第30話 覚醒

 対峙するテオドールと私の視線が絡み合う。警戒するテオドール。明らかにさっきまで見せていたゆとりはなくなっていた。


「ルイ。あなたはまだここで死ぬべき人間じゃないわ」


 そう言って、私は腰に携えた魔力を帯びた短剣を取り出す。そして、自身の腕を少し切り、血をルイの口元へ流し込む。


「わたし1人では無理だけど、いまはセイラがいる!この魔法なら!」


 テオドールを警戒しながらも、私は詠唱を開始した。


「我が命の灯を別ち、隷属なる肉と清浄なる魂の絆を結べ」


 あなたの命、必ず現世に繋ぎとめて見せる!


「魂を繋ぐ悪魔の描・ソウルアンカリング」


 昏き光の奔流にルイの体が包まれ、命の息吹を再び開始させる。


 ソウルアンカリングは死んで間もない程度の魂なら呼び戻すことができる、SSクラスの大魔法だ。ただこの魔法は身体のダメージを直接回復する効果がないため、後に難しい回復術が必要になるというデメリットがある。


 ただ、いまはセイラいる。おそらく、彼女に託せば……。


「セイラ!お願い」


「もう!しょうがないですわね!これ、疲れるからあまり使いたくはないのですけど……」


 ぶつくさなにか言っているが、とりあえずやってくれるらしい。


「創生の慈愛を持って死の淵より呼び覚ませ!瞬間再生・セレスティアルリバイヴ!」


 超高難度の回復魔法、セレスティアルリバイヴ。これもSSクラスの大魔法だ。16歳で使いこなせるのは普通に恐れ入る。期待した以上の回復術を施してくれた。これでルイは助かる。


「ありがとう、セイラ。あと、あの岩場の影で寝てる二人もお願い。たぶん、致命傷ではないはずだから助けられるはずよ。私が、あいつを引き付けるから、その隙に」


「ひと遣い荒すぎですわ。まったく」


 セイラがいままで動けなかったのは、テオドールの実力をわかっていたから。回復役はすぐに狙われる。だが、今テオドールは腕の治療中で警戒こそすれ、咄嗟には動けない状況だ。


「やはり、わたくしの予想は当たっていたようですわね」


「その話は後。いまは、この状況を打開することに集中して」


 ぼやくセイラを他所に、私はテオドールの奇襲に備えている。セイラはもう、私の正体を完全に確信しているのだろう。この戦いが終わったら、話してみるか。


「……よし」


 テオドールの傷が回復したようだ。彼は携行していた回復薬で傷を治していた。


 それにしても、あの傷をこの短時間で治す薬とか。どんな調合をすればそうなるのよ。


 さっきの攻撃は不意打ち気味に入ったのでダメージを与えることができた。だが、私は本気で殺すつもりで魔法を放っていた。正直、躱せないと思った。だが、テオドールは躱したのだ。


 状況は依然として悪いままだった。おそらく、テオドールはこれから本気で私たちを刈り取りにくる。今、戦力となるのは私とセイラのみ。だが、セイラは回復に専念してもらわなければならないから、実質1対1だ。


 そして、回復役を守りながら戦うその状況で、私がいくら本気で高位の魔法を繰り広げても、彼には勝てないだろう。


「……おまえら、何者だよ」


 テオドールの表情と言葉が鋭い。明らかに怒気を孕んでいる。敵として完全に認識されたようだ。もはや子供とは思っていないだろう。


 さらに警戒レベルを上げる。もう傷は完全に癒えている。


「(やばい、このままじゃまずい……どうする!?)」


 逡巡する私の頭に、突然とある言葉が侵入してきた。


「(ケイヤクヲモトメテイマス。キョカシマスカ?)」


「えっ?なに……」


 片言だが、言葉の意味は理解できた。「契約を求めています。許可しますか?」


「これは……まさか……!」


 思い当たる節がある。脳内に直接契約を求めるこのパターン。古代図書館地下1階で読んだ、ある書籍の内容を思い出す。そして、私は咄嗟にルイの顔を見た。


「……そういうことだったのね」


 王が何故、ルイを自身の騎士に選んだのか。王家への忠誠はあるが、王女の身を守るための武力を持たない騎士。正直、守護という面ではまったく役に立っていなかった。


 ずっと、身分の低さが理由で、そういう騎士が割り当てられていると思っていた。だが、それは違っていたようだ。


 その疑問が今、瞬間的に理解できた。私はずっと、最初からゼノビア王に怪しまれていたようだ。こうなることを予想して、彼を騎士としてつけていたのだろう。


 これまでなんとなく不自然に思っていた身内の事情が、今すべてつながった。そして、これは僥倖ぎょうこうだ。勝てるかも、いや、勝てる!圧倒的に!


「いいでしょう!結びましょう!その契約!」


 声を大にして契約承認を行う私。これで、準備は整った!


「……なにを言っている?」


 訝しむテオドールをよそに、私は言った。


「起きなさい、ルイ・リチャードハート」


 無言でむくっと起き上がるルイ。少しふらついているが、問題ないだろう。


「問題ありませんよ、ティア様。いろいろお聞きしたいのですが、今はあいつを」


「そうね」


 うなずく私。テオドールは警戒心全開だ。しかも、額にはうっすらと汗をかいていた。疑念と不安が浮かび、状況が非常によくないことを悟った表情だ。


 彼ほどの冒険者ならば、私たちに何が起こっているかを雰囲気で理解しているはずだ。


「……特異資質、『ブレインリンク』」

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