいるメンバーはだれも、彼らの後を追えるだけの余力を残してはいない。ここは黙って去っていくのを見ているしかない。
去り際、テオドールが振り返り、とても大事なことを言い残していった。
「ああ、そうそう。ティア王女。ゼノビアの古代図書館あるでしょ?その地下第3階。おもしろいものがあるらしいから調べてみるといいよ」
地下3階!?地下2階よりさらに下があるっていうの?
最後にとんでもない情報を残してくれたわね!
「テオドール!しゃべりすぎだ!いくぞ」
バルファゴールが一喝する。例の重力圧はすでになくなっていた。
「へいへい。じゃあね、ゼノビアの不思議な王女様」
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