第29話 命を奪う覚悟

「はああああ!!!」


 フェリスの猛攻にティベリウスも加勢し、2対1の戦いになる。防戦のテオドールだが、全て綺麗に捌ききっていて、隙がない。


 ルイは中距離で構えているが、とても戦闘参加できる感じではない。ルイの剣の実力ではなにもできずに死ぬだけだろう。


「ほら、もっと本気で来いよ!」


 余裕のテオドール。むしろ傷が増えているのはティベリウス達のほうだ。受けるのと同時打撃を繰り出し、守りながら相手のダメージを増加させている。


 彼の戦闘スタイルは変わっていない。自身の使える部位をすべて使い、相手にダメージを少しずつ蓄積させ、怯んだところを一気に仕留める戦法。


「くっ!」


 徐々に追い詰められていくティベリウスとフェリス。彼らも決して弱いわけではない。テオドールが強すぎるのだ!


「時間もないんでね。終わらせてもらうよ!」


 倒しにかかるテオドール。だが倒そうとした瞬間、私が密かに死角からヒットするよう放っていた魔力のつぶてが飛んできていることに気づいた。


 すんでのところでかわされる。


 さらに追い打ちのつぶてを展開するが、間合いを取られ、一つも当たらなかった。


 窮地を脱し、立て直そうとするティベリウスとフェリス。まだ致命傷は負っていない。ルイはただ茫然としている。


 いい。この戦闘に加われば死しか待っていないのだから。待っていれば隙は生まれるかもしれない。機会を待ってほしい。


 セイラはアリアを回復し終えたが、ほかの負傷者のところへ行く余裕はなかった。


 ちなみにアリアは意識をいまだ取り戻せていない様子。ただ、今のところ全員無事なようなので、それだけは救いだった。


「……」


 私は迷っていた。1人でテオドールは止められないが、このメンバーがいて且つ本気でやれば勝算はある。ただ、命の保証はない。捕らえられるほどの実力差はないに等しい。


 また、皆に正体がばれるかもしれないし、仲間たちの誰かを犠牲にしなければならないかもしれない。迷いがとれない。


 テオドールはかつて共に冒険をした信頼する仲間。私を孤独から救ってくれた恩人。そして、おそらくこの苦しく切ない感情は……


 おそらく愛に似た何かなのだろう。今、気づいてしまった。


 様々な思いが交錯し、葛藤する。こんな精神状態ではあの男には絶対に勝てない。


 決めなければいけない。断固たる絶対的な覚悟を持つことを。でも……。

「……」


 訝しむ目で私を見つめるテオドール。表情が変わっている。もしかすると気づいてしまったのかもしれない。


 魔力の塊を飛ばすだけの低位な魔法。何度も使用してきたこの魔法は、術者の力量がそのまま反映する基礎中の基礎。うまく使用していることがわかる人間には、ちょっとした攻撃で力量を把握されてしまうのだ。


「あの男は目が良すぎる。バラバラにただ攻撃しても反撃されるだけだ。息を合わせろ。攻撃個所を限定し、最大威力で奴を粉砕する。狙うのは……」


「わかりました。それでいきましょう」


 ティベリウスがフェリスに策を授ける。方針が決まったようだ。


「いくぞ」


 再び攻撃を開始するフェリスとティベリウス。攻撃する速度を合わせ、今度は同時にテオドールへ向かっていく


「何度やっても同じこと……おっ!」


 ティベリウスとフェリスの同時攻撃。狙いは、一点集中による武器破壊だった!


「マジかー!」


 剣を破壊されたじろぐテオドール。体勢を立て直そうとするが


「いまだ!」


 そのままの勢いで、切りかかるフェリスとティベリウス。捉えたように見えた。


 だが


「!?」


 隠し持った短剣を両手で瞬時に装備したテオドールは、二人の胸の位置にそれを同時に突き刺し、さらに回し蹴りで二人を岩場まで吹っ飛ばした。激突するフェリスとティベリウスが血を吐いて地面に倒れ込む!


「惜しかったね。だけど」


 さらに間髪入れず、テオドールは私との間合いを一気に詰め、そして優しく話しかけてきた。


「ゼノビアのお姫様。君、すごい才能だね。どう?僕と一緒にこない?」


「……えっ?」


 突然の誘いに困惑する私。テオドールの両手には血の滴る短剣。


 セイラは動けない。


 脳が焼ける。目まぐるしい状況の変化に対応できない。様々な感情が巡り、なにをすべきなのかわからない。なにか言わなければ。絞り出すんだ!ティア・ゼノビア!

「……強引なのは、嫌いなの」


「そうか。それは残念」


 この至近距離でテオドールの攻撃は避けられない。


 ここまで、かな。かつて愛した人の手に掛かって死ねるのも、悪くない。そもそもおまけのような人生だった。ボーナスステージのようなもの。それなりに楽しく過ごせた。いろいろと謎を解き明かしたい気持ちはあったけど、さすがにもう無理そうだ。


 大量の鮮血が舞う。血しぶきがあがる。だが刺された痛みはない。神経の間を通ったのだろうか。違う痛みがある。打撃の衝撃と、地面に擦れる皮膚の痛み。



 ……えっ?



「ティア様は……わたしが……ま、もる……」


 貫かれたのは、ルイだった!彼は私を突き飛ばし、身代わりになっていたのだ!


 血反吐を吐きながらつぶやくルイ。ここからでもわかる。致命傷となるところを貫かれている!ルイ!!


「雑魚は引っ込んでてほしいね!」


 若干いらだちを見せ剣を引き抜き、再び振り下ろしてルイに止めを刺そうとするテオドール。だが、その刃を振り下ろすことはなかった。


 突如として襲い掛かるすさまじい悪寒と絶望的な感覚があったのだろう。テオドールは戦慄し、すぐにその場を離れなければいけないということを直感的に察したようだ。


「……まずい!」


 そうつぶやき、両手で頭をガードしながら後方へ回避するテオドール。両手首の下の肉がごっそり削げ落ち、骨が見えていた。おびただしい量の血が噴き出している。


 そして、力尽きたルイはその場で倒れこんでいた。


「……ルイ」


 私はゆっくりとルイに近づいて、傷の具合を確認する。やはり致命傷だった。息もしていない。


 テオドールへの一撃は、私の手加減なしのSSクラスの大魔法だ。空間ごと肉体をねじ切り、完全に命を奪う目的で発動した魔法だった。


 私はルイが身代わりになったと悟った瞬間から、すでに覚悟を決めていた。


 テオドール。私はあなたを尊敬し、感謝し、そして愛していたと思う。


 でも、道は違えてしまった。


 私の名前はティア・ゼノビア。ゼノビア王国第7王女にして王国最強の魔術師。今の私の使命は大切な仲間たちの命を守ること。


 大丈夫。ルイ、あなたは絶対に死なせない。


 そして、テオドール・スターボルト。


 私はたとえ刺し違えたとしても、あなただけは必ずこの手で、倒してみせる!!

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