第31話 最強の二人

 『ブレインリンク』。その名の通り契約で他者と脳内情報を結合・共有する特別な能力。これにより、コンタクトを取らずとも100%契約者と術者が連携をとれる。契約は術者が契約者の血液を摂取し、情報を取得することで基本合意とみなされる。


 無意識的だが、最終契約を委ね、了解を得られることで発動条件を満たす。この能力の最も優れているところは、純度の高い連携・コミュニケーションを可能にすることではない。『ブレインリンク』その最大の特徴。それは……


「いくわよ!」


 私の勢いある号令を皮切りに、場の空気が一変する。


「重加速・アクセラレート!」


 両足に加速魔法を付与。私と、そして使同時に自身を強化している。


 『ブレインリンク』最大の特徴は、契約者の能力・魔力もまるまるリンクする『スキルリンク』の効用を持つこと。つまり、今の状況は私2人対テオドールという構図になる。


 そう、1人では無理だった。勝てなかった。だが、私と全く同じ能力を持った騎士と二人なら必ず、勝てる!


「くそがぁぁぁ」


 声を張り上げるテオドール。いよいよ本気だ。背中の長剣を右手に、さっき使用していた短剣を左手に構える。


 アクセラレートによる間合いの詰めは、通常のそれとは比較にならない。瞬間移動のごとき速さでテオドールとの間合いを詰めるルイ。


 激しくぶつかり合う剣閃。間髪入れず、先ほどとは比較にならない鋭い手数と威力でルイを責め立てるテオドール。だが、


「……お前の負けだ、テオドール!」


 全て捌く。私はテオドールの攻撃思考を読んでいた。そしてルイならそれに対応できるとも思っていた。


 ルイに剣の才能はない。ただ、彼は努力の人間だ。鍛錬は常人のそれとは比較にならないほど積み重ねていた。


 力や技は、実はとっくに通常の域を超えていたのだ。


 彼は単純に、戦いに向いていないだけだった。戦闘時の動き方や思考・体捌きなどを想像することができなかっただけ。その点だけなら、私は天才的だ。いま、思考は彼と共有され、私の思考でルイは動いている。この状態のルイならば、テオドールと五分だ!そして


「がっ!」


 死角から私の魔力礫がテオドールの胎に軋む。今度は、はずさない!


「テオドール!」


 怯んだところに再び切り込むルイ。すんでのところで止めるテオドール。間合いを取るため後ろに飛ぶ。


 ルイは逃がさない!詰め寄り、さらに連撃を浴びせにかかる!


 防戦一方のテオドール。だが、


「炎竜王の御霊よ!我が肺を炎で満たせ!」


 反撃に転じる詠唱を開始するテオドール。大きく息を吸い込み、そして


「炎竜王の吐息・ファイヤーブレス!!」


 口から強烈な火炎を吐きつけ、まき散らす!至近距離の一撃だったが防御魔法でそれを防ぐルイ。


 だが一瞬の隙をつき、テオドールはその場からの逃走を図った。


「さすがにきついっしょ!」


 距離をとったつもりだったテオドール。しかし突然地面から現れた闇の鎖に足を絡めとられ動けなくなる。



 ……これで決着よ、テオドール。


 すべて終わりにしましょう。


 私はあなたを、絶対に逃がしはしない!



「罪深きは混沌をもって魂と深淵を繋げ」




 格の違いを、思い知れ!!




「緊縛する漆黒の柱輪・シンクロニティ!!」


 巨大な鉄柱のような禍々しい魔力の柱がテオドールの背後に現れ、黑い天使の輪で縛り付けられるテオドール。


 魔法体系SSSクラス。5大国協定で禁止された超魔法、シンクロニティ。


 魂の根底を闇に縛り付ける因果不明の漆黒柱からは、たとえ神とて逃れられはしない。


 実力差があれば、殺さず捕らえられる。私が2人いると考えれば、それは可能だった。


 テオドール。あなたには聞かなければならないことが山ほどある。





「あなたの狙いはなに?」


 漆黒の柱輪に縛り付けられたテオドールを薄目で見ながら、私は彼を問い詰めた。


 ちなみに『ブレインリンク』は解除した。あれは精神的なダメージが大きく、ずっと状態を保ち続けることはできない。


 また、SSSクラスの超魔法、シンクロニティの消費魔力量は膨大なため、時間を置いて回復しなければSSクラスの魔法すら今はまともに使えない。


 無言で見つめてくるテオドール。あきらめた表情だ。脱力しているのがわかる。


「その若さで一体いくつ最上位クラスの魔法使えんの?ゼノビアの姫、やばすぎでしょ」


「質問に答えなさい」


 抵抗する感じではない。だが、絶望感がない。彼が軽口を叩いているときは余裕がある時だということを私は知っていた。これは問うても無駄かもしれない。


「あと、あの聖女さんも。魔力お化けだな。どんだけ回復してんだよ」


 セイラは私たちがテオドールを圧倒している隙を見て、ティベリウスとフェリスを回復していて、すでにほかの負傷者を診まわっている。体力も異常だ。テオドールになにか言いたげだったが、あとにしてくれた。


 フェリスとティベリウス、そしてアリアは眠っていた。ルイはフェリスとティベリウスをアリアが横たわる位置まで運んでいた。


「質問に答えるつもりはないということね」


「ゼノビアの子供に語ることはないよ。“魔女”なら、話は別だけどね」


 にやりと笑うテオドール。魔女……。


 不本意にも、私が転生前によく言われていた蔑称だ。


 確証はないはず。だが、察したのか。テオドールはエマを視ているような口ぶりだった。


「無様……ね。テオ、ドール」


「……えっ?」


 突然隣から、全く聞き覚えのない、背筋に氷の刃を突き立てたような声の主がぬめっと現れた。


 気配をまったく感じ取れなかった!思わずその場を離れる私。


 目から鼻の上にかけて、包帯をぐるぐる巻きにした、奇抜な格好をした細身で気味の悪い女性がいた。捕らえられたテオドールに向けて話しかけている。知り合いか?


「とりあえず、これ、なんとかしてくれない?ベリトリリス」


 ベリトリリスと呼ばれた不気味な女性に懇願するテオドール。


「……べ、べつにあなたのためなんか、じゃ、ないんだからね!」


 若干デレながらよくわからないやり取りをする二人。造形と態度が合っていない。


「すべては始まりの刻。回帰せよ。反転魔法・コンヴェルシオ」


 つぶやくような詠唱とともに、テオドールを縛っていた私の柱輪は発生した手順を逆転し、そして消滅した。反転魔法・コンヴェルシオは、エマでも使いこなせなかったSSSクラスの超魔法のひとつ。それをいとも簡単に……。


 私のシンクロニティは解除され、そしてよろめくテオドールをさっと支える男がまた突然、現れた。


「大丈夫か、テオ。だいぶ手酷くやられたな」


「すまない、バルファゴール」


 バルファゴールと呼ばれた屈強な身体をした坊主頭の男。筋骨隆々で傷だらけ。

数々の戦場を潜り抜けてきた猛者の風貌だ。


「じゃま、すんじゃ、ねーよ!せっかく、わたしが、テオドールを……きゃ」


 ぷりぷり怒り出し、照れるベリトリリス。見た目と性格が合わな過ぎて混乱する。


 ただ、どちらもテオドールを慕っていることはわかるし、相当な手練れでもあると理解できる。そして、この状況は再びまずいことになっている。


「当たりはそっち?」


「ああ、ついに手に入れたぞ」


 テオドールの問いに答えながら、胸の内から黒ずんだ宝石を取り出すバルファゴール。禍々しい光沢を放つその宝石は、私の予想が正しければアレしかない。


「シルメリアの秘宝、『アラケスのみそぎ』だ」

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